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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第八十一話 調理風景


 朱音との買い物を終えた彰人はそう時間もかからずに自宅へと戻ってきた。

 手に抱えてきた荷物も特に傷つけることなく家まで持って帰れたため、無事にこちらの役割は果たせたとも言えるだろう。


 いずれにせよ、ここからの作業は彰人が立ち入れば邪魔をする……程度で済めばまだ良いくらいだが、場合によっては全てを台無しにする可能性すらあるので大人しく待機しておくとしよう。


「…さて、じゃあ早速料理を始めちゃうけど……キッチンを使わせてもらってもいい?」

「もちろんだ。むしろガンガン使ってやってくれ。俺だけじゃ活かす機会もないし、朱音に使ってもらった方がキッチンも喜ぶさ」

「それなら遠慮せずに使わせてもらうね。えぇっと……多分フライパンはこの辺り、かな…」


 購入してきた食材たちも一通り袋から取り出して整理し終えたため、これより先は朱音の独壇場だ。

 もちろん、何か手伝えることがあれば何か手助けをしたいという気持ちがあることも否定は出来ないのだが……そう思ったところで返ってくる言葉など決まり切っているのだ。


「…悪いな、朱音一人に重労働を押し付けるみたいな真似して。せっかく泊まりに来てくれた客だってのに……」

「うん? あぁ、別に気にしなくてもいいよ。そもそも私の方からやりたいって言いだしたことなんだし…それに、彰人君が料理を手伝おうとしたところでやること分かる?」

「………分からないです」

「それならやっぱり私一人でやってた方が効率良いからね。適材適所ってやつだよ。彰人君はこれまでに荷物運んでくれたりしたんだから、あとはのんびり休みながら待ってて」

「…そうさせてもらう」

「よろしい。それじゃあ…まずはエプロンエプロンっと……」


 何かの助力をしたいと申し出たところで、ごくごく簡単な作業すらこなせない彰人ではどこかの段階で彼女の足を引っ張ってしまう可能性が高い。

 そうしてしまうくらいなら最初から何も手を出さず、朱音が言うように一人で静かに過ごしていた方が何倍も彼女の役には立てるだろう。


 …何もしないことで役に立てるというのも複雑な立ち回りをしているものだが、事実なのだから仕方がない。

 なのでそれ以上は彰人も無理を言うことなく、指示された通りにリビングに置いてあるソファにて待たせてもらうこととした。


 ……だが、そうやってただただのんびりと料理が出来上がるのを待っている時間というのは…何とも余計なことを考えてしまう思考の隙間が生まれてきてしまうものだ。


(…冷静に考えれば、不思議な光景なんだよな。朱音がうちに泊まりに来て、なおかつエプロン姿で料理を作ってくれてるなんて……)


 頬杖をつきながらひたすらに呆然としたまますることも無い時間を過ごすこととなり、耳に響いてくるのはキッチンから聞こえてくる食材を切るような軽快な音だけ。

 そんな音に釣られてしまうように、ふとした瞬間にも自宅の見慣れたキッチンの方向を見てみれば……そこには明らかにいつもとは異なる光景が展開されている。


 普段であれば、照明すら点灯されることなく暗闇に包まれているだけの台所が今日に限っては明るく照らされており、そこでは実に見事な手際で調理を進めていく美少女の姿がある。

 そんな美少女である朱音は……おそらく自宅から持ってきたのだと思われるベージュ色のエプロンを身に纏っており、何とも家庭的な一面を醸し出していることからどこかグッとくるような魅力を有している。


 …彼女と時間を共に過ごすことが当たり前になってきたことと、鳴海から直接頼み込まれてしまったのですんなりと受け入れてしまったことから特に疑問にも思っていなかったが、眼前にて繰り広げられているこの光景が普通ならありえないものであることくらいは彰人も理解している。

 同じクラスの少女が自宅に泊まりに来ているだけでも本来なら信じがたいことだというのに、そこに加えて手料理まで作ってくれているのだから強く羨望されても何もおかしくない状況に自分がいるのだと改めて痛感した。


(それにな……何というか、こうやって朱音が家で料理をしてる姿っていうのが……新婚夫婦みたいな……)


 そうして段々と底が見えない沼にハマっていくように、まとまりのない思考で考えを巡らせていれば……ふと、視界の先にて料理を作る少女の姿が新婚の新妻のように思えてしまう。

 …事実無根も良いところだし、あくまで彰人が抱いた勝手なイメージでしかないのだが……一度そう捉えてしまえばその印象はますます強くなっていく。


 手慣れた様子でキッチンを動き回る朱音の姿はまるで今日初めてここを使ったとは思えないほどに自然な雰囲気だし、見慣れた場所だからか元々ここが彼女の家だったのではないか、なんて思考すら浮かび上がってきてしまう始末。


(……やめよう。これ以上は朱音に気持ち悪がられそうだし…勝手に妄想してるみたいで申し訳なくなってくる…)


 しかし、そのような思考も軽く頭を振り払った彰人の一考で打ち止めとなる。

 あくまで彰人自身の脳内で完結していることなのだから悪いも何もないとは思うが、やはり朱音を勝手な空想に使っているようなイメージは罪悪感が湧き上がってくる。


 …ありえないことだとは思っておきたいが、もしこんなことを考えていると彼女にバレて朱音に『気持ち悪い』などと言われた暁には彰人はしばらく立ち直れなくなる自信がある。


(はぁ……朱音にその気は無いってのに、何考えてるんだか。もっとマシなことでも考えよう…)


 己の愚行を内心で反省しながら、溜め息もこぼれてきそうな口元を抑えつつ彰人はソファの上で思考を切り替えた。

 …心の片隅では、これ以降の空想劇を展開していれば自分の嗜好が思わぬ方向に行きそうだったのでやめたという考えも、ないではないのだが。


 ともかく、自身の勝手な妄想に朱音を付き合わせるのは性ではないため、それ以外のことを考えることにしてこの場は凌ぐこととする。


(夕飯を食べたら…とりあえず風呂の準備だな。朱音も着替えは持ってきてるだろうからそれを使ってもらうとして、寝る場所は…客間を空ければいいか。布団も用意はあるだろ)


 少しずつ日が落ち始める時刻へと近づいてくる頃。

 思っていたよりも買い物に時間をかけていたようなので、気が付けば夕食を食べるのにもちょうどよい時刻となってしまっていたが…そうなると彰人がすることも自然と増えてくる。


 時折毎日風呂に入らずとも死ぬことはないのだから、別に入らなくても構わないなんて人間がいることもあるそうだが朱音はそのタイプではないだろうし、風呂の用意は必須だろう。

 それに加えて、彼女にとってはかなり重要な要素でもある就寝時刻となった時にはすぐに寝付けるように場をセッティングしておかねばならない。


 幸いなことに、この家には客人が訪れた際に使えるようにと部屋の一室が空けられているため、そこを使えば彼女が寝るための場所も確保は簡単だ。

 あの部屋にも予備として収納されていた布団が一式置かれていたはずであるし、それを使ってしまえば就寝も問題無し。


 朱音が普段使いしている寝具と比べて、それで満足してもらえるかどうかは微妙なところだが……そこは祈るしかないか。


(あとは……出来るだけ朱音が楽な姿勢で過ごせるように…俺も、なるべく……普段のままで……)


 そうやって自分が朱音の宿泊中にするべきことと出来ることを延々と頭の中で羅列していけば……やはり、慣れない状況ゆえに疲れが溜まっていたのかもしれない。

 何も変化が無いと思い込んでいる思考の片隅が次第にぼんやりと霞がかったものへと揺らぎ始め、少しずつ彰人の瞼は重く下へと移ろい始める。


 …気が付けば、軽快な音が響き渡るキッチンとそこに重ねるようにして…リビングには、一つの寝息が追加されることとなった。


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