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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第七十九話 手慣れた買い物


「今日の夜ご飯、どうしようか…? 彰人君は何がいいとかあったりする?」

「そうだな……こういうのって思いつく時は結構すぐに思いつくんだけど、いざ聞かれると…中々浮かばないな…」


 彰人の家から少し離れた距離にある食料品店。

 そこではカートを手で押しながら少し小柄な体躯をきょろきょろと動かし続け、売りに出されている食品から今日の夕食を何にしようかと尋ねる朱音とそれに悩む素振りを見せる彰人の姿があった。


 二人は現在、今夜の夕食を朱音が作ってくれるというのでそのための材料を買い出しに訪れており、ごくごく自然な雰囲気で会話を重ねていた。


 …なお、その様子は明らかに単なる友人ではなく長年連れ添ったパートナー……あるいは新婚夫婦のようにしか周囲からは見えないものだったことは…捕捉として述べておく。


「うーん……そうなると、とりあえず大雑把なところから決めていった方が良いかもね。お肉とお魚だったらどっちがいいとかはある?」

「その二択だったら……どっちかというと肉の方が食べたい気分かな。本当何となくだけど…」

「だったら今日はお肉料理にしよっか。探してみれば良いものがあると思うから」

「そんな即決していいのか? 朱音はどっちの方がいいとかもあるだろ」


 だが、周辺から微笑ましいものを見るような視線と嫉妬の類の感情が込められた視線を向けられていることなど露知らず、彰人と朱音は何てことも無い素振りで店内を歩いていく。

 …傍から見ればどう考えても初々しいカップルのやり取りにしか聞こえずとも……当の本人たちにとってはそんなつもりなど一切ないのが厄介なところではあるが。


「私はそこまで食べるものにこだわりがある方じゃないからね。どっちかと言えば…食べるよりも作る方が好きだし、それに…彰人君が食べたいって言ってくれたものを作って喜んでもらえたなら、そっちの方が嬉しいもん」

「…っ! …そ、そうか……なら、そうさせてもらう」

「うん。じゃあお肉は…あっちの方みたいだね。行こっか」


 しかし、そんな何気ない会話の中にあっても威力の高い一言を突発的にぶつけてくるのは朱音という少女である。

 今もにこやかに微笑みながら……されど、どこまでも純粋に彰人に喜んでほしいと思って告げられた言葉には深い意味なんてありはしないのだろう。


 …それでも、その言動にかき回される彰人の心臓が受けた被害は非常に甚大なものであったが。

 平静を取り繕う内心の裏では、ドクドクとうるさいくらいに鼓動を早める己の体内器官に対して、早いところ静まってくれと切に願っているばかりである。


「……あっ、そうだ。そういえば確認するのを忘れちゃってたんだけど…彰人君のお家にパン粉ってあるかな? なかったらそれも準備しておきたいから…」

「パン粉か……どうだったかな…情けないけど俺も家にある調味料とか材料に関しては把握出来てないから、はっきりとは言えないんだが…多分無かったと思うぞ。少なくとも俺は見かけたことが無いな」

「分かった。だったらそれも買っておいた方がいいね」

「そうだな……というか、そんなものまで使うのか。一体何を作る予定なんだ?」

「え? …そうだなぁ、ここで言っちゃっても良いんだけど……せっかくだし、出来てからの秘密にするよ。そっちの方がワクワクするもんね」

「なんだそりゃ……まぁ朱音なら何であっても料理上手なところは知ってるし、信用してるから献立は任せるよ。朱音が作ってくれたってだけで俺には嬉しすぎるものだしな」


 提示された材料を合わせて考えてみても、彰人には彼女が何を作ろうとしているのか見当もつかない。

 普段から料理などしないために、こういった方面の話となると否応にも知識不足であるがゆえの欠点が浮き彫りになるのが何とも情けないところだったが…そこについて尋ねてみれば返ってきたのは少々の悪戯心も含まれた笑みだった。


 …まぁ、ある種のサプライズだとでも思えば確かにそういったことも悪くない。

 そもそもの前提として、前にも一度味わった経験のある朱音の手料理ともなれば彰人は提供された品が何であろうとも完食できる自信があったし、彼女手づからの料理ともなれば最高の仕上がりになるだろうことは確信している。


 それもこれも今までに積み上げられた信頼あってのものだが、どちらにせよ彼女が作ってくれるというだけで彰人からすれば付加価値は他のどんな品と比較しても高く評価されているのだ。


 …多少の贔屓目があることは否定することも難しくあるが、その事実は変えられるものでもないためわざわざ隠すようなことでもない。


「……彰人君、何でそういうことをサラッと言っちゃうのかな?」

「え……何でって言われてもな…別に思ったことをそのまま口にしただけだぞ?」

「そういうのが駄目だって言ってるのに……もう。他の子に言ったりしたら駄目なんだからね?」

「こんなこと、朱音以外に言う相手もいないんだがな……」

「………本当、そういうところだと思うよ」


 すると、そんな彰人の発言を真正面から受けた朱音はどうしてか……わずかに頬を紅潮させながら若干のジト目をこちらへと向けてきていた。

 何故か彰人が責められる側に回ってしまったことは不思議で仕方なかったが、理由は分からずとも彼女の機嫌を損ねてしまったようなのでそこは素直に返事をしておいた。


 …したはずなのだが、そう返答すればさらに不機嫌さを加速させるように頬を膨らませる彼女の態度に尚更困惑させられることになるのだった。


「はぁ……彰人君のそれに関しては、また今度言い聞かせないと治らなさそうだね。でないと…何だか周りに余計な被害が出ちゃいそうだし」

「えぇ……そんな怖いことされるのか、俺?」

「…自分が悪いんだからね? 全く…無自覚っていうのは困っちゃうよ」


 どうやら朱音が不満そうにしているのは彰人の側に原因があったようだが、こちらとしてはその原因とやらにも思い当たるものが無いために、内心で戦々恐々とするだけである。

 …今後、もしかしたら朱音から直々に何かを言い聞かせられる展開が待ち受けているかと思うと恐ろしくもあるのだが……そこは一旦忘れておくとしよう。


 相手が航生や優奈ではなく、朱音であれば何かをされても問題がないだろうという考えゆえの判断である。


 彰人に近しい人物の、おおよそ半分以上がこういったシチュエーションに置かれた時に信用がないことを嘆くべきか、それとも朱音ならばどうあっても問題無しと捉えられていることを喜ぶべきところかは……また微妙なところだ。


 少なくとも、朱音に対しては余計な心配をせずとも素のままで隣にいられるということなのだから、不必要な警戒心は抱かずともいいだろう。

 …おそらく、きっと。


「じゃあ…あとは卵を用意しておきたいね。そっちも使うと思うから」

「あ、卵だけは備蓄してあるから買わなくてもいいぞ。その辺りは用意も万全だ」

「そうなの? …こう言ったらあれだけど、彰人君が卵を使うところってあまり想像が出来ないというか……」

「別に料理に使うってわけでも無いからな。備蓄とは言っても使うのはせいぜいが卵かけご飯にするくらいだし」

「………それを聞いて、私はどう反応したらいいのか分からないよ」


 引き続き会話を継続しながらカートを押す朱音の隣を歩いていく彰人だったが、彼女が所望していた卵に限っては自宅に買い置きをしておいた分があるため買わずとも問題はない。

 一応、卵料理を好んでよく食している彰人が好きな時に卵を摂取できるようにと買っておいたものなのだが……その用途はもっぱら生卵をそのまま食べるだけである。


 …もっとまともなものを作れなどとは言ってはいけない。

 彰人だけでは簡単な料理すら作ることもままならないため、必然的に他のものが食べたいと思ってもこうするしか方法は残されていないのだ。


「…だったら、今日は気合いを入れていかないといけないね。彰人君に『美味しい』って思ってもらえるように全力で腕を振るわせてもらうよ」

「それはもちろん嬉しいけどな。あまり無理して朱音に怪我でもされたら俺も嫌だし…ま、朱音の料理なら何でも喜んで食べるさ」

「………彰人君、今度本当に言い聞かせるからね?」

「…………え?」


 カートに次々と放り込まれていく食材の数々を眺めながら、張り切ったような素振りを見せる朱音に対して彰人はそれとなく無理だけはしないようにと伝えておいた。

 そう言われた朱音から、再度忠告するように言われてしまった一言に関しては……疑問符を上げざるを得なかったが。


傍から聞けば会話内容は完全に新婚夫婦のそれである。

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