第七十一話 可憐な姿と褒め殺し
「……何でこうなるんだかな、本当に。というか、航生に祭りに誘われた段階で少しは勘付いても良いってもんなのによ…」
「仕方ないよ。私だって優奈の考えは分からなかったわけだし…誰が悪いって話でもないと思うよ?」
「…強いて言うなら、優奈が悪いんだけどな」
「……それはまぁ、そうかも…」
河川敷沿いに見渡す限り多くの出店が並んだ人混みの中。
周辺が人の話し声で満たされており、それによってさらに高まっている熱気に身が包まれる場の一つに…彰人と朱音は並んで歩いていた。
二人が会話をしているのはつい先ほど、自分たちがまんまと騙された件に関することであり、こうして巡り合うことになったことを苦笑しながらも話し合っていた。
何故こうも航生と優奈が、彰人たちを無理やりにでも鉢合わせさせようとしたのか…そんな意図がよく分からない奇行に関して会話を重ねていたのだが……結局のところ、その理由は不明のままで結論が出てしまう始末だった。
「それに優奈のやつ……どんだけ食うつもりだよ。見えるか? もう両手に食べ物を抱えてるってのに…りんご飴買おうとしてるんだぞ?」
「あ、あはは……優奈は甘いものに目が無いからね…」
そしてこの引き合わせの原因となった航生と優奈が、今どこにいるのかというと…それは彰人たちのすぐ目の前。
少し距離を離してこちらを先導している彼らだったが、先ほどから優奈が行く先行く先で食料を買いこんでいるため、絵面がとんでもないことになっている。
パッと見ただけでも右手には焼きそば、左手には大きなわたあめを所持しているというのに、さらに現在進行形でりんご飴まで追加しようとしているようだ。
航生はそんな彼女の買い物に付き合わされている真っ最中でもあり、何度も出店に腕を引っ張られては連れ込まれる光景が何度も展開されていた。
「…ま、楽しそうなら何よりだけどな。朱音もごめんな。今日は優奈と二人で遊ぶはずだったんだろうに…俺たちと回ることになってさ」
「ん? …あっ、それは全然大丈夫だよ。確かに優奈と二人で遊ぶのも楽しそうだけど…それと同じくらい、彰人君と遊ぶのも楽しいからね」
「…っ! …なら良かった。ちょっと安心したよ」
「ふふっ、そーう?」
だが…目の前でそんな光景を幾度も見せられながら彰人が懸念したのは、隣を歩く少女のことだ。
今日の展開を知らされていなかったということは、朱音は元々優奈と二人で祭りを回るつもりだったのだろうし…そこに彰人という予定外の人間が混ざってしまって不快に思っていないだろうかと、ほんの少し不安に思っていたのだが。
しかし、その感情を朱音に問いかける形で確認してみれば、返ってくるのは何よりも嬉しい返事だ。
彰人と祭りを回れることが嬉しいと、そう言ってくれる朱音が浮かべた笑みは何よりも輝いて見えるようで…途端にこちらの心臓もうるさく高鳴ろうとしてくる。
「それより私も少し聞いてみたいんだけど…この浴衣、彰人君の目から見てどうかな? お母さんに『せっかくだし着ていきなさい』って言われて着てみたんだけど…」
「うん? 浴衣か…そうだな…」
すると今度は朱音の方から質問されてしまったが、彼女から聞かれたのは現在朱音が身に纏っている浴衣に関連した感想だった。
今朱音が着ている浴衣は全体的にピンクの色合いでまとめられたものであり、その布地には牡丹だと思われる花の意匠が施されている。
見慣れたショートの髪にも大きな花を模した髪飾りを着用して着飾っており、それがまた朱音の可愛さを遥かに底上げしている。
それだけでも随分と可愛らしいものだと思うし、何なら彰人も朱音と合流してきた時点でその魅力には無意識に目を惹かれたが…今に至るまで怒涛の困惑続きだったため、思い返してみれば感想を述べることを失念してしまっていた。
…が、ここまで見事に着飾っている女子が目の前にいるというのに、今に至るまで何も褒め言葉を口に出来ていなかったというのは流石にアウトである。
今更手遅れかもしれないが…ここは素直な本心を伝えておくべきところだろう。
「…そうだな。正直凄い可愛いと思う。朱音にピンクの色合いってのは少し意外だったけどよく似合ってるし、むしろ朱音のためにあるんじゃないかってくらいにはイメージにぴったりだな」
「………そ、そんなに…?」
「ああ。それに浴衣だからかいつもより大人っぽくも見えるし…清楚感もある。これ以上ないってくらいには良く着こなせてて……」
「……ちょ、ちょっと待って…!? …す、少しだけ待ってもらってもいい…?」
「え? ああ…そりゃもちろんいいけど…どうした?」
彼女の装いに対してどのような感想を抱いたかと聞かれれば、彰人が答えるのは一つだ。
そもそもの容姿からして極上のものを持っている朱音が、さらに浴衣という和の様相をしているのだから…そこに掛ける言葉など最高以外の評価は存在していないのだ。
なのでそれらの考えを素直に言葉にしただけだった……のだが、彰人からしてみれば何てこともない褒め言葉だったとしても受ける側からしてみれば被害は甚大である。
まず前提として、彰人は他人を褒める際には言動が非常にストレートなものとなるので曖昧なままに受け流すことが出来ないのだ。
加えて、彰人も朱音に対する評価をする際にはその採点方式が非常に甘いものとなるため……基本的に送られる言葉は肯定的な意見一色。
そんな言葉のオンパレードともなれば、大抵の相手は与えられる言葉の数々にたじろぐのが基本であり…それは朱音とて例外ではなかった様子。
次々にぶつけられてくる真っすぐな好意的な意見に、さしもの彼女であっても冷静な態度は貫けなかったようで…浴衣で顔を隠すようにしてしまったが、わずかに覗いて見える耳は羞恥ゆえか真っ赤に染まっていた。
「…彰人君って、何で私を褒める時には饒舌になるのかな。普段はそんなこと言ってきたりしないのに……」
「何でって言われてもな…せっかく朱音が綺麗に着飾ってきてるんだから、そこは素直な感想を言った方が良いだろ。誤魔化したところで良いことなんてないし」
「……そういうのが、駄目なの」
「えぇ……」
しばらくはもたらされた褒め殺しに悶えるようにして顔を浴衣にうずめていた朱音だったが、ようやく復活したかと思ったかと思えば真っ先に告げられたのは意味不明な文句だった。
浴衣姿をしっかりと褒められたかと思い満足していたら、次の瞬間には責められるという不可解な展開に彰人も戸惑ってしまうが……こればかりは朱音の心情を汲めば当然の文句だっただろう。
当の本人は、その感情の揺れには気が付く暇も無かったようだが。
「…けど、朱音の浴衣が綺麗だし可愛いと思ったのは本当だからな? そこはしっかり伝えておくよ」
「……うん。それは…ありがとうね」
それでも…朱音から謎の文句を言われてしまおうとも、彰人は自分が言ったことを撤回するつもりは無い。
そんなことをしてしまえば彼女に伝えたこと全てが嘘だったということにもなってしまうし、口にした感想は紛れもない本音であったからこそ、その選択肢は取らない。
その胸の内を、朱音の目を見ながら伝えれば…きっと何か真剣な感情が伝わったのだろう。
さっきまで表出していた拗ねたような表情ではなく、照れくささをわずかに滲ませつつもこちらの言い分を受け入れてくれた朱音のリアクションを見れば、彰人も満足して頷いた。
微笑ましくも、どこか温かく……甘い。
二人の間にあるのは、そんな穏やかでありつつも疑いようもない好意で満たされた…彼らだけの世界だったと言えよう。
久しぶりの彰人の褒め言葉による猛攻撃。
中々に糖度高めのお話になってしまった。




