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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第八十話 滲む不安感


 朱音と彰人の二人で食材の買い出しに出かけた後。

 一通り和んだ雰囲気の中で会話を交わしながらレジにて会計を終えたが……店を出た後の空気に関しては朱音の様子がそれまでの笑みから一転し、少々不服気なものへと変化していた。


 瞳は鋭く細めながら彰人を睨むようにして目線を向けており、口元は線を結ぶようにして閉じられ拗ねるように彰人の隣を歩く朱音。

 どうして彼女がこのような態度を取っているのか。


 それはおそらく……いや、ほぼ確実に彰人が取ってしまった()()()()が要因となっているのだろうが、こればかりは彰人も易々と譲るわけにはいかない。

 …何故そのような意地を張ってまで彼女の機嫌を損ねるような真似をしているのか。


 その答えは…すぐに明らかになることである。


「……ねぇ、何で彰人君は…私に荷物を持たせてくれないのかな?」

「そりゃあ…朱音に重いものを持たせるわけにはいかないだろ。こういうのはこっちに任せておけばいいんだよ」


 横並びになって自宅への帰路に着く道中。

 ぽつりとこぼされるようにして朱音から発せられた言葉が現状の全てを物語っているが、それもそのはず。


 今の彰人達は買い物を終えて帰っている真っ最中であるのだが…そんな折に、先ほど購入したばかりの食材の全てを彼一人で手に抱えているのだ。

 朱音の視点からすれば、自分一人だけが楽をしているような状態に納得がいっていないのだろう。


 店を出た後から幾度も、自分も荷物を持つから袋を渡してくれと頼まれ続けているのが現在の二人の間で交わされているやり取りであり…何だか前にも似たような状況があったような気がするが、それゆえに朱音が不機嫌さを加速させてしまっていたのだ。


 しかし、彰人も自分が手にしている荷物を簡単に手渡すつもりなど無い。

 それほど多くの量を買ったわけではないので重量もさほどあるわけではないと言っても、男である自分とか弱い女子である朱音の力の差を考えればどちらが荷物を持つべきかなど一考する余地もない。


 以上の理由を踏まえたからこそ、朱音に何かを言われる前にさっさと彰人の手でほぼ全ての荷物を運んでしまったわけだが……そこが彼女からしてみれば不服だったわけだ。


「…もう! 私だって荷物くらい運べるって言ってるのに……彰人君ったら全然持たせてくれないんだもん」

「そう言われてもな……こればっかりは諦めてくれ。俺も譲るつもりは無いし…それに、朱音にはこれから料理を作ることで力を発揮してもらうんだからさ。俺はそれ以外のところで手伝わないとフェアじゃないだろ?」

「……むぅ。そう言われたら…何も言えなくなっちゃうよ」


 相変わらず不服気な表情は維持したままだが、彰人の言い分にも一理はあったらしい。

 この買い物の目的が今夜の夕食を作るための食材集めという名目であり、その後で朱音直々に腕を振るう以上、彰人が手を貸せることといえばこの程度のことしかないのだ。


 料理と簡単に言っても、あそこにかける時間でかなりの労力を消費することは彰人もよく理解しているし、だからこそ…今くらいはこちらでその負担を少しでも軽減しておきたかったのだ。


「まぁ朱音が言いたいことも分からないでもないけど……今くらいは俺にも活躍させてくれ。朱音には、その後でしっかり世話になることになってるんだし」

「……分かったよ。じゃあ今日だけね?」

「おうよ」


 彰人の思いと考えを懇切丁寧に語っていけば、向こうも何とか納得しようとしてくれたようでかなり渋々ではあったが……こちらが荷物を持つことにも同意してくれた。

 …少しの間、目線は変わらず彰人の手荷物を眺めていた朱音でだったが、それも無駄なことだと理解したようでしばらくすればいつもの調子へと戻っていく。


「…ちょっと前から思ってたんだけどさ、彰人君ってやっぱり女の子の扱い方に慣れてる感じがするよね。もしかして前にお付き合いしてたこととかあったりするの?」

「ん? 俺がか? …ないない。あるわけないだろ」

「え、そうだったの?」


 そうして何とか朱音から荷物を奪っ……預かることに成功し、徐々に自宅へと距離が近づいてくる道中の折。

 何の気なしに尋ねられた事柄に一瞬呆気に取られてしまったが、彰人の過去にそのようなことは一切ないために即座に否定させてもらった。


 しかしそうすれば…何故か朱音は心底驚いたとでも言わんばかりに目を丸くしており、本心から彰人の返答が意外なものであったという素振りを見せていた。


 だが…彰人の側からしてみれば、どうしてそのような発言が出てきたのかと逆に疑問に思ってしまうくらいだ。


「…あまり胸張って言う事でもないだろうけどな。そんな経験は全くないぞ。まぁ…今まではそれほど恋愛沙汰に興味が無かったから、っていうのも大きかったのかもしれないが」

「ふーん…? でも、その割には私と歩くときとかに細かく気遣ってくれるよね」

「それはうちの両親の教育の賜物だな。昔から異性と接する時は気を付けろって言い聞かせられてきたし……その影響だと思う」


 まるで訝しむような目を向けられながら追及を続けてくる朱音には申し訳ないのだが、そんなことを言われても彰人にはそういった類の経験などないのだから虚勢を張ったところで意味はない。

 彼女はそこからさらに、彰人が無意識の内に実践している気遣いの数々から彼の過去を探ろうとしたようだが…それだって実体験から身に付いたものというわけではない。


 どちらかと言えば幾度となく言い聞かせられてきた教育によって身に付いたものであり、幼い頃から当たり前のことだと認識して過ごしてきたからこそ、おかしいと言われても自覚のしようがないのだ。

 結果として、意図していない内に心を許した相手には一切の気恥ずかしさも湧かずに褒め言葉の弾幕を送ることができるようになったわけだが、それが良いのか悪いのかは…相手側の判定次第だろう。


 何にしても、他者を褒めることが悪いなどということは決してないのだから。

 …次々と放たれる褒め言葉の弾幕によって、言葉を与えられる側が受ける被害を考慮しなければ、の話ではあるが。


「特に母さんはな……そういうことに限っては厳しかったし、しっかり教え込まれた感じはある」

「沙羅さんが…? …何だか、少し想像しづらいけど……」

「気持ちは分かる。けど…あれも俺のためを思ってのことだったんだろうからな。今では感謝もしてるさ。こうして活かせてるわけだし」


 今となっては仕事で忙しく家にいることも少ない両親だが、彰人が幼い頃には休みの日に外出だって付き添ってくれたし、行事ごとには欠かさずに参加してくれていた。

 そんなかつての日常の中で、母親でもある沙羅からは特に念入りに大切な相手との接し方は教え込まれていた。


 どんな時であっても相手を思いやる気持ちを忘れないこと。お互いの考えは必ず言葉にして伝えること。

 また、相手の良いと思ったことがあったのなら恥ずかしがっていないで褒めてあげること、なんてところまで徹底的に教え込んできたのは他でもない沙羅だったのだから。


 当時は何のことやらさっぱり、といった感覚で聞いていた彰人も…こうして時間が経ってみれば、図らずともその教えが活用できているのだから人生とは何があるのか分からないものだ。


「そっかぁ……良いお父さんとお母さんだったんだね」

「ああ。俺みたいなパッとしない子供で申し訳ないくらいだけど…自慢の両親だよ」


 両親が自分にしてくれたことも、教えてくれたことも。

 全てが何物にも代えがたい財産として今の自分を作り上げてくれているのだから、彰人は自分の親を尊敬しているし感謝だってしている。


 あの二人がいなければ、朱音と出会ったあの時のきっかけさえ生み出せていなかったかもしれないし、あそこで動いたのが彰人自身の働きだったとしても…その一因を生み出してくれたのは、紛れもなく両親なのだから。


 …その意思に嘘はないし、間違いなく本心からの言葉だ。

 しかし、だからこそ……次の朱音が何気なく発してきた言葉には、彰人もほんの少しだけ思考を空白にしてしまった。


「…ねぇ、彰人君はさ……親がいないことを寂しいと思ったことはないのかな?」

「………えっ?」


 ──それは、本当に不意打ちの一言だった。


 朱音が言いたいことはきっと、仕事で忙しく自宅にいることもほとんどない彰人の現状を顧みた時に……その状況を辛いと思ったことはないのかというものだったのだろう。

 …そんなことを、考えたことすらなかった。まさしく寝耳に水だ。


 親が家にいることが滅多になく、そんな状況を何年も続けながら過ごしてきた己の現状を冷静に振り返って見れば……果たして自分が、本心のその奥では何を思っているのか。

 数秒にすら満たない時間の中で、朱音から投げかけられた質問への答えを真っ白になりかけた思考で考える続け……考えた結果、出てきた答えは一つしかない。


「…まさか。小さい頃はそう思ったことも無いわけではないけどな。流石にこの年にもなれば慣れもしてくるさ」

「………そっか。うん…分かった」


 あの家で一人過ごすことなど、今に始まったことではない。

 朱音が心配してくれたことは嬉しかったが、そもそも過剰に心配されるほど彰人はこの現状を悲観しているわけでも無いのだ。


 ゆえに、彼女には特に心配させるようなこともないと答えれば…一見納得したように見えながらも、どこか不安そうな光を瞳に宿しながら彰人を見つめていた。

 しかし、それ以降は朱音から言及をされるようなこともなく普段通りの会話へと方向転換をしていった。



 …その節々で、朱音が彼のことを案じるような情を向けていたことには気が付かずに。


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