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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第八十五話 憧れの興味


「────っ。───♪」


 …リビングから遠く離れた風呂場から、いつもならば聞くことも無いはずの誰かが水音を響かせて入浴を楽しむような音が微かに聞こえてくる。

 これが身内や家族の誰かという事であれば特におかしなことも無かっただろうが…あいにく、今だけはその例外が適用されるような事態の真っただ中だ。


 何しろ現在、彰人の家の風呂を堪能しているのは身内でも無ければ家族の中の誰かというわけでも無い…彰人にとっては()()特別仲の良いだけの友人である朱音なのだから。


 …己の自宅にて女友達が風呂を満喫しているというシチュエーション。

 大抵の男子高校生であれば何かよからぬことを考えてもおかしくないどころか、もはやそういったことをわずかなりとも期待する方が自然というものだ。


 …自然なはず、なのだが……ここにいるのはこれまたその基本原則に当てはまらない少年である。

 幼少より両親から叩き込まれてきた教育ゆえに紳士性を確立した彰人にとっては、いくら無防備といえど合意も得ていない女子の入浴姿をどうこうしようとか、それこそ覗こうなどというのは以ての外であった。


 そんなことをすれば彼女からの信頼など一気になくすだけであろうし、一時の欲でこれまでの楽しかった時間を無為にするなど彰人もしたくはない。

 人によってはヘタレだとか、朴念仁だと揶揄されそうな思考であっても本人がそう考えているのだから間違ってもそのような行動をするつもりは無かった。


 ただ…一人で静かなリビングにて待機していると、どうしても朱音が立てている音というのは耳に入ってきてしまう。

 別にだからどうしたという話でしかないのだが…人によってはそういった些細な音に聞き耳を立てられることも不快だ、とまくし立ててくる者がいるくらいだし、念のために外部の音は完全に遮断することとした。


 その結果、彰人が今何をしているかというと。


(……ここ、連鎖難しいんだよな…あっ、また二つ残った…)


 …己の趣味の一つでもある、パズルゲームに興じている真っ最中であった。


 日頃は勉強やそれ以外のことに時間をかけることが多いため引っ張り出してくる機会も少ないのだが、意外にも彰人はパズルゲームを趣味としており得手ともしている。

 実際に、現在プレイ中のブロック状のピースを一列ごとに積み重ねることを目的とするパズルゲームでは対戦相手の妨害に苦戦しつつも、順調に順位を上昇させることが出来ている。


 それも外部の遮音とゲームに集中するために頭には気密性の高いヘッドセットを着用しているため、本当に目の前の画面から発せられる情報しか今の彰人には届かない状態だ。


(もうちょい妨害が減ればな…いや、ここに詰めれば案外いけるか…? おっ、いったな)


 久しぶりに腕を振るったことで実力も鈍ってしまったのではと少し不安でもあったのだが、少し動かしてみた感じではその心配も無用だったらしい。

 流石に自身の全盛期にこそ届くような技量はまだ取り戻せていないものの、それでも軽く楽しむ分には十分なほどにやり方は身体の方が覚えている。


 掌に握りしめたコントローラーからカチャカチャという無機質な音だけが響き渡る静かな空間の中で、彰人はもう少しで勝てそうだというところまで駆け上がりつつある。

 ゲームならではの熱量とでも言えばいいのか…顔も見えない対戦相手達に対して、彼は柄にもなく優勝したいという熱気が湧き上がりつつあった。


(あともう少しで相手も限界を迎える、はずだ……となれば、ここさえ耐え凌げれば……よしっ!)


 そうしてゲームジャンルに見合わぬ激しい攻防を少しの間繰り広げていれば…決着の瞬間は訪れる。

 ようやく彰人が一息ついた時。画面に表示されていたのは…彼が優勝したことを知らせる文字列の大部分だった。


 久方ぶりに起動して試しにとやってみたゲームであったが、思っていた以上に熱中してしまった。

 それか久しぶりにやったからこそこれだけ熱中して取り組めたのかもしれないが…何にしても、良い結果を叩き出せたので大満足の決着だったと言えるだろう。


(中々に面白かったな……最近はあまりプレイも出来てなかったけど、たまにならこういうのをまたやってみるのも良いかもな)


 心地よい疲労感を味わう中で軽く息を吐くが、やはりゲームというのは適度に遊ぶ分には最適な息抜きとして機能してくれる。

 長く遊びすぎれば時間や集中力までもそちらに全て持っていかれてしまうが、線引きさえしっかりと決めていれば時折やるのも悪くないと思える。



 ──そして、そんな爽快な気分の最中にある彰人にトントンと何者かが肩を叩いてくるような感触がした。


「ん……? お、朱音か。もう風呂上がったのか? 随分早かったけど…ゆっくり休めたか?」

「うん、のんびりさせてもらっちゃったよ。お風呂貸してくれてありがとうね」


 不意に叩かれたことで誰が来たのかと少し身構えもしてしまったが、よくよく考えてみればそのようなことをしてくる相手など今のこの家には一人しかいない。

 それまでは外部恩を遮断するために着用していたヘッドセットを外しながら振り返ってみれば…予想通り。

 そこには相も変わらず穏やかな雰囲気を纏わせながら、就寝のためのパジャマへと着替えを済ませた朱音が立っていた。


 …しかし、その様子も先ほどと比較すればまるで異なる印象を受けてしまう。

 風呂上りだからかその髪先にはわずかに水気を含ませており、全身から立ち上る湯気はどこか色っぽさすら感じさせる魅力を放っている。


 彼女が身に纏っているパジャマがどことなく清楚感を溢れさせている白色によって象られたものであることに対して…そのような色気をもたらす朱音の姿は何ともアンバランスなギャップを感じさせてくる。

 近くにいるだけでクラクラさせられるような色気を間近で見せられながら…そんな雰囲気に反して普段と変わらない様子で彰人に話しかけてくる彼女の態度には、見慣れた空気と新鮮な姿が織り交ざった、矛盾をはらんだ魅力があるようだった。


「だけど…お風呂から上がったら彰人君が集中してたみたいだったから、声をかけるかどうか迷っちゃったんだよね。邪魔したら悪いなと思って…」

「あー……確かに話しかけづらかったかもな。少しゲームの方に集中してたからさ」

「あ、ゲームをやってたんだね。…そっか、これがゲームなんだ……」

「…? 朱音、これに興味あるのか?」


 しかし、内心でそんな色っぽさにやられかけていることなどおくびにも出さず、彰人は普段通りに朱音とのやり取りを重ねていく。

 そうして話していれば、彼女の方から言及されたことだがどうやら朱音も悩んでいたことがあったようで時間つぶしのためにしていたゲームに集中していた彰人に話しかけることを躊躇っていたらしい。


 …言われてみれば、あの時の自分はどことなく熱中していたこともあって話しかけにくい雰囲気を醸し出していたかもしれないし、声掛けすることを気後れしていたというのも納得である。


 だが…それと同時に彰人がついさっきまで触っていたゲームに対して、まるで興味を示したかのように反応した彼女の仕草が目についた。


「もしよかったら、あとでちょっとやってみるか? そこまで難しいものでもないし結構簡単に出来ると思うぞ」

「……ど、どうしようかな…」

「遠慮なんてしなくてもいいからな。…せっかくこうしてうちまで来てるんだから、たまにはこういうことをやってみても良いんじゃないか?」

「…そういうことなら、じゃあ……少しだけ遊ばせてもらっても良い?」

「当たり前だ。となったら…俺も風呂に入ってくるから、その後でやるか。それまでは待っててもらうことになるけど……」

「ここでゆっくり待ってるよ。私のために慌ててお風呂に入らなくてもいいから、彰人君もしっかりお風呂で温まってきてね」

「…了解した」


 わずかに見えた憧れにも近い感情を感じさせた朱音の態度に確信を持って問うてみれば、やはり彼女はゲームというものに関心を寄せていたらしい。

 口ぶりからして向こうの自宅ではほとんどこういった類のものに触れてこなかったのだろうし、朱音の性格からしてもそれは何となく予想できることであったが、それならば今日は良い機会にもなり得る。


 偶然が折り重なった結果とはいえ、こうして朱音が我が家に赴いてきてくれたのだからその記念の一環としても、彼女にゲームを堪能してもらうのは悪くない。

 …少なからず本人もやりたそうに見つめていたのだから、その気持ちの後押しをしてやれたというのも中々に上手くいったと思う。


 とりあえず、そういうことなら彰人はさっさと風呂に入ってきてしまうとしよう。

 朱音に注意されてしまったので早々に風呂を出ることこそしないが…最低限身体をしっかりと洗ったら着替えを上がってしまおう。


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