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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第八十六話 楽しむときは二人で


「ふぅ……今上がったぞ。朱音は…そこにいたのか」

「……彰人君。ちょっとお風呂から出るのが早すぎないかな? ちゃんとお湯に浸かったよね?」

「しっかり浸かってきたって。…まぁいつもよりは若干早かったかもしれないけど」

「…今、何か怪しいこと言わなかった?」

「気のせいだ。それよりゲームするんだろ? ならそっち優先だ」


 朱音の後に続いて風呂に入浴してきた彰人であったが、脱衣所へと向かった時間から経過した時間があまりにも短かったためにソファにちょこんと座り込んでいた朱音からは怪しむような視線を向けられていた。

 …確かに朱音からは『焦らず入るように』との言葉を告げられていたが、別に彰人だってその言いつけを破ったわけではない。


 これは元々の習慣でもあるが、彰人は前々からあまり長風呂をするようなタイプではないのでそもそも風呂自体にそこまで長く居座ることは無いのだ。

 それに風呂を出た後に関しても、女子である朱音は色々と肌の手入れなんかをする時間も必要になるのだろうが…彰人はそれらのことにかける時間が一切ない。


 幸いにもそのようなことをせずとも肌は何も問題が無いので、手入れをせずとも問題がない身体に生んでくれた両親に感謝である。


「全くもう…今は置いておいてあげるけど、今度ちゃんとお風呂に入るように改めて言うからね」

「……逃がしてはくれないんだな」

「そりゃそうだよ。健康管理は大事なんだから」


 溜め息をつきながらも逃がすつもりは全くないらしい朱音の言葉に思わず身震いしそうになったが…まぁそこは彼女が忘れてくれることを祈るしかない。

 もしこのことについて言及されそうになったら…その時は、未来の自分に後を託すしか選択肢は残されていないのだから。


 …問題を先送りにしただけだ、などと言ってはいけない。

 流石の彰人もそのことは自覚しているため、あえて意識下から必死に遠ざけようと裏では苦心しているのだ。


「…とりあえず今は忘れておくよ。それより、何かやってみたいゲームとかあったりするか? 希望があれば聞くけど」

「……特に希望はない…というより、何があるか分からないからさっき彰人君がやってたやつをやりたいかな。今までゲームなんて触ったことも無かったから…」

「…え、今まで一回もやったこと無かったのか?」

「うん。正直に言っちゃうと、私って昔は遊ぶより眠ることの方が大事だったから……そういうものに触れる機会が無かったんだよね」

「……確かに、朱音ならそういうこともあるか」


 と、そこで言われて初めて知ったが、何と朱音はこれまでにゲームというジャンルそのものに触れてきた経験が無いらしい。

 …その事情も聞かされれば納得である。

 今でこそ少しずつ改善されてきてはいるものの、常日頃から多大な眠気に襲われている朱音にとって何よりも重要なのは睡眠を取ることであったはずだ。


 学校から出される課題の数々や最低限の生活ルーティーン。

 そこに加えて大量の睡眠時間を確保しようとすれば……まぁ、遊びに興じる時間が残っているわけもないか。


「だったら尚更ちょうどよかったかもな。是非とも今日は楽しんでいってくれ」

「上手くできるかは分からないけど……うん。やってみるよ」


 しかし、それならそれで構わない。

 彰人が先ほどまでやっていたパズルゲームは深く追及していけば難易度も自然と高まっていくが、初心者であってもそれなりに楽しむことは出来る。


 今回は上手くできるかどうかよりも、朱音にはゲームをすることへの楽しさを満喫してもらいたいだけなので、細々としたことは彼女自身が興味を強く持った後から教えるという形でも問題は無いはずだ。


「じゃ、これが操作するためのコントローラーな。分かりやすく言えばひたすらブロックを積み上げていって、列が揃ったら得点が加算されていくって感じだ。大体はそれだけ」

「…聞いた感じだと、結構簡単そうに思えるけど……」

「実際簡単だしな。とりあえずやってみな」

「う、うん」


 大まかなルールさえ説明してしまえばあとは実践あるのみ。

 さらに厳密に言うのであれば、もっと細かいやり方なんかもあるのだが……解説ばかりになってしまっては向こうもつまらないだろうという判断から、ひとまずはこの辺りで止めておいた。


「……おぉ…! は、始まったよ…! えっと……このブロックはこっちに置いて…」

「あんま焦らなくても良いからなー。落ち着いてやってけ」


 ゲームの開始ボタンさえ押してしまえばすぐにでも画面は切り替わるので、そこに朱音は戸惑ったようだが何てことは無い。

 最初はシステムそのものに慣れてもらうためにも対戦なんかは向いていないと勝手に判断させてもらったので、とりあえず一人プレイにしておいたのだが…正解だったか。


 焦ったところに不意打ちで妨害工作が入ってくる対戦プレイは慣れている人物であってもかなりの苦戦を強いられることがあるので、彼女がするにはまだ早いステージだろう。


「……あ、積み上げきっちゃった…」

「惜しかったな。でも初めにしてはかなり消せてた方だし、中々上手かったと思うぞ?」

「そうかなぁ……そう言ってもらえたら嬉しいけど、やっぱりまだまだだよ」


 すると……やはりまだ不慣れという点が足かせとなってしまったのか、いつの間にか限界までブロックを積み上げてしまっていた朱音の画面にはゲームオーバーを示す表示が浮かんでいた。

 …まぁ初めてにしては持った方だろう。

 彰人だって昔は今の彼女と同じくらいの腕でしか出来なかったものだし、そこを思えば朱音の実力は現時点ではこれが当たり前のものだ。


「…ねぇ、次は彰人君がやってるところを見てみてもいい? さっきはあんまり見れなかったから…そっちも見てみたいな」

「え、俺のか? …別にいいけど、人のを見るよりも自分でやってた方が面白いだろ」

「ううん、そんなことないよ。私にとっては彰人君が楽しそうにやってるところを見るのも十分楽しいし…それに、こうやって二人で遊んでるって感じがした方がいいもん」

「そうか…? なら、一回だけやってみるか」

「うん。じゃあ…私はこっちだね」

「……あ、そこに座るんだな」


 初戦から善戦していた朱音だったが、この調子ならすぐにでも腕を上げて楽しめるようになるだろう。

 そう考えていた彰人に対して、まさかの朱音から願い出されたのは彰人がゲームをしているところを見たいというもの。


 せっかく朱音がルールを理解できたところなのだから、もっと楽しんでも良いものだと思わなくも無かったが……それに返された言葉はどこまでも純粋だ。

 自分一人で遊ぶよりも、二人で遊んだほうが楽しい。

紛れもない本心口にする朱音の表情は深い慈しみを有しており…何とも柔らかな優しさに満ちた声色であった。


 …そんなことを言われてしまえば断りようもない。

 こうして朱音が彰人と楽しみたいと言ってくれた以上、それを拒否する方が無粋なことくらいは理解していた。


 なので少し離れたダイニングテーブルにて座っていた腰を持ち上げると、テレビ前に設置されているソファへと腰を掛け直した。

 …なお、その真隣に座り直すかのようにしてきた朱音の予想以上の距離感の近さには少し困惑させられたが、特に何も言うことは無い。


 ここまで楽しそうに笑みを浮かべてくれている彼女の気分をわざわざ盛り下げるようなことなど言う必要はないのだから、気にせずに続行する。


「…凄いね。彰人君、どうやったらそんなに早く動かせるの?」

「んー? まぁ一言で言えば慣れだな。こっちもそれなりに長くやってきてるし、そこの積み重ねがあるってだけだよ。特別なことは何もしてないさ」

「……だとしても、やっぱり私から見れば凄いよ」


 さっきの朱音からプレイヤーが彰人へとバトンタッチされたが、やることとしては大して変わらない。

 延々と落ち続けてくるブロックを消しながらスコアを着実に積み上げていき、徐々に落下スピードを速めていくブロック達を冷静に捌いていく。


 流石に実践経験が違いすぎるので先ほどの朱音と比べてしまえば技術は雲泥の差だが、そこは重ねてきた年月が違うというだけのことでしかない。

 少し慣れてくれば朱音だってこのくらいのことは自然と出来るようになっているだろうし、彰人の腕前が特別なことのように思えるのはまだ彼女が初めて間もないからだ。

 …瞳を輝かせてこちらの動きを見てくれる彼女の仕草が何とも可愛らしいので、ある意味今見られる光景も貴重なものなのかもしれないな。



 それからしばらく、彰人と朱音の間に言葉はほとんど無かった。

 時折感心したようにリアクションを見せる朱音の声こそ上がっていたものの、ゲーム画面に集中してしまえば独り言をこぼすことも無い彰人では会話が生まれづらいのだ。


 ゆえに、少しの間は沈黙……とは言っても、決して居心地の悪いものではなく言葉が無くとも落ち着く時間の中で二人はただただこの時間を満喫していた。

 そして、次第にゲームの方にも集中力の限界が近付いていき───


「………うん? 朱音?」

「……すぅ………しゅぴぃ…」

「………眠ってる、のか」


 ──ポスンと軽く衝撃が加えられた彰人の肩を見てみれば、そこには心地よさそうな寝息を立てながら綺麗な瞼を下ろし、夢の世界へと旅立った彼女の姿があるのだった。


ちなみに二人が座っている間の距離感ですが、拳一つ分の隙間があるかないかくらいなので本当に近い。

ほとんど密着してるのと変わらないです。

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