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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第七十七話 宿泊の頼み事


 存分に満喫できた花火大会が終わりを迎え、今はそこから数日が経過した昼の最中。

 もう少しで長く感じられた夏休みも終わろうとしているので、彰人も自宅で始業式に向けた準備を少しずつ進めながら暇つぶしも兼ねた勉強に取り組んでいた。


 取り組んでいた、のだが……今だけはその作業からも少し外れ、彰人はリビングのソファに腰掛けながら()()()()と電話越しに話をしていた。


『彰人さん、いきなり電話なんてしてごめんなさいね~……少しお話したいことがあったんだけれど、今大丈夫かしら?』

「それは全然問題ないんですが…急にどうしたんですか?」


 携帯の向こう側にておっとりとした声色を響かせてくる人物は、これまでにも何度か対面して会話を重ねたことがある朱音の母……鳴海であったが、電話にて連絡をしてくるのは珍しくもある。

 連絡先事態は以前に交換していたため、電話をかけてくること自体は何らおかしなことでもない。


 …しかし、向こうから何かメッセージが送られてくるようなことはあっても直接電話をかけられるようなことは今回が初めてであったため、そこは少し不思議なところでもあった。


『それがねぇ~……彰人さんには申し訳ないんだけど、ちょっとお願いというか…頼みたいことがあってお電話させてもらったのよ』

「頼みたいこと、ですか……?」

『ええ! …ご迷惑になってしまうかもなんだけど…どうかしら?』

「まぁ…内容にもよりますけど、別にいいですよ。それで頼みたいことというのは?」


 どうやら鳴海が持ち掛けてきた用件というのは彰人に対して頼み事があったようで、声からして申し訳なさそうなオーラを滲ませている。

 おそらく何かしらの厄介ごとを押し付けてしまうことに心を痛めているのだろうが…別にこちらとしてはそこまで気にしていない。


 既に鳴海は彰人にとっても他人ではないし、頼られれば手助けするくらいには彼もあの母親のことは信頼している。

 その信頼感はこの応答にも表れている通り、まだ内容こそ聞いていないが心持ちとしては要求を受け入れる意思は固めてあるのだ。


 ……語られる頼み事の内容が、彰人を驚かせることになるとはこの時は知る由も無かったが。


『それなんだけどね……実は、一日だけうちの朱音を彰人さんのお家に泊めてあげてほしいの!』

「………んん?」


 鳴海から明かされた頼み事の詳細。その概要を聞かされた彰人はというと……あまりにも斜め上すぎた内容に、思わず間抜けな声をこぼしてしまった。

 だが、それも致し方ないというものだろう。


 予想ではもっと別種のもの……それこそ、向こうからわざわざ頼み込みに来るくらいなのだから何か男手が必要なことを言われるのかと思っていたのだ。

 …だというのに、鳴海から告げられたのはそんなことなど全く関係のないことだった。


『…あら、聞こえてなかった? 実は朱音をそちらで一泊だけさせられないかと思ったんだけれど……』

「……いやいや、そこに関してはばっちり聞こえてたので大丈夫です。そうじゃなくてですね…何でそんなことに?」


 彰人が困惑したことで返事をしなかったことを聞こえていなかったと解釈されてしまったのだろう。

 もう一度改めて用件を述べてこようとする鳴海であったが……問題の要点はそこではない。


 …というより、聞こえていたからこそあのような反応になっただけなのでむしろ聞きたいのはそれ以外の箇所にこそ存在している。


『あっ、そのことね。確かにいきなり泊めてくれだなんて言っても訳が分からないだろうし、そこは説明させてもらうわ』

「…お願いします」


 しかしそこは流石大人というべきか、鳴海もこちらが困惑している原因を察してくれたようですぐに詳しい経緯の説明へと移ってくれた。

 …正直ありがたい。

 これが仮に航生や優奈といった見知った友人たちであれば、ここまでスムーズな流れにはなっていなかったと思うので……流石の対応である。


 彰人からしても唐突過ぎる持ち掛けに理解が追い付いておらず、状況の把握に少し時間が欲しかったところなので細かい経緯は一度聞いておきたい。


『こっちの話にはなってしまうのだけどね……実は、少し前に私のお母さんが体調を崩しちゃって…ちょっとの期間だけ、実家に戻らないといけなくなってしまったの』

「お母さんが……なるほど」

『ええ。……あ、とはいっても心配はしてもらわなくてもいいのよ? 体調を崩したとはいっても少し眩暈が酷くなっただけらしいから、そこまで重いことでもないわ』

「ああ、それなら安心……ではないかもしれませんけど、重くないのであれば良かったです」


 聞いていけば何やら不穏そうな事情が見え隠れしたような気もするが、よくよく内情を確認すればそれほど重く捉える必要もないことだったようだ。

 鳴海の母……要は朱音から見た祖母が体調不良によってダウンしてしまったらしく、その援護として彼女が実家へと赴くことになったらしい。


 確かにそんな事情があったのであれば鳴海が自身の母の面倒を見に行くのは理にも適っているし、何より本人の心情を考えてみても自分の母親が体調不良になったとあらば心配する気持ちだってあるはずだ。


『だけどね……そこでちょっと問題が出てきちゃって、お母さんの家に行くことは良いんだけど…本人も体調を崩しているし、あまり大人数では押しかけられないから…』

「……朱音は連れていけない、と」

『…ええ。そうなってしまうのよ』


 …そういうことか。大まかな理由は把握した。

 経緯の外側だけを聞いていればこの一件と先ほどの頼み事がどのように関連してくるのかと疑問も湧きあがってきてしまうところだったが…言われてみれば当然のことでもあった。


 こう言っては失礼に当たるかもしれないが、朱音の祖母が体調を崩して病人のような状態にある以上、あまり大人数で押し寄せてしまえば却って病状を悪化させることになりかねない。

 そんな事態にはさせないためにも、そちらに向かうのはあくまでも少人数……今回は鳴海のみで向かうことにしたようだ。


 …が、そこで一つの問題が発生してくる。

 鳴海が単身で母の家の向かうとなってしまった以上、それ以外の者……娘である朱音は一人家に取り残されてしまうという点である。


 もちろん、父親などもいるだろうから完全な一人きりというわけではないのだろうが…そちらはおそらく日中は仕事があるのだろうし、折悪く夏休み中の朱音は昼間の時間帯を単独で過ごさなければならないということだ。


 それも昼だけであればまだ良かったのかもしれないが、今回はどうやらそういうわけではないようで…その日は父親の帰宅も少し遅いものとなってしまうらしい。


『…最近少し物騒になってきてるじゃない? だからあの子を一人で残すというのはちょっと心配で……』

「それは…確かにそうですね。朱音を一人にするっていうのは…なんか問題が起こりそうですし…」


 …こんなところでお互いの意見が合致するというのも何とも複雑な心境にならざるを得ないが、不安感を滲ませながら告げられた鳴海の一言には彰人も全面的に同意見である。

 この辺りの治安は住んでいる身としては特別悪いというわけではないのだが、だとしても…年若き少女が一人で過ごすには不安が残るというものだ。


 さらに付け加えるのであれば…こう言ってしまうのもあれかもしれないが、朱音は少し注意力が散漫な気質があるため猶更心配する心が湧き上がってくるという事情もある。


『…だから、そちらにはご迷惑になってしまうけれど…朱音を一日だけ預かってもらえないかしら? もちろん、無理にとは言わないわ』

「………そう、ですね。だったら──」


 事情は理解した。何故彰人に連絡をしてきたのかの経緯も把握した。

 その上で、彰人が鳴海から申し出されてきたことに対して返す答えは───一つだけだった。


さて、彰人はどんな答えを返すことやら。

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