第七十二話 気になる目の先
「朱音ちゃん! お祭り楽しんでる? ほら、良かったらこの焼きトウモロコシとかわたあめも一緒に食べよっ!」
「…ゆ、優奈……この量は私にはちょっと多いかな…」
祭りを回り始めてからしばしの時間が経ち、徐々に彰人たちもこの場の雰囲気に馴染みつつあった。
今は優奈が朱音に向かって溢れんばかりのボリュームの食糧を渡そうとしているが…流石にあの量を彼女が食すのは無茶だろう。
どう見たって一般的な女子高生が食べられる限度を超えているのだから、朱音が躊躇しながら遠回しに断りを入れているのも当然である。
…何だか優奈が一般的ではないような言い回しになってしまったが、こればかりは彰人もノーコメントである。
優奈の食欲が容易く尽きるようなものではないことはこれまでの経験からもよく分かっているし、それが甘味だというのならば尚更のこと。
あの細い腹に、どうすればあれだけの量の食べ物を詰め込めるというのか…ある意味人体の神秘か。
ああなりたいとも真似をしたいとも思わないが、その食欲がどこから湧いてくるのかという点だけは一度徹底的に解明してみたい気もする。
「ほら優奈。あんま朱音に無理させるなよ? そんな量食えるわけもないし…それに、食いすぎて後から悲惨なことになっても知らないぞ」
「平気ですー! 私は食べても太らないもんねー!」
「そういう奴ほど後悔する羽目になるんだよ。…というか本当に、一回くらい朱音の食事を見習ってみたらどうだ?」
…だが、ありったけの食糧を押し付けられかけて困惑している朱音を彰人もただ見ているというわけではない。
これで彼女の方も受け入れているというのならばともかく、今回に限っては処理しきれない量の食べ物を手渡されそうになって困惑しているのが明らかなのだから…割って入るのは必然の流れだ。
その最中に優奈を止めるという意味でも、少し苦言を呈したのだが…まるで効果は無かった。
…現在の優奈の食生活と体型を絡めて考えてみればその言葉も嘘ではないのだろうが、だとしてももう少し食欲の改善をしてみても良いと思う。
例えば…それこそ、朱音の食事ペースを短い期間でも真似して試すというのは中々にいい案ではないかと思っていれば…返ってくるのは不満気な答えだ。
「えー……朱音ちゃんのご飯って凄い上品に食べてるけど、私には合ってないからなぁ…うん。やっぱり考えてみたけど無理!」
「…諦めるまでが早すぎるだろ」
「だってさ! いつもお昼ご飯一緒に食べてるから知ってるけど…朱音ちゃんのお弁当って滅茶苦茶小さいんだよ!? 本当にあれでお腹が持つのかって心配になるくらいなんだもん!」
「……まぁ確かに、朱音って結構小食気味だもんな」
多少は彰人の提案に考えるような素振りを見せた優奈だったものの、それも即座に切り捨てる姿を見るに絶対不可能だと判断されたのだろう。
これ以上は一考する余地もないと、何よりも雄弁に物語る優奈の様相は……その勢いに反して何とも情けない限りだ。
「そうだよ! …朱音ちゃん、しっかり毎日食べてるよね? いきなり栄養不足で倒れたりしないよね!?」
「大丈夫だと思うけどなぁ……私、元々そこまで量は食べられないから…」
「そんなんじゃ駄目だよ! 自分では平気だって思ってても身体が壊れたら元も子もないんだから、いっぱい食べて! これもあげるから…!」
「…あ、あれ? なんか振り出しに戻ってる…?」
会話をしている内に話題が朱音の食生活へと移ってしまったが、言われてみれば朱音が普段から口にしている食事の量というのは少なめの傾向にある。
彰人自身も朱音を背負った経験があるからこそ分かることだが……彼女は本当に日々の食事をとっているのかと思わせてくるレベルで身体も軽いのだ。
もちろん、それは単なる杞憂に過ぎず自宅では栄養のあるものを日頃から摂取出来ている……とは思うが、にしても多少は心配にもなってくる。
よもやありえないとは思いたいところだが、優奈が不安そうにしているのと同じく栄養失調で倒れられたりなどすれば…と考え始めれば嫌な未来が頭をよぎりだす。
…何だか彰人の思考まで優奈のものに偏り始めてきたのは、きっと気のせいだと思っておきたい。
「き、気持ちは嬉しいんだけどね。優奈……私だけじゃこんなには食べられないから、一緒に食べよう?」
「朱音ちゃん…っ! うん、一緒に食べる!」
しかし…結果として最後の最後は場の雰囲気を朱音が上手く締めくくり、過程はどうあれ何とか落ち着いた流れに持っていくことに成功した。
朱音に誘われたことで満面の笑みと化した優奈のリアクションを、単純と評するべきかどうかは……悩むところである。
「……うん? あそこにあるの…何だろう…?」
「ん、どうした朱音。急に立ち止まったりして……って、ああ。屋台を見てたのか」
人混みが多く行き交う道中。
優奈の食事量に圧倒されつつも、彰人たち一行が歩いていく最中にふと朱音が足を止めたので、何があったのかと思えば……その視線が行く先には一つの屋台があった。
見てみればそこはどうやら射的をやっていたようで、店の周りには小さな子供から大人まで、幅広い年代の人がコルク銃を景品に向けている姿が確認出来る。
そして、その光景を微かに瞳を輝かせて見つめる朱音……もうそれだけで、おおよその内心は把握できるというものだ。
「なになに? …あっ、射的かー。懐かしいね。昔よくやったよ!」
「おっ、せっかくだし寄って行くか?」
すると二人して立ち止まった様子に気が付いたのか、優奈と航生も朱音が見つめていた屋台に目がいったらしい。
今までは主に料理を提供している出店ばかりを巡っていたため、こういった遊びを主軸とした店を見てみるのも悪くないと考えたのだろう。
向こうから寄ってみるかと提案してくれたのは、正直ありがたかった。
「…朱音、ちょっとあそこに行ってみるか? なんか気になってるみたいだったし…遠慮しなくてもいいぞ」
「え? …い、いいの?」
「当たり前だろ。四人でここまで来てるんだから、朱音も楽しんでおかないとおかしいってもんだ」
「じゃ、じゃあ……少しだけ見に行ってもいい、かな?」
「了解だ。…優奈、航生! あそこ向かうぞ!」
あんな目を向けていたことから何となく察せていたことではあるが、やはり朱音も射的の屋台には興味を惹かれていたらしい。
しかし自分の都合で全員を振り回してしまうのは悪いだろうとでも考え、そちらの要望は口にしないようにと心がけていたようだが……そんな遠慮をする必要などないのだ。
そもそも振り回されるということならば既に優奈の好き勝手で散々振り回されまくった後であるし、今更朱音のやりたいこと一つを実行したところで大した差もない。
何より……朱音も綺麗に着飾ってこの祭りまで赴いているのだから、最後に楽しい思い出だったと振り返られるような体験をしておいてほしいというのが、彰人の本音でもある。
…口にするのは何とも気恥ずかしいので言葉にこそしないが、楽しそうに笑みを浮かべる朱音の姿を見られれば、それだけで彰人も満足なのだから。
そんなことを考えながら嬉しそうな雰囲気を滲ませている朱音の隣を歩き、彰人たちは目当ての屋台へと向かって行く。
せっかくの機会なのだから、自分も久しぶりにやってみようか……なんてことを彰人も内心で思いつつ、誰よりも愛らしい少女の笑みを微笑まし気に見守るのだった。




