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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第一章

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第八話 運動後の休息、遭遇


「ふぅー……ふぅ…大分息も整ってきた」

「お疲れさん。結構タイムも縮まってたし良い感じじゃないか?」

「別にタイムに拘ってるわけじゃないんだけどな……まぁ遅くなってるよりはいいが」


 相変わらず眩しすぎるくらいに日光が照りつけてくるグラウンドの一角。

 そこで彰人を含めた航生たちクラスの面々……と言ってもこの場にいるのは男子だけだが、彼らは各々が身体を伝っている汗を拭いたりなどしていた。


 今の彰人達は体育の授業の一環で持久走を行っていたばかりであり、それに伴って周りを見渡せばまさに疲労困憊と言わんばかりに座り込んでいる者までいる様がそこかしこに見受けられる。

 まぁ確かに夏場のこの季節に持久走という、色々な意味で地獄過ぎる要素が揃ってしまっているのでこの光景も当然のものだとは思うがそれにしてもいつもに増して疲れている同級生の数が増えているように思える。


「それにしてもよ……彰人はそこまで疲れた感じはしてないな。もっと疲弊するもんだとばかり思ってたんだが」

「これでも休みの日なんかはたまに動いてたりするからな。…それでもお前には絶対に敵わないが」

「はっはっは! これでも日頃から運動に勤しんでるからな。まだまだ彰人に負けるわけにはいかないっての!」


 辺りに疲れ切ったようにしながら倒れ込むクラスメイトが数多くいる中で、普段とそう変わらないテンションで会話をこなす彰人と航生の姿はある意味異質でもあったがそれもこの二人のコンディションを考えれば当然のものでもある。

 何せこう見えても……いや、別に意外でも何でもないが航生は運動部に所属しており、常日頃から身体を動かしているので自然と体力も身についているのだ。


 それに対してもう一方の彰人の方は……こちらに関しては少々イメージにそぐわないかもしれないが、彰人は身体を動かすこと自体は嫌いではない。

 むしろ自発的にする類の運動はどちらかと言えば好きな部類に入るくらいのものなので、たまに休日の際には近所を走ったりなんかもしているのだ。


 …が、そんな彰人であってもガチガチの運動部である航生には純粋な体力や筋力では敵うわけもないので普段はさほどそれらの成果が発揮されることはない。

 それを証明するように、今の彰人であっても多少は呼吸のペースが乱れているというのに向こうはそういったことがほとんど見られない。


 実践している運動量の密度が違うので当然と言えば当然のことではあるのだが、何だかスペックの差を見せつけられたような気がしてくるので少し複雑な心境にもなってしまいそうだった。


「それよりも今からしばらく休憩だろ? 軽く水でも飲んでくるからちょっと離れるよ」

「おう、了解した。んじゃここで待ってるから早く済ませて来いよ」

「はいよ」


 しかし今はそんなことばかり考えてもいられない。

 まだ授業時間自体はそれなりに残ってはいるが、やることとしては一通りのノルマを終えている状態でもあるのでこれから十数分は各自自由時間となることだろう。


 ならばこの時間を利用しない手はない。

 ちょうど走り終えたばかりで喉も乾いてきたところだったので水分補給と体力回復も兼ねてグラウンドから離れて水飲み場へと移動していくことにしたのだった。




「……ぷはっ。やっぱ暑いときに飲む水ほど美味いものはそうそう無いな」


 グラウンドから少し離れた場所に位置する水飲み場。

 そこで水分補給に勤しんでいた彰人は口を拭いながらようやく潤せた喉で独り言をこぼすが、この場にそれを聞く者の姿はない。


 一応まだ授業時間の範疇でもあるのでそれが当たり前なのだが、あまりにも静けさに満ちた空気はまるでこの場所に自分以外の誰もいないのではないかと錯覚させてきそうなものだった。

 ここから少し歩いた先では先ほどと変わらないテンションで航生が馬鹿騒ぎをしているはずなので、それを思えば特に寂しさなんかを思うことはないが……いつもは騒がしさに満ちた学校内でここまで静寂に包まれた時というものを実感することもそうそうないので思考が妙な方向に偏っているのだろう。


「とりあえず水は飲み終わったし体力もそれなりに回復してきたけど……どうするかな。そのまま航生のところまで戻っても良いんだけど、そんな気分でもないし…」


 なので気分を入れ替えるという意味でも誰が耳にしているわけでも無い言葉をぽつりぽつりと口にしていたが、こんなことをしていても虚しいだけ。

 微妙な気分を誤魔化すためだということだけならさっきまで自分が走り込んでいたグラウンドにまで戻ればいいだけなのは分かっているのだが、あいにくこの時の彰人は不思議とそうすることに気が向いていなかった。


 それなりに自由度の高い自由時間ということもあってこの貴重な時間を無駄にしてしまうことを無意識下でもったいないとでも思っていたのだろうか。

 詳しいことは当人にさえ定かではないが、ただ一つ確実なことはこの時ばかりは彰人も素直に戻りたくはないと思っていたということだけだった。


「…ん、そういえば向こうに涼める日陰あったよな……少し行ってみるか」


 そこでふと思い出したが、今彰人がいる場所からまた少し行った先の校舎の曲がり角にちょうどいい日陰があったはずだ。

 あそこなら風通しもそれなりに良好だし、日の光が遮られる場所で休んでいれば屋外だからと無意味に汗を流す必要だって無くなるだろう。


 この暇を持て余したタイミングにはうってつけの休息ポイントだ。

 時間だってまだ少しは余裕が残っているはずだし、授業が終わる直前までに戻ってくれば良いと考えて彰人は再び足を進めていくのだった。




「この辺りってあんま来たことなかったけど、結構涼しいな……意外と当たりスポットだったか」


 彰人がやってきたのは位置としては体育館のすぐ傍にある花壇の密集地帯。

 ここは彰人が普段から利用している正門からも校舎からも微妙に遠い場所にあるのでそれほど頻繁に訪れる機会も無かったのだが、こうして来てみると意外にも心地よい場なのだと改めて認識させられた。


 それこそ今まで知らずにいたことを軽く悔いてしまいそうになるくらいには、良いところだと思えている。


「まぁそれは今は良いか。これから気が向いたら来ればいいだけだし……って、うん? あそこにいるの……間宮だよな?」


 …と、そこまでやってきた辺りで彰人の視線の先に誰かがいることに気が付いた。

 体育館にほど近い脇の階段……その段差に腰掛けながら体育座りをし、ゆらゆらと小柄な身体を揺らしている見た目麗しい少女。


 ここ最近で関わりが劇的なまでに増えたこともあって見間違えようもない、朱音の姿がそこにはあったのだった。


(…こうも偶然が重なると少し怖くもなってくるんだが……本当に最近の巡り合わせはどうなってるんだ?)


 ついこの前までは一切の接点も繋がりも無かったというのに、客観的に考えてもこの数日間での彰人と朱音の遭遇率は張本人をもってしても異常とすら思えるレベルだ。

 別に彼女と関わること自体が嫌というわけではないのでそこに関しては問題もないのだが……それはそれとして何か因縁めいたものでもあるのではと疑ってしまうくらいには最近の自分の運というものが恐ろしく思えてならなかった。


 しかし偶然とはいえ視界に入ってきてしまった以上、話しかけずに立ち去るというのも何だか無視をしてしまっているようで気持ちが悪い。

 だとしたらここは仮にも友人ではあるのだから、一声掛けていくことが礼儀だろうと考えてそれまでの思考を中断してひとまず話しかけに行くこととした。


「間宮。こんなところで何してるんだ?」

「ん? なんだ彰人君か。何だか最近は彰人君とばかり話しているような気がするけど…もしかしてこれって運命だったりする?」

「……違うと思うぞ」


 眠たそうにしながらも珍しいことにしっかりと朱音は意識を保っていたようで、こちらの呼びかけにもスムーズに返答をしてくれた。

 …だが、その後で首を傾げながら言われた運命云々に関しては突っ込まずにはいられなかったのでおかしな雰囲気になることは避けられなかったようだが。


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