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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第七十五話 名付けた先に


 まさかの方向から朱音の意外すぎる才能が発覚することとなってしまったが、まぁそれはいいだろう。

 異常なまでの腕前を披露したことであの場は多少騒然としてしまったものの……別にこちらは悪いことをしたわけではないのだし、堂々とその場を立ち去らせてもらった。


「……つ、冷たい……頭痛いぃ…!」

「……馬鹿。だから一気に食べるなって言っただろうが…」

「だってぇ……こういうのは掻き込んだほうが冷たさを感じられるじゃん…!」


 では現在の一行が何をしているのかというと、今は優奈が前から食べたいとせがんでいたかき氷を食べるために近くのベンチに休息も兼ねて座りに来ていたのだが…その折に、優奈が苦しそうに頭を押さえて苦しみ始めた。

 …もちろん心配する必要はない。

 苦しんでいるのは単にかき氷を一気に食べたせいで発生した頭痛によるものなので、放っておけば治るだろう。


「航生ー……頭痛いから、撫でて治して…?」

「お安い御用だ! …ほら、少しは楽になるか?」

「んー、あったかくて気持ちいい!」


 …だが、その程度で優奈が……厳密に言えば優奈と航生のカップルが黙っているはずもない。

 この状況をこれ幸いにといちゃつくための理由として利用し、彼女の頭痛を癒すためという名目で甘い空気を形成し始めたのだから彰人も溜め息がこぼれるというものだ。


「…優奈たちは相変わらずだね。仲が悪いよりは全然いいと思うけど…」

「だとしてもな…近くで見せつけられる身にもなってほしいって感じだ」

「……ま、まぁ…確かに」


 そんな彰人の様子を見かねて、こちらも優奈と同じくかき氷を食していた朱音が向こうのフォローを試みようとしてくれたようだが…そんな気遣いは彼らには不要である。

 仲が悪いよりは断然良いという意見には賛同できるのだが、それにしても限度があるというか……仲が良すぎる様をまじまじと見せられるというのも中々に苦痛なのだ。


 それが友人同士の、恋人のひと時ともなれば尚更のこと。


 もう見慣れてしまったからこそ何かを言うこともそのつもりもないが、辟易とした感情を抱くことだけはいつまで経っても変わりそうにない。


「…とりあえず、向こうは向こうで放っておけばいつの間にか終わってるさ。それより朱音、そのかき氷美味いか?」

「んむ? …そうだね。シンプルなイチゴ味にしてみたんだけど…やっぱりこういうのは美味しいね。お祭りに来たって感じがするもん」

「確かに……かき氷って祭りくらいでしか食べる機会無いよな」


 しかしあちらは放っておけば勝手にいちゃつきも収まっているだろうし、それまでは大きく関わることなく放置しておくに限る。

 その間の時間は…朱音と他愛もない雑談を交わすこととして、暇を潰すこととした。


 話題の矛先に向けられたのは朱音が今も口にしているかき氷の事だったが…考えてみればそれを口にする機会というのは夏祭り程度のものしか思いつかない。

 赤く彩られたイチゴのシロップが鮮やかな色合いを演出しているのを見ながらそんなことを考えてみたが、まぁそういった希少性こそかき氷の良さなのだろう。


 滅多に食べることがないからこそ、こういう場で食べることに大きな価値があるように思える。

 祭りの食事なんていうのは大半がそのようなものなのだ。


「けど…朱音も気を付けてくれよ? 調子に乗って一気に頬張ったりしたら優奈と同じ末路を辿ることになるからな」

「それは…流石にしないよ。私も頭痛は味わいたくないし…」

「ぜひそうしてくれ。俺の介抱にも限界はあるしな」


 ついさっき優奈の惨状を目の当たりにしたばかりだからか、彰人は思わず同じようにかき氷をシャクシャクと食べている朱音に余計なお世話だと言われそうな言葉を送ってしまう。

 朱音であれば優奈とは違い、その辺りの危機管理がきちんと出来ているのであのようなことにはならないと思うが、念のためである。


 これが優奈ならばともかく、彼女の方まで頭痛に苛まれることになれば彰人は絶対に過剰な心配をしてしまうという確信があったため、そうさせないためにも事前の忠告というのは必要なことでもあったのだ。



 ───と、その時。


 何てこともない雑談を交わしていた彼らの背後から……まるで人々が何かに意識を奪われたかのような騒めきが響いてきた。

 そしてそれに伴って身体の芯にまで届いてきそうな轟音に、二人もその音の方向へと振り返ってみれば…そこには何とも煌びやかな景色が広がっていた。


「……わぁ…! 花火が上がってるよ…!」

「…そういえば、もう花火の打ち上げの時間だったが…すっかり忘れてたけどこれがあったんだよな」


 パッと振り返った先。

 そこにあったのは…夜空に浮かび上がる輝かしいまでの色合いを見せてくれる花火の塊であり、今まで失念してしまっていたが今日はこれを目当てに訪れていたのだ。


 それまでの流れが流れだったために仕方なかったと言えばそうなのだが、それにしてもメインイベントでもあった花火の開始時刻を確認し忘れるのは…どうなのだろうか。

 しかし、今の二人はそんな些細なことを気にすることもないくらいに目の前で展開される光景に魅了されていた。


 少し離れた場所では、優奈と航生も打ち上げられた花火に興奮したような声を張り上げている姿が確認できるが…それすらも意識から外れるくらいに、彼らは眼前の花火と隣にいるお互いのことしか目に入らない。


「……綺麗だねぇ。こんなものを見られたなら…今日ここに来た甲斐もあったよ…」

「……だな。朱音の言う通りだ」


 打ち上げられては儚く散っていき、再び華やかな花火が開いては静かに消えていく。

 夏の夜に彩りを加えている花火の鮮やかさと、それと同時に垣間見える儚さは何とも言えない風情と哀愁を感じさせ、だからこそ綺麗だと思わせてくる。


 そしてそれは……彰人も同様のことを思ったが、朱音が言っていることとは少し意図が違ったかもしれない。


 何故ならば…今の彼が視界に収めているのは華やかに打ち上げ続けられている花火の数々と、それに目を奪われている少女……朱音の姿だ。

 一体そのどちらに対して、この言葉を投げかけたのかは……言うまでも無き事か。


 …今も尚花火の輝きに照らされている彼女の姿は、言葉だけでは言い表せない様な魅力を多く携えている。

 微笑みを浮かべながら純粋に花火を楽しみ、眼前の光景を少しでも記憶に残そうとしている少女の姿は…誤魔化しようもないほどに、綺麗なものだった。


(……何考えてるんだかな、俺は)


 内心で己の無意識に浮かび上がってきた思考に呆れそうになるが、こればかりはどう言い訳をしたところで隠すことも出来ない。

 彰人にとって誰よりも魅力的で、どんな時であっても隣に居てくれる彼女のことを…魅力的な少女だと思ってしまったことは、揺るぎない事実なのだから。


 …馬鹿げている考えだとは思う。自意識過剰だとも思う。

 けれども……こうも共にいる時間を長くしていれば、嫌でも思ってしまう。


 朱音が自分のことを…どう思っているのだろうか、と。


(…そんなもん、何も思ってないに決まってる。何がどうなればこんな俺のことを好意的に思うっていうんだ)


 冷静な思考で思うのは、彼女と自分の間に特別な感情などありはしないという確信だ。

 …いや、少なくとも彰人は朱音のことを好意的に思って接しているし、あくまでも異性としての好意を抱いているか否かの話である。


 己の感情に対する整理がつけられていない現状では、彼女に抱いているこの気持ちが愛情なのか親愛なのかなんてことすら彰人は区別出来ていない。

 それに客観的に見たとしても……彰人は自分のことをパッとしない人間だと認識している。


 容姿を見れば朱音とは比べるまでもないほどに地味な印象であり、清潔感にこそ気を遣っているがその程度で彼女の華やかさには並び立てない。

 さらに言ってしまえば言動だって、周りと比べればぶっきらぼうなものだと自覚している。


 そんな良いところなど探したところでこれといったものも無いような男子に、何故そのような()()()が出来るというのか。


(…やめよう。朱音だってこんなことを思われてるなんて知ったら嫌だろうし、そんな半端な感情でいくのは…朱音にも失礼だ)


 まだ自分の感情すらはっきりとしていない様な自分があれこれと考えたところで、他人の感情の機微など分かるわけがない。

 彼女のことは可愛いとも思うし、これ以上ないくらいに魅力的な友人だとも思っている。

 …だが、その気持ちを抱くのが友人としてのものなのか、異性としてのものなのかの区別をつけることが…今の彰人がするべき急務だろう。


 問題を先延ばしにしているだけだと言われればそれまでだ。

 それでも…焦ったところで結果が良いものになるとは限らないのだから、やはり自分がすべきことはこれ以外にないのだろうと彰人はやけにゆっくりとした思考の中で考える。




 …これから先の中で、彰人が自分の感情に明確な名付けが出来るのかは分からない。

 それが出来たとしても、その先で朱音との関係性がどうなるのかなんてことは完全に未知の未来だ。


 だとしても……胸の内で燻る感情が行く先が示す未来は、そう遠くない内に訪れるような気がした。


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