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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第七十八話 初めてのお泊まり


 …ようやく暑さも鳴りを潜め始めたかと思えるほどに気温が落ち着きを見せ始め、残暑ゆえの蒸し暑さが目立ち始めた。

 もう少しで慌ただしくも振り返れば楽しかったと思える夏休みも終わりであり、新たな心持ちで新学期が始まる。


 この時期はいわばそのための準備期間でもあり、長かった夏休みによって鈍ってしまった生活リズムを正すための時期として使うべきところだろう。

 ……が、今の彰人にとってはそんな例年の流れも通用するものではなく、ただただ()()がやってくるのをわずかに緊張しながらも待ちぼうけていた。


「……っと、来たか」


 そうして待機をしていれば、自宅の玄関前にて誰かが訪ねてきたような気配と音を彰人の感覚は鋭敏に感じ取っていた。

 既にここにやってくることは事前の予定からも分かっていたことなのでさして驚くわけでも無く、彼はそこから少しして鳴らされたインターホンに対応するためにソファから立ち上がって移動していく。


 玄関先にて待機しているであろう彼女のことを思いながら玄関先にまで移動した彰人は、あまり待たせてしまうことが無いようにと扉の鍵を回してドアを開く。

 するとそこにいたのは………誰あろう、見間違えようもない()()である。


「…よく来たな。とりあえず上がってくれ」

「う、うん……お邪魔します」


 その手には今日使うための荷物が詰められていることが予想できる大きめの鞄を手にしており、ここに尋ねてきた目的ゆえか少し緊張したような面持ちが垣間見える。

 …向こうが抱く感情は彰人もよく理解できるものでもあるため、そう思ってしまうことも無理はないか。


 まぁ何にせよだ。

 今日予定されていたことの第一段階……朱音の来訪を迎えるということは達成できたのだから、そこは良しとしておこう。



    ◆



「荷物はリビングに適当に置いてていいからな。その辺のスペースを好きに使ってくれ」

「じゃあそうさせてもらおうかな……よいしょ…っと。ここに置かせてもらうね」

「ああ。了解だ」


 自宅内へと招いた朱音が抱えていた荷物の置き場所を提示しながら、彰人も我が家へと赴いてきた彼女にまずは茶くらいは出しておこうと思い返事をしながらキッチンへと足を運んでいた。

 いかにお互いの家同士の距離がそれほど離れた場所にあるわけではないとしても、この残暑が蔓延している中で歩いてきたともなれば少なからず疲弊だってしているはずだ。


 ゆえに、自ら持参した荷物をまとめて部屋の隅へと置いている朱音を横目に彰人はわずかなことではあるものの、多少のもてなしの準備を整えていく。


「…これ、良かったら飲んでくれ。外も暑かっただろ?」

「あっ、ありがとうね。お言葉に甘えて頂くよ」


 よくよく見れば朱音の額にも流れている汗が確認できるし、いつもと何ら変わらない様子で荷物をまとめているようにも見えるが……実際のところは、やせ我慢をしていただけで暑さを感じていたのだろう。

 そのままではせっかくこちらまでやってきたというのに熱中症になりかねないので…せめてお茶でも飲んで身体を冷やしてもらいたいものだ。


「……ふぅ。生き返った感じがするよ、ありがとう。……でも、今日は急にごめんね? まさか彰人君の家に()()()()することになるなんて…」

「……確かにそこは俺も驚いたけどな。まぁ仕方ないさ。鳴海さんも明日には帰ってくるって言ってたし…朱音が気にすることでも無いって」

「…うん。そうだね」


 …だが、そんな会話の中にあって何気なく言葉を交わしたのは今回朱音がこの家を訪れることになった要因について。

 どうして彼女が彰人の家に泊まることになったのか、という点に関してだったが…そこは既にこちらも了承してしまっていることなので、今更どうこう言う気も起きなかった。


 ……つい先日告げられたことゆえにまだ彰人も全ての状況が飲み込めているわけではないのだが、あの時…鳴海から朱音を預かってもらえないかと申し出された時。

 最終的にではあるものの、彰人はその頼み事を受け入れることとして彼女が自宅に宿泊することを認めた。


 そこに関しては、鳴海から頼まれたことだったというのも受け入れた理由としては大きかっただろう。

 最近のことではあるが世話になる機会も増えてきているあの母親からの申し出ともあらば、彰人も考え無しに断るということは選択肢にない。

 これが赤の他人からの提案というのであれば、何か気遣うことも無く一考してすぐに断っていた可能性も存在していたが…彼女が相手ともあればそんなことはしない。


 さらに理由を付け加えるのならば、やってくるのが朱音ということも割合としては高くある。

 …以前にこちらの家まで来訪されたことがあるというのも、誘いを了承するためのハードルを低くしていた原因として存在していたのかもしれないが。


 いずれにせよ、彰人からしても朱音が自宅で夜遅くまで一人きりになるというのは何とも不安を駆り立てられる。

 鳴海と全くの同意見として挙げていた言葉だったが、やはりそう言われてしまうと不穏な未来を想像してしまうというものだ。


 その不安を解消するためにも、彰人の家に彼女を招くことで問題が解決できるのであれば頼まれた側としても安いものだ。


 当の本人がどう思っているのかは…まぁ、こちらには与り知らぬところである。


「朱音は気にせずに、むしろ我が物顔でくつろぐくらいの勢いでうちを使ってくれたらいいさ。むしろそうしてくれた方が助かるやもしれん」

「そ、そこまでは流石に出来ないよ…! …だけど、やっぱり良かったのかな? 沙羅さんにも連絡しておいた方が良かったんじゃ…」

「あ、そこは何も問題ないから安心してくれ。俺の方から母さんに今日朱音が来ることは伝えてあるから」

「え、そうだったの?」

「ああ。ただ…そう言ったら、何故か資金を山のように渡されたんだがな……」


 それよりも今は朱音から質問されてきた事柄に関して返した方が賢明であるため、そちらの対応に集中することにしたが……朱音が感じている懸念点は最もだ。

 曲がりなりにも友人の家に宿泊すると決まった以上、そちら側の親にもある程度の報告や連絡といったことはしておきたかったのだろう。


 いくら彰人が構わないと述べていたのだとしても、流石に家主の許可もなしに泊まるのはマズいと考えてしまう心理はとてもよく共感できるものであるためそう思ってしまうのも無理はない。

 ただ……今回ばかりはその懸念も何も問題はない。

 何しろ、それらのことは既に彰人が済ませてしまっているのだから。


「元々鳴海さんから話を聞いた段階で報告はしてたんだけどな。まぁ母さんのことだから、朱音のことともなれば断らないだろうとは思ってたん、だが……」

「……だが?」

「……理由はよく分からないんだけど、何故だか今日になったら机の上に無言で金が置かれてたんだよ…」

「………えっ?」


 …そうしてその後に彼の口から告げられたことに限っては、さしもの朱音であっても口をつぐませてしまう始末であった。

 こればかりは彰人にも何かを知らせられるわけでも無く本当に彼の母でもある沙羅が勝手にやったことであるため、その内容はこちらで推測するしかないが……まぁ、大体の意図していることは分かる。


 おそらく、向こうが言いたいこととしては…金銭に関連したことでせっかく我が家を来訪する朱音に不便を掛けないようにと配慮をしてくれたのだろう。

 事実、朱音を招いてもいいかと沙羅に尋ねた際に返信が送られてきた際には『別に構わないわよ? ただ、そうね…そういうことならある程度は用意も必要そうね』と意味深に呟いていたので、きっとこのことだったのだろう。


「ま、そこはうちの母さんに感謝してありがたく使わせてもらおう。多分夕飯をあまり粗末なものにするなって意味も込めてるんだろうから…そこには大人しく従っておくべきだろうさ」

「…そういうものなのかなぁ?」

「そういうもんだ。…というか、俺が準備したらほぼ確実に悲惨なことになるからな…母さんもそれを把握してるからこそ金を置いていったんだろ」


 張本人に確認もしていないので答えは曖昧なものであるが、多分この推測に関してはほとんど外れていないと思う。

 沙羅が彰人の母親ゆえに彼の行動を読めているように、彰人も息子だからこそ母親の考えていることはある程度の予想が出来るのだ。


「……じゃ、じゃあ…我儘かもしれないんだけど、一ついいかな?」

「ん、どうした? 何かあったか?」


 すると次の瞬間に朱音の方からおずおずと片手を上げながら何かを提案するように言葉を掛けられたが、どこか引っ掛かるところでもあったのだろうか。

 様子からして、何かを質問するというわけではなく思いついたことがあるとでもいうような雰囲気であったが…その答えは本人から語られることになる。


「その…もし彰人君さえ良ければ、今日の夜ご飯は私が作ってもいい?」

「え? それは助かるし嬉しいけど…いいのか? 朱音だって今日は来客なんだし、気を遣ってるっていうなら無理する必要は無いんだぞ?」


 朱音から申し出されたのは今晩の夕飯に関わることであり、何と彼女手づから料理を作ってくれるという旨の内容であった。

 …それを聞くと同時に、もしそうしてくれるのであればありがたい上に彰人としても嬉しいことに変わりはないので応じそうになったが…それよりも前に、彼女が無理をしているのではないかという思考が浮かび上がってくる。


「ううん。別に無理をしてるとか、そういうわけじゃなくて…ただ、せっかく彰人君の家に来させてもらってるんだから、私の料理を食べてみて欲しいなって思ったんだ」

「……えぇっと…そう言ってもらえるのは滅茶苦茶嬉しいんだけど…本当にそれで良いんだな?」

「もちろん。…だけど、流石に料理の食材まで用意は出来なかったから…そこだけは彰人君のお家に頼っちゃうことになるんだけど…」

「…そうか。なら料理は朱音に任せることにする。食材に関してもしっかりこっちで用意はするから安心してくれ」

「…うん。ありがとう…!」


 …結局、最後にはなし崩し的に朱音から提案された事柄をそのまま受け入れることになってしまったが、仕方ないだろう。

 仲の良い女子から……それも飛び切りの美少女から自分の料理を食べてほしいなんて言葉を、紛れもない本心から告げられてしまえば抗える男なんてこの世には存在しないのだから。


「となると…後でスーパーに買い出しに行った方が良さそうだな。色々と買い足しておいた方が良いだろうし、何か必要なものがあったら言ってくれ。まとめて買ってくるよ」

「あ、それは私も一緒に行くよ。…流石に彰人君一人にだけ任せっきりにするわけにはいかないもん」

「そうか? なら一緒に行くか。朱音の荷物をまとめ終わったら出発しよう」

「了解だよ。ちょっと待っててね」


 それに…まさかのお泊まりというイベントが発生してしまったのだから、いっそのことこの状況を楽しめるように注力した方がお互いにとっても利があるというもの。

 ある意味……当の二人からしてみれば当たり前のものだったのだとしても、無自覚に放たれる穏やかな空気とわずかな甘さを含んだ雰囲気はそこにはあったのだった。


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