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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第八十二話 泡沫の記憶


 ──夢を見ていた。


 かつての自分が体験していた、彰人がまだ幼かった日の思い出を。


 あの頃は……何をしていたんだっけか。

 …あぁそうだ。確かこの日は小学校の授業参観があったんだ。


 いつもとは違って親が自分たちの学校を見に訪れ、どのような様子で過ごしているのかを確認出来る意味合いも持っている特別な日。

 当然、うちの両親も少し身なりを整えながら学校までやって来てくれていたし、それを表面にこそ出さなかったもののとても喜んでいたような覚えがある。


 …どうして断定口調で無いかというと、単純に昔の事過ぎてはっきりとした記憶がないからだ。

 大切な記憶であることに間違いはないものの……それを細部まで鮮明に思い起こせるかと問われればまた話は変わってくる。


 まぁ……そこは別に構わないだろう。

 ともかく、この頃を客観的に顧みても自分が一番感情的になれていた頃だったと思うし、ある意味では最も子供らしくあった時期であったとも思う。


 親が授業を見に来てくれたことを喜び、その片隅では緊張し……もう一方では、やはり言い表しようもなく楽しみにしていた泡沫の思い出。

 どこか不慣れでありつつも新鮮だった空気の中で行われていく授業は何とも不思議な時間であったし、そんなむず痒さは今となっても忘れられないくらいに妙な感覚を体感させてくれた。


 そして授業参観が終わった後には家族で記念として外食に赴き、一日の感想を互いに交わしながら運ばれてくる料理を純粋に楽しんだ。


 …これが、今までに彰人が経験してきた家族との思い出。

 誰よりも自分のことを見守り、時には心配してくれ、なおかつ目一杯の愛情を注いでくれた両親との記憶。



 これこそが……家族と明確に過ごした、()()の記憶。


 これ以降から彰人の母と父は仕事の都合で段々と忙しさが増していってしまい、次第に自宅で過ごす時間はそこに反比例するように減少した。

 …やがて、彰人一人で過ごした時間の方が、圧倒的に増えていった。


 そこについて何かを思ったことなど無い。

 前にも朱音に語ったように、人というのは置かれた環境下に自然と慣れていくものだし、今となってはこの状況を気楽に過ごせるようなものだと彰人自身も考えている。


 …しかし、本人が考えていることとその本質で捉えていることが一致しているかどうかは……必ずしもそうというわけではない。

 きっと今日このタイミングでこんな懐かしい夢を見てしまったのは、朱音から妙な質問が飛ばされたことで彰人も自分の思考に無意識の疑問を覚えたからなのだろう。



 一人で過ごすことは気楽だし、自分の性にも合っている。

 長い間そう考えて過ごしてきたからこそ…彰人は、己がかつて何を考えていたのかすらも忘却してしまっていた。


 …本当は、この現状をどう捉えていたのか。

 自分が抱えていた感情は……そんな単純なものでは無かったはずだ。


 あの時に、次第に両親との接触が減っていった彰人が思ったことは、何故───



    ◆



「……ったかな? 彰人君、起きれる?」

「………んっ。…朱音?」

「うん、そうだよ。ちょうどご飯できたけど…食べられそう? 気が付いたら寝ちゃってたみたいだから起こしちゃったんだけど、良かったかな?」

「…あー……俺、寝入ってたんだな…悪い、朱音に料理を作ってもらってるのに眠ったりして…」

「そこは気にしなくていいよ。彰人君だって…今日のために色々準備してくれてたんでしょ? それで疲れが溜まってたんだろうし、寝ちゃうのは当然だよ」

「…そう言ってもらえると助かる。起こしてくれたのはありがとな。こっちも問題ないから大丈夫だ」


 薄暗い微睡みの中から引きずり出されるかのように、彰人は無意識の内に寝入ってしまっていたらしい意識が覚醒するのと同時に聞こえてきた声に反応した。

 そして、これも理由は不明だが……眠っていた間に己の胸の中で強まっていた寂寥感にも似た感情が、その声を聞くと急激に薄まっていったように思える。


 …何故、起きたばかりの自分が寂寥感なんてものを感じていたのか。

 その原因は曖昧だが…少なくとも、起こしてくれた相手でもある朱音の呼びかけによってそれも和らいだようなので放っておいても構わないだろう。


 今はそんなことよりも、わざわざこちらを起こしに来てくれたらしい朱音に礼と謝罪を伝える方が先決だ。

 彰人と朱音。二人分の夕食を作ってくれていた彼女のことを考えもせずに…身勝手に寝入ってしまうなど、失礼にも程があるというのだから。


「そっか、なら良かった。じゃあ…もうお皿も並べ終わってるから、一緒に食べよう? あんまり遅くなっちゃうと冷めちゃうもんね」

「そうさせてもらうよ。……って、おぉ…! すごいな…ここまで豪華な献立になってるとは思わなかった…」

「…ふふっ。そう言ってもらえたなら作った甲斐があるよ。お代わりも用意してあるからたくさん食べていいからね」


 だが、それらの申し訳なさも彼女が用意を整えてくれていた夕飯の品々を見た途端に思わず吹き飛んでしまった。

 …いつも彰人が使用しているダイニングテーブルの上には、いつもの日常であればまず見かけることも無いだろう豪華な夕食が並べられている。


 つい先ほど購入してきた食材から何を作るのかと疑問には思っていたが…その全容を確認すればあの時に揃えていた材料の数々も納得である。


 主食となる米のすぐ近くに置かれた、大きな存在感を放つ肉の塊。

 そのフォルムだけでも溢れんばかりの肉汁が飛び出してくることが容易に想像できてしまうが、さらに言うのであれば添えられるようにして上から流しかけられているデミグラスソースが美味である予感を加速させている。


 …もうここまで言ってしまえば分かるだろう。

 朱音が買い込んだ食材から作っていたのは何よりもパンチ力のある美味を味わえる()()()()()()()()()()であり、その完成度は当たり前のように完璧に近いものである。


 彼女の腕を前もって知っていたからこそ出来上がる料理にはかなりの期待を寄せていたが、まさかここまでのものを作ってくれるとは思わなかった。


 近くに添えられた付け合わせであるニンジンやブロッコリーなんかも栄養バランスを考えて乗せてくれたのだろうし、流石としか言えない手の込み具合と言えよう。

 そして…彰人にしてみればまさに想定外であり嬉しい誤算でもあったことが一つある。


 それはハンバーグとはまた別の小皿に取り分けられた一品で、特別目立つようなものではなかったものの…何と、彼の好物でもある卵焼きまでばっちりと揃えられていたのだ。

 周囲に明言こそしていないが、彰人の食に対する嗜好として間違いなく上位に食い込んでくる場所に位置する卵焼き。


 よもやこの場面でこの料理と出会えるとは思ってもいなかったため、見た瞬間は驚かされたものだが……経緯を考えれば朱音が用意してくれたのも理解できることだ。


 以前に一度間宮家の自宅にて夕飯をご馳走になった際。

 あの時の根強い記憶としても残っている出来事として挙げられることだが、彰人は朱音が手ずから作った卵焼きを最も美味であったと評価していた。


 …思い返してみても無意識に恥ずかしいことをしたものだと顔を赤くしそうになるが、今はそれはいい。

 おそらく朱音はその時の出来事をしっかりと覚えていて、あれだけ彰人が喜んでくれたのだからまた作ってあげようと考えて用意をしてくれたのだろう。


 そしてそれは、これ以上ないくらいの歓喜を彰人にもたらしてくれた。

 正直、今見ているだけでも早く食べたいと思わせられるくらいには眼前のメニューに意識が引っ張られているし、朱音を差し置いて勝手に食べるわけにもいかないので堪えているが…そのセーフティさえ無ければ無我夢中になって食していたはずだ。


 それだけの魅力が、この品々には存在している。


「一応味見はしたから大丈夫だとは思うんだけど……彰人君の好みに合ってるかどうかが分からなかったから、口に合わなかったら素直に言ってくれていいからね? そこは我慢しなくていいから」

「んなことしないって。…むしろ、これだけ美味そうなものを不味いと感じたらそれは俺の舌に問題があるくらいだ」

「そ、そこまで言われると緊張しちゃうんだけど……まぁいっか。とにかく食べちゃおう?」

「…ああ。それじゃあ…ありがたく食べさせてもらうよ」

「…うん。どうぞ」


 朱音は自分で作ったからか出来栄えに満足しきっているわけではなさそうだったが、彰人からしてみればこの料理を前にして食欲が湧かなければそれは食す側に何らかの問題があるとすら思えてきている。

 比喩でも誇張でも何でもなく、事実としてそれくらいの反応を示さなければこの料理と向き合うには失礼だとさえ認識しているのだから。


 期待感に膨らむ感情を冷静に抑えつけながら、彰人は自分の箸を手に取って最高の仕上がりを確信させてくる料理へと手を向けた。



 …思わぬ微睡みの中で味わった寂寥感は、いつの間にか彼の胸中ではさっぱりと消え去っていることを感じながら。


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