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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第六十九話 偶然の謀


「持っていく物は……こんなところでいいだろ。そこまで大荷物にする必要も無いだろうしな」


 自宅にて彰人が荷物をまとめながら独り言をつぶやくが、それはこれから待ち受けているイベントへの期待感の表れでもあったのかもしれない。

 航生に誘われて出向くことになった祭りだが、こうしてみると今まで経験してこなかったことに参加してみるというのは中々に新鮮な気持ちになれる。


「…少し早めに出ておいた方がいいかもな。航生はまだ来ないとは思うけど…先に夏祭りの会場も見ておきたいし」


 友との待ち合わせを約束していた時間まではまだ少しの余裕があるが、記憶通りであれば祭りが始まるのは午後六時だ。

 現在の時刻は六時を少し回った程度なので、移動していけばそれなりに良い時間にもなってくれることだろう。


 幸い距離的にもそこまで祭りが行われる会場は離れているわけでも無いため、ぶらぶらと向かってみるのも良いか。


「それじゃ、ぼちぼち向かってみるか。航生には…後で連絡しておけばいいだろ」


 家を出る前に友人に一つ連絡を入れておこうかとも思ったが、もとより待ち合わせの時間自体は決めているのでわざわざ早く出ることを知らせておくこともないだろう。

 そんなことをしても向こうを急かすだけだし、やったところで双方に得など無い。


 こちらはこちらでのんびりと待機しておいて、その間に祭りの雰囲気を先に堪能しておけば良いのだ。


「よしっ、そうと決まれば早く出るに限るな。荷物も……まぁ忘れるようなものもないだろ。このまま行こう」


 一度決めてしまえば行動するのは早い彰人。

 今日もその例に漏れず、待ち合わせ場所として定めていた河川敷近くの橋の位置を軽く確認し、家の戸締りをすれば彰人は家を離れて歩いていくのだった。



    ◆



「…結構人がいるもんだな。考えれば当然だけどさ」


 待ち合わせ場所として指定されていた橋までやってきた彰人だったが、そこを通り過ぎていく人の流れを見て思わずつぶやきをこぼしてしまった。

 パッと眺めただけでも男女入り乱れた人の大群が道を歩いていく様はそれほど壮観なものであったし……何より、足を進めていく者たちの多くが浴衣なんかを身に纏っているのだから尚更そんな感想が出てくるというものだ。


 明らかにこれから祭りを楽しむという様相をしている者が多くいる中で、時折見かけられる者達にはどう見てもカップルで訪れているとしか思えないほどに仲良さげな様子で歩く男女の姿なんかもあった。


 …しかし、こうしているとどうしても考えに浮かんできてしまうのだが、女性が浴衣を着こんでいるというのは新鮮さもあって風情も感じられる服装だ。

 別に彰人はそういった趣味はないのだが、こういった日常的に見られるような光景とはまた違った、非日常を思わせてくる大和撫子を体現したかのような魅力を詰め込んだかのような浴衣姿には嗜好問わず惹かれるものがあるのだ。


 実際、先ほどから彰人の目に付いているのは私服姿の女性というよりも浴衣姿の人の方が多いくらいであるし……もしかしたら、自身で気が付いていないだけでそういった趣向を潜在的に秘めているのかもしれない。


(……けど、こういうのはやっぱいいもんだな。今まで何となく来てなかったから興味も持ってなかったけど…たまには悪くない)


 だがそんな思考も途中で打ち切り、切り替えた意識の中で思うのはこの眼前にて繰り広げられている祭りならではの空気感に関することだ。

 これまではそれとなく遠ざけてしまったがゆえに知る由も無かったことだが、やはり特別なイベントがあるとなると人の気分というのは自然と上がってくるものなのだろう。


 それによって不思議とこちらまで高揚させられてくるような、何とも言えないこの空気感にあることを……彰人は嫌だとは思わなかった。

 何となくという理由で敬遠してしまっていたこの行事も、これからはちょくちょく参加してみるのも悪くないかもしれない……そんなことを思えてしまうくらいには、現状を楽しめている。


 欲を言うのであれば、ここにはいない一人の少女がいたらもっと楽しめただろうか、なんてことまで考えてしまったが……それは流石に望みすぎというものである。

 元々ここには航生と二人で来るという約束だったのだから、ないものねだりをしたところで虚しくなるだけだ。


 見当違いなことを考えていないで、今の状況を目いっぱい満喫するように尽力した方が余程建設的だ。

 そう考え直して頭から余計な思考を追いやり、再び待ち呆ける姿勢に入ったところで…彰人に声を掛ける者の影が近づいてくる。


「…おいーっす! 彰人、また随分と早く到着してたんだな! 俺も結構早めに来たと思うんだが……まさか先を越されてるとは思わなかったぞ」

「来たか、航生。俺ももう少し遅めに来ようとは思ったんだがな…先に待ってても問題は無いだろうし、少しここで待ってたんだよ」

「なるほどなー……何にしてもだ。ここで合流出来て良かったぜ!」


 張り上げた声で彰人に向けて呼びかけてきたのは、この祭りの雰囲気に気分をつられでもしたのか妙に上機嫌の航生だ。

 常日頃からテンションが高く、それに伴って発揮される突発的な言動は相変わらずだが…心なしか、今日はその素振りも二割増しで激しさを増しているように思えた。


 まぁそうなってしまう気持ちも今日ばかりは理解できる。

 辺りには祭り特有の熱気が入り乱れた空気が充満しており、それを感じ取ってしまえば嫌でも気分というのは高まってくる。


 普段から過ごしている日常とは違う、非日常の空気に当てられたことでいつもなら絶対にしない様なことを思わずやってしまう、なんてことはありふれたことだ。


「…んで、これからどうするんだ? とりあえず出店でも回ってみるってのも良さそうだが」

「……あー、それなんだがな。その……もうちょいだけここで話していかないか? あんまし急ぎすぎてもあれだしよ」

「ん? いや…別に祭りを回るのに早いも遅いもないだろ。何でわざわざここで待つ必要があるんだよ」

「確かにそうなんだがな……少し理由があるというか…」


 …だが、無事に航生とも合流出来たため早速祭り会場に向かおうと足を進めようとしたところで、航生の方から何とも歯切れ悪く引き留められることとなった。

 普段感じられる活発さからは程遠いというか……どこか、既視感を感じられるような慌てようには不審感が募ってくる。


 航生がこういうリアクションを取ってくる時には大抵、よからぬことが待ち構えている展開が多いのだ。

 なのでもしや、今回もその類のことを企んでいるのではないかと軽く目を細めながら睨みを効かせてみたが……一向に考えを吐くような素振りは見せない。


 何でかは全く知る由もないが、やたらとこちらを誤魔化すように今この場で留まろうとしてくる航生の態度に彰人もその原因を突き止めようと思考をフル回転させてみるが、いくら考えたところで根本の理由にはたどり着けない。

 そもそも…ここに留まっていたところで、航生にとっても利があるとは思えないのだ。


 せっかく祭りに遊びに来たのならば、限られた時間の中で存分に楽しむために一刻も早く会場に入ってしまった方が断然良いだろうし、無駄に浪費していれば満足に楽しむ時間が減るだけ。

 なので彰人は意図がつかめない航生の態度に、さらに言及しようと口を開こうとしたところで……背後からこれまたやたらと大きな声が響いてきた。


「……あー! もしかして彰人と航生!? いやー、こんな偶然あるんだね!」

「…………マジかよ」


 …名指しで話しかけられた言葉はその内容とは裏腹に、何ともあからさまな棒読みだ。

 この怪しさに満ち溢れた状況下で、今の彰人たちに声を掛けてくるような者など…候補はそれほど多くない。


 先ほどから感じ取っていた嫌な予感を胸に携えながらも、彰人も半ば諦めの境地で振り返って見れば……そこにはいたのは………


「…えっ、あ、彰人君…!?」

「……朱音。何でここにいるんだよ…」


 …ニヤニヤとした笑みを浮かべながら悪戯が成功した子供のような雰囲気を滲ませた優奈とは対照的に、何とも可愛らしい浴衣姿に身を包んだ朱音の姿があったのだった。


 偶然…とは到底呼べないだろう邂逅。

 その時の彰人の心情を表すのであれば…とりあえず、航生を蹴ることは確定したという感じだろうか。


ひとまず、航生に制裁を下すことは心に誓った模様。

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