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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第八十八話 寝起きの想定外


(……ん。もう、朝か……?)


 窓から差し込んでくる朝日が意識を覚醒させ、同時に寝ぼけていた思考は少しずつはっきりとしたものへと変わっていく。

 昨夜は朱音を部屋まで運んだ後に彰人も少しリビングにて時間を潰し、それ以降は特にすることも無かったので割とすぐに自室へと向かっていた。


 己のベッドに寝転がってからは急速に眠気も襲い掛かってきたため、普段と比較してもかなり早い段階で就寝したのだが…早寝の影響が出たのかもしれない。

 窓から聞こえてくる鳥の鳴き声を知覚しながらぼやける視界にて棚に置いてある時計を確認してみれば、現在時刻は六時を回って少しのところだ。


(…まだこんな時間か。ならもう少し眠ってても大丈夫だろ………ん? なんだ、これ…)


 これがいつもの平日であればそろそろ起きるかという気分にもなってくる時間帯だが、あいにく今は長期休みの最中。

 いくら寝ていようとも誰に咎められるわけでも無く、いつ起きようとするかも自分たちの勝手だ。


 なので彰人もその思考に従い、あと少し時間が経つまでは再び眠りに入ろうとしたのだが…そこで、何か違和感があることに気が付いた。

 もう一度布団の中に潜ろうとしたところで身体を動かそうとした時に……自身の腕が()()にぶつかったのだ。


 その何かは彰人の真横に並ぶようにして布団の中に潜り込んでおり、試しにと軽く手を伸ばして触ってみればサラサラとした感触が掌を通じて伝わってくる。

 …思わず触れ続けたいと考えてしまうような感覚を味わわせてくれる()()の正体は…どうやら何かの髪の毛のようだ。


(この感覚……どっかで触ったことがあるような………ん、いや待て…何でここに髪があるんだ…?)


 …微睡みに沈んでいた思考から、次第に夢中で撫でていたものの正体が何かといった考えに移っていった彼の頭。

 少しずつ冴え始める脳は焦点の合わなかった視界も同様にピントを合わせていき……その姿を正確に捉えようとする。


(これって、もしかして………っ!?)


 ぼやけた頭に浮かんでくる予感を理性では否定しようとするが、現実というのは残酷なものである。

 次第に明確に、輪郭を結んでいく彰人の視界は意識がはっきりしていくのとほぼ同時に目の前のものへの正体を察し始めた。…察してしまった。


「……はっ!? …何で、ここに朱音がいるんだよ……!」


 ガバッと勢いよく飛び起きた布団を一気にめくりあげてみれば、そこには先ほどから彰人が手を触れていた者の正体もあった。

 すやすやと心地の良さそうな寝息を立てる()()は、困惑の真っただ中にある彰人の声など意にも介さず眠り続けている。


 …一体いつの間に潜り込んできたのか想像もつかないが、本来ここにいるわけもない朱音の姿がそこにはあったのだった。



    ◆



「何で朱音がここに……!? …いや、今はそんなことよりも起こすべきか…」


 まさかこのような事態が発生するとは露にも思っていなかったために驚愕が真っ先に彰人の感情を襲ってきたが、ともかくこの位置は非常にマズい。

 こちら側にそんなつもりが一切なかったとはいえ、結果として男女が一つのベッドに入っているというのはあまりにも外聞が悪すぎるからだ。


 少なくとも彰人が認識している限りの事実では誓って彼女と布団を同じにしようだなんて提案した覚えもないし、そのようにした記憶もない。

 ましてや妙なことなど絶対にしていない、のだが………。


 どれだけ弁明をしていたところでこの状況がもし他人に知られてしまえば騒動になることだけは確かなのだ。

 いかに事実がどうであろうとも、二人がベッドで並んで寝ていたというシチュエーションそのものが様々な憶測を駆り立ててしまうには十分すぎる威力を秘めているのだから。


「……朱音! 起きてくれ! 何でここにいるんだ!?」

「………ん、んぅ…? …はれ? あきとくん……?」

「…寝ぼけてるところ悪いんだが、ちょいと今だけは意識をしっかり覚ましてくれ。とりあえず、どうしてここに──」

「…えへへ~……あきとくんだぁ…!」

「──いる…って、おい!? まだ寝ぼけてるのか……!」


 …しかし、そこで即座に目を覚ましてくれるなどと思い込むのは浅慮というものだ。

 たとえ彰人の声に反応して意識を起き上がらせてきたのだとしても…それが完全に目覚めたことと直結するとは限らない。


 現に、今の朱音はどういったわけか彰人の顔を見るなりやたらと緩んだ声を口にしながら彼の腹部へと甘えるようにして抱き着いており、すりすりと顔を擦り付けている。

 その仕草は……正直、こんな時でも無ければ無意識に心が揺り動かされるくらいには可愛らしいことだったが、今ばかりはそんなことをしている場合でもない。


 未だに寝ぼけている朱音を傷つけないようにと力加減を調整しながら、彼女が正気を取り戻したのは……それから数分が経過してからのことであった。




「……本当に、申し訳ありませんでした……見苦しいところを見せたりして…」

「いや、まぁ……別に俺は気にしてないから、そんな謝らなくてもいいよ。それより、何であそこにいたのかを教えてくれ」


 …まるで頭がオーバーヒートでも起こしたのではないかと思えてしまうほどに顔から湯気を立ち昇らせ、下げている頭のあちこちから覗く肌はどこもかしこも赤くなっている。

 内心の気まずさを前面に押し出しながらも己の失態を恥じるかのように謝罪をしてくる朱音に対し、彰人も何と声を掛けたらよいものかと悩んだが…ひとまず自分は気にしていないという体で話を進めることとした。


 彰人が何よりも確認しておきたかった事項としてはどうしてここに彼女がいるのか、その一点だけなので、それ以外のことは隅に置いておく。

 すると…朱音もこれ以上は謝り続けていたところで状況は変わらないと察してくれたのか、今までの経緯について説明してくれた。


 …変わらず、顔の熱は引かないままだったようだが。


「その……私も確証は無いんだけど、それでもいい?」

「ああ。とりあえず大まかなことさえ把握出来ればそれでいいから、話してみてくれ」

「…じゃ、じゃあ話すけど……実は昨日、夜寝てた途中で目が覚めちゃって…一回お手洗いに行ったの」

「…ふむ。なるほど?」


 少しずつ混乱から落ち着きを取り戻し始めた朱音から昨夜の出来事について具体的に説明がなされていく。

 その話の中で分かってきたのは、昨晩に朱音を寝かした後で彼女が目を覚ましてしまったらしいということであった。


 だが…それだけならば大して何か問題があるとも思えない。

 夜中に目を覚ますくらいのことなら誰でも起こり得ることでしかないし、特におかしな行動というわけでもないからだ。


 …だからこそ、何か問題があるとすればその先のことだったのだろう。


「そ、それで……お手洗いを済ませたらお部屋に戻ろうとしたんだけど、その時に少し寝ぼけちゃってて…何となくの足取りで部屋に戻って布団に入ったところまでは覚えてるの。…多分、その時にここに来ちゃったんじゃないかと…」

「……あー…そういうわけか。確かに朱音はこの家に慣れてないもんな…」


 大まかに事態の全容を把握していけば、彰人もこの訳が分からない状態を作った展開については納得出来てきた。

 考えてみれば朱音はこの家に来た経験も少なく、間取りに関しても全てを頭に入れているというわけではないのだ。

 夜間ゆえの暗闇に包まれた空間でははっきりとした視界も確保されておらず、先ほどまで自分がいた場所に戻ろうとしたところで間違えた扉を開けてしまうということが発生してもおかしくはない。


 …今回は、折悪くもそれが彰人の自室にて起こってしまったということなのだろう。


「すまん、それはこっちも悪かったな。前もって朱音にも寝室がどこにあるのかってことは教えておけば良かったのに…」

「…う、ううん。彰人君のせいではないからそんなこと言わなくていいよ。……それに、私も少し欲張りすぎたというか………」

「え、欲張りって……何がだ?」

「な、何でもないの! わ、私……お部屋で着替えてくるから、戻ってるね!」

「あ、あぁ…? …分かった」


 これに関しては事前の説明不足だった彰人にも責任がある。

 昨夜は朱音が先に眠ってしまったために碌な説明もせずに部屋へ運び込んでいたが…そうする前に彼女が眠る場所の案内くらいはしておけば良かったのだ。


 なのでそこも含めて彰人も彼女に謝るが…言葉の途中からぼそぼそと、何かを呟くように独り言をこぼしていた朱音の仕草が気にかかった。

 しかし、それを言及しようとしたところで何だか慌てたような……言い換えれば何かを誤魔化そうとしているようにしていた朱音が部屋に戻ってしまったので、違和感の正体を突き止める前に彰人は部屋に一人取り残された。


 朱音にしては珍しい……感情を露わにした様子には何かが引っ掛かったが、まぁあれだけのことがあれば動揺するのも無理はないだろうと結論付けて、彰人もひとまず着替えることとしたのだった。


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