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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第一章

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第七話 新しい日常風景


「すまん黒峰。頼みがあるんだが……間宮さんに声を掛けてもらえないか?」

「ん? 何か連絡でもあったか」

「あぁ。実はクラスの提出物をまとめてるんだけど、間宮さんの分だけ確認できてなくてさ。頼んでもいいか?」

「そんくらいならいいよ。ちょっと待っててくれ」

「助かる!」


 朱音からある種の爆弾発言が投下され、クラスの空気まで騒然とさせられたあの日から数日後。

 現在の彰人は航生と雑談をしていたところだったが、そこにクラスでもあまり関わりがない男子生徒が近づいて妙な頼まれごとをされている風景がそこにはあった。


 しかし、そんな申し出にも彰人は納得したような表情で返事を返すと己の役割を果たすために席を立ち、()()のもとへと歩いて近づく。


「おい間宮。なんか提出物を出してないとかで呼ばれてたんだが……心当たりはあるか?」

「んむぅ……提出物ぅ? …あー、そういえばまだ出してなかったかもしれないな。ごめんね、ちょっと待ってて」

「そんな焦らなくてもいいぞ。時間に余裕はあるらしいし」


 声を掛けた先に居たのはいつもと変わらず夢の世界へと旅立っていた朱音の姿。

 これが平常運転とはいえ、心地よく眠り続けていることが手に取るように分かる彼女を起こしてしまうのは心苦しくもあるが……一応本人から起こしても構わないという了承は取っているのでその辺りは考えないことにして軽く身体を揺さぶって目を覚まさせた。



 …朱音との謎の関係性が表立ったものとなり、クラスを驚愕の感情で埋め尽くした数日前。

 あの時は彼女の無邪気な発言と、それに付随してとんでもない勘違いを誘発しかねない言葉が相乗効果をもたらしたことで二人の関係を深読みされることもあったが、良い意味でも悪い意味でも人というのは最終的に慣れる生き物だ。


 最初は阿鼻叫喚を引き起こしかねなかった朱音との関係性は日を経るごとに徐々に徐々にと受け入れられていき、今となってはどこかクラスの共通認識として朱音に何か用がある時には彰人に声を掛ければいいとさえ思われ始めているくらいだ。

 現に今もクラスメイトから彰人を介して朱音に用件を伝えられるということが行われているし、これもまた一つの定番の流れとなりつつある。


 …まぁ、だからと言ってその現状がクラスの全員に受け入れられたかと問われれば決して答えはイエスではないのだが。


「くっそぉ……! 何で黒峰ばかり間宮さんとお近づきになれてるんだ…!」

「あの野郎……俺たちの間宮さんと親し気にしやがって…」

「ユルサンユルサンユルサン………」


 教室のどこかから聞こえてくる怨嗟の声色。

 そんな不吉すぎるオーラを纏いながら恨み言を口にしているのは密かに朱音に対して想いを寄せている男子生徒たちだ。


 今更言うまでもないことだが、朱音は普段から眠っているという変わった特徴が目立ちやすいので忘れられがちだがその見た目は圧倒的なまでの美少女である。

 その噂はクラスのみならず学年、いや学校を通しても広く知れ渡っているし、そんな彼女と距離を近づけたいと願う者は多い。


 しかし今までは朱音が深い眠りに集中していたという事情もあり、それが叶うことは無かったのだが……そこに現れたのが彰人の存在だ。

 何故か彼だけが朱音を起こすことができるという事実が知れ渡ってからは必然的に彰人と朱音が関わる時間は増えていき、そこに付随して付きまとってきてしまったのがこの現状でもある。


(…怖いから見て見ぬ振りはしてるけど、あんなに恨みを向けられるとは……いつか後ろから刺されたりしないよな? 流石に大丈夫…だよな?)


 多方面から羨望の感情を向けられるというのは状況によっては嬉しいことでもあるのかもしれないが、あいにく今に限っては彰人もそんなことは全く考えられない。

 それどころかぶつぶつと耳に入ってくる怨恨の感情から、気が付いた時には朱音に想いを寄せる者から襲われでもするのではないかと気が気ではなかった。


 だが、もし()()()()だというならばここまで強い感情を向けられることは無かっただろう。

 確かにこれまで他者との接点が極端に少なかったとはいえ、所詮彰人がやっていることは朱音とそれ以外の者を繋ぐ中継点でしかないのだ。


 彼女との縁を狙う者からすれば唐突に朱音との接する時間を増やしてきた彰人は気にはなるだろうが、それほど警戒することでもないはずだ。

 …が、現在の彰人は様々な者から重い感情をぶつけられている。


 その原因の最たる理由は……まず間違いなく()()にあるのだろう。


「じゃあ…はい。起き上がるからまた手を貸してもらっても良い?」

「……またか。いい加減自分だけで起き上がってみたらどうだ?」

「無理だねー…この状態じゃまともに力入らないんだもーん…」

「はぁ……じゃあほら。早いところ自力で立てるようになってくれ」

「考えておくよ。ありがとねー」


 机に突っ伏しながら両手を彰人に向けて伸ばし、懇願するように立ち上がることの手伝いを要請してくる朱音。

 既に幾度となく頼まれてきたこととはいえ、この後に待っている展開を考えればあまり受け入れたくないことでもあるのだが……拒否をしてしまえばそれはそれで恐ろしい未来が待っているので受け入れないわけにもいかないという何とも八方塞がりな状況だ。


 …そう。これこそが現在の彰人の頭を悩ませている事態が発生している原因でもあり、頭痛を引き起こしかねない悩みの種でもある。

 これは朱音との接点を持ってから気づいたことでもあるのだが、彼女は起きた直後の時、つまりは寝起きのタイミングには何というか……無性に甘えてくるような素振りを見せてくることが多いのだ。


 もちろん朱音にそんなつもりがないことは理解している。

 …いや、そんなことをしておいて自覚がないというのも困りものなことは間違いないのだが、それでもそこに深い意図があるわけではないことは確かだ。


 ただ朱音という少女はこれまで実践できる者がいなかったために知られていなかったのだろうが、寝起きは意識が朦朧としているからか気が抜けているからか、他人に容易く身を委ねてくることが異常なまでに多いのだ。

 例を挙げるとすれば、小さなところで言うと今のように起き上がる際に立ち上がるのを手伝ってほしいと手を伸ばしてきたりといった感じだ。


 こうして関わるまで気が付かなかった事実ではあるが、予想以上にその性格が甘えたがりであったらしい朱音とのやり取り。

 正直なところを言えば見ず知らずの男子に気を許すのはどうなのかとか、いちいち心臓に悪いので勘弁してほしいといったことを言いたいところなのだが……それ以上に怖いのが周りの目線だ。


 先にも述べた通り、朱音を異性として好意的に見る者は多い。

 そんな者達から見た時彰人はどう映るのか……考えるまでもないことだ。


 ほぼ確実に自分たちを差し置いて朱音との距離を縮めている抜け駆け者。もしくは邪魔者といったところだろうか。

 それが一部の男子から向けられている彰人に対する認識であり……それを自覚したところで溜め息が抑えられなかったのはもはや遠い過去のことである。


「…なぁ、何で間宮はそんな俺に気を許してるんだよ。自分で言うのも何だけど、俺だって男なんだから少しは警戒したらどうなんだ?」


 だが、彰人とていつまでもこの厄介な状態に甘んじているわけではない。

 朱音の手を取りながら彼女を立ち上がらせ、未だに寝ぼけ気味の朱音に向かって何故自分にだけそんな態度を取るのかと尋ねてみた。


「んー? 変なことを聞いてくるねぇ……別にそんな大層な理由もないけど、なんだか彰人君と一緒にいるとホッとすることが多いんだよ。言い表しにくいけど甘えやすいって感じもするんだよね」

「……そういうこと、あんまり男子に向かって言わない方がいいと思うぞ」

「何で? 今私変なこと言ったかな?」

「変なことって言うか……あー! とにかくそういうことを気軽に口にしない方が良いってことだよ!」

「よく分からないけど……まぁ分かったよ」


 しかし尋ねた結果として聞き出せたのはどこまでも純粋な意思に満ちた回答だ。

 朱音の予想外の方向からもたらされた威力に満ちた一言をもらった彰人としては内心で心臓がドクンと跳ね上がりもしたのだが……それを表には出さないようにして窘めるのだがそれほど真剣に取り合ってくれた様子もない。


 どこまでも真っすぐな彼女の言葉に自分の頬が熱くなっていくことを自覚しつつも、それに比例して激しくなっていく周囲の感情をどのように対処したものかと額に手を当てながら溜め息を漏らす。

 彰人にとって様変わりをした日常が、そこにはあったのだった。




 …そしてこれは余談だが、そんな二人のやり取りを遠巻きににやついた笑みを浮かべた優奈が眺めていたので、イラっときた腹いせに思い切りはたいてやった。

 こちらの会話を楽し気に眺めながら、彰人が追い詰められていく度に「ぶふっ!」などと笑い声を上げていた報いである。慈悲はない。



起きたばかりだとふにゃふにゃ気味になる朱音。


状態としては眠たそうな赤ん坊とかが近いかもしれない。

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