第七十四話 意外な才能
彰人が射的を終えてからコルク銃を手にした朱音が前にやってきた途端、気のせいか周りから注がれる視線の量が増えたように思える。
…まぁ、その原因は明らかだ。
ここに至るまでにもそれなりに視線は向けられていたので気づいてはいたが、今の朱音は普段とはまた異なる浴衣姿であり、いつもとは違った魅力の数々を振りまいている。
本人にその気など無いのだろうが、意識せずとも増し続けている彼女の整った容姿と祭りに合わせられた浴衣という新鮮な恰好は、周囲の目線を独り占めするのに十分すぎる威力を有している。
…本当に、当人にそのつもりがないのが幸いである。
もしこれで意識して魅力を振りまきなどすれば……その影響がどこまで広がるのかなんて予想することすら出来ない。
一つ分かることがあるとすればせいぜいが、とてつもない規模の被害が拡散されていくという確定した未来だけだ。
「これでいいのかな…? 彰人君、これでコルクって詰められてる?」
「これだと…もう少し強く詰めた方が良いかもな。その方が距離が出しやすいから」
そんなことをこちらが考えているなど露知らず、まじまじと銃と見つめ合っていた朱音から質問されたので彰人の思考もそちら側に集中することとする。
銃にコルクが問題なく詰められているかどうかの確認であったが、見た感じ少し詰め方が甘いかもしれない。
これでも特に問題なく飛ばせはするだろうが、もう少し強く押し込んでおいた方が飛距離も伸ばせるため、そのようにアドバイスを送っておいた。
「となると…こうかな?」
「そうそう。あとは自分の好きなように狙って撃つだけだ」
もう少し助言をしておいてもよかったかもしれないが、最初からあれこれと口出しばかりされたところで本人は面白いと感じないだろう。
別にこれは成果を求めてやるわけではなくその過程を楽しむのが目的なのだから、そういうのは一度純粋な楽しさを味わってから聞けば良いのだ。
なのでこれ以降の助言は朱音の射的が終わってからすることにして、彰人は見守りの姿勢に入る。
「…ねーねー彰人。朱音ちゃんってこういうの得意なのかな? 何かやってるの見たことある?」
「ん…? こういうのは多分無いな。腕前も普段は寝てることがほとんどだから未知数だし…初めてやるって言ってたからそこまで飛び抜けては無いと思うぞ」
「なるほどー……それじゃあ私たちは、一旦見守りってわけだね」
「そうなるな。…ほら、早速朱音がやるみたいだ」
優奈から問いかけられて彰人も考えてみたが、思い返してみれば朱音がこういった類の遊びに関して腕前を見せたことは無かった。
一応本人の口から射的をするのは今日が初めてだということは伝えられていたので、技術もそこまで大層なものがあるわけではないと思うが…こればかりは実際に見てみないことにははっきりとしない。
ちょうどよく朱音も今から撃ち始めるようなので、その様子をつぶさに観察しておく。
「…ここ、かな」
「……おぉ…っ! 朱音ちゃん、凄い! 一発目から当てちゃったよ! それもど真ん中に!」
「……確かに凄いな。まさか最初から当てていくとは…」
狙いを定めた朱音がコルク銃の引き金を引き、弾が撃ちだされていくと…なんと一発目から景品へと命中させるという、中々の腕前を見せてきた。
それに伴って周りにいた観客からもわずかに驚きの声が上げられてきたし、見守っていた優奈は興奮したように声を張り上げていた。
初めてにしてはこれだけでも十分なくらいの成果を挙げたと言える。
……だが、彰人を含めたこの場の全員が驚かされることがあるとすれば…それはここではなく、むしろこれからのことだっただろう。
「…うん。何となく分かったよ」
「…? 朱音、分かったって何が……」
「多分、次はこのくらいで……よし、当たったね」
「………え?」
…その洩らされた声は、果たして誰が発したものだったのだろうか。
一発目が偶然当たっただけというのならば分かる。それくらいならば初心者の朱音でもたまたまヒットしたということで説明が出来るから。
しかし……今放たれた二発目。
そちらは明らかに朱音がはっきりと射線を定め、明確に方向を決めてから飛ばされ…再び、他の景品に命中した。…それもしっかりと中心に。
偶然という言葉に留まらず、奇跡の命中なのではないかというレベルにまで飛躍しそうな目の前の光景。
…だが、朱音の快進撃はそこに留まることなく続いていき……全部で五発あったコルクの弾は、全て何らかの景品へと吸い込まれるように当たっていた。
「これは…たくさん取れたってことでいいのかな? 彰人君……彰人君?」
「………あ、あぁ…悪い。ちょっと驚きのあまり意識が別の場所に飛んでた…」
「…何のこと?」
先ほどの彰人と同じように一通りの射的を回数分終えた朱音が獲得した景品を受け取り、こちらまで戻ってきたが……あいにくこちら側はそれどころではない驚きに満たされた真っ最中だ。
何しろ初心者だと思っていた少女がいきなり、それも前触れすらなく射的で全ての弾を狂いなく当てて見せるという凄技を見せつけてきたのだから、呆然とするのも当然のこと。
…当人はそれを離れ業だとは認識していないようだが、周りの反応から何か自分がおかしなことをしたのだという自覚は出て来たらしい。
こちらのリアクションを見た朱音がその端正な顔にわずかな不安を滲ませつつあったが…その時。
「…す、凄すぎるよ朱音ちゃん! まさか全部当てちゃうなんて思っても無かったもん! どうやったらあんなこと出来るの!?」
「ど、どうって聞かれても……何となくこうやったら当てられるかなって思ってやったら当たっただけだから、何とも……」
「じゃああれって…全部何となくで当ててたってこと!? …それはそれで凄いよ! 流石だよ!」
「もご…っ!? …い、息が……!」
…それまで大人しく傍観に徹していた優奈が抑えきれない興奮を見せて朱音へと近寄り、この場の雰囲気が一瞬にして美少女二人による微笑ましい絡みへと変わっていった。
いつもの癖でハグの嵐をお見舞いされている朱音が息苦しそうにしているが…そんな光景すらも優奈の生来の明るさによってほんわかとしたものとして視界に映ってくるのだから、流石のムードメーカーっぷりである。
「……航生。今のどう思う」
「…間宮さんのことか? 俺も最後まで見てたけど…別に嘘を言ってる感じではなかっただろ? だから初めてやるってのは本当だと思うぞ」
「なら…本当に初めての射的で、あんなことをやってみせたってことか…」
その一方で話し合う男の二人組……彰人と航生は今しがた繰り広げられた朱音の偉業について語り合っていた。
あまりにも信じがたいことゆえに思わず声量も小さくなってしまったが、航生の言う通り朱音が何か嘘を言ったような様子は無かった。
銃を手にして困惑している姿は間違いなく初めて射的をする者の手つきだったし、銃を打つまでの動きは確かに素人のそれだったのだ。
…その後の挙動が初めてのそれとは一線を画していたため、このような話し合いにまで発展しているのだが。
「そういうことになるな…俺も驚いたんだぜ?」
「そりゃあ、あの様子を見てたやつなら誰でも驚いただろうさ……まさかこんなところに、意外な才能が眠ってたとはな…」
こんな時に発覚するとは思ってもいなかったが、あんな一部始終を見せつけられてしまえば認めざるを得ない。
初めてにしては上手すぎる成果を挙げた朱音には間違いなく何らかの才能かセンスといった類のものがあったのだろうし、そこを疑う余地は最早ない。
ただ……射的に対する才能という、何とも絶妙なものはあったことを喜べばいいのか、嬉しく思えばいいのか……判定に困る事実が浮き彫りになってきたことに、彰人は微妙な表情を浮かべざるを得なかった。
朱音さんは射的も得意という、まさかの才能でした。




