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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第六十一話 親子の会話


「何もないところだけど、楽にしてもらって大丈夫よ。散らかっていてごめんなさいね」

「い、いえ……ありがとうございます」


(……どうしてこうなった)


 朱音と帰宅していた道中にて母親と予想外の再会を果たし、何故かそこから彼女を自宅に招くという何ともおかしな流れになった後。

 朱音も朱音で困惑していたのは変わらなかったが……あそこで断るのも角が立つとでも思ったのだろう。


 念のためにと鳴海に連絡をしてから了承の意を示し、彰人の自宅まで訪問してくることとなったが…経緯を思い出してみてもどうしてこのようなことになったのか分からない。

 彰人からしてみれば自分の友人と母親がいきなりの対面を果たした上で、母親直々に朱音を招き入れるという訳の分からない状況が続いているのだ。


 …一体何を思って朱音を招待したのかは知る由もないが、何の理由もなしに誘いを持ち掛けたということは無いだろう。


「それと今更かもしれないけれど、改めて名乗っておくわね。…もう知っているでしょうけど、彰人の母の黒峰(くろみね)沙羅(さら)よ。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします」


 すると改めて向き合いながら名乗った彰人の母……沙羅は相変わらず冷たいイメージを思わせる口調ではあったが律儀に挨拶を交わしていた。

 朱音もそれに対応するように頭を下げて応対をこなしつつ…やはり緊張感は抜け切れていないようで肩に力は入りっぱなしである。


 それも仕方のない状況であるため気持ちは理解できるが、沙羅はそこに構うことなく言葉を続けてくる。


「にしても……彰人、いつの間にこんな可愛い()()が出来ていたの? 確かに帰らなかったあたしも悪いけど、少しくらい教えてくれてもいいでしょうに」

「…ぶふっ!?」

「!?」


 …沙羅から放たれた言葉。

 どこか呆れたような感情を滲ませながらやれやれと首を横に振りながら告げられたのは、とんでもない勘違いであった。


「…違うわ! 俺と朱音はそういう関係じゃないっての!」

「え、二人は付き合っているわけではないの?」

「さっきも言っただろ……朱音とは単に友人同士で、それ以上でも以下でもないんだよ!」

「…てっきり、関係を誤魔化すための方便か何かだと思っていたけど…本当にそうなの?」


 彰人達の側からすればあまりにも荒唐無稽な言いがかりであったが、確かにそのように思ってしまう気持ちも分かる。

 何せ沙羅から見た二人はどう見ても仲睦まじげに会話を交わしていたし、その時に発していた雰囲気は明らかにただの男女の友人同士のものではなかった。


 …張本人たちが無自覚ゆえに否定こそしていたが、正直沙羅以外の者からしてみてもあれはそれ以上の関係性に進んだ二人組だと勘違いすることだろう。

 本人たちとしては……本当にそんなつもりなど皆無なのだが。


「は、はい……私と彰人君は付き合ってはいないです。ふ、普通のお友達なので…」

「……そう、だったらごめんなさいね。憶測で勝手なことを言ってしまったわ」

「い、いえ! 全く気にしていませんから!」


 すると自分が思い違いをしていたことを朱音に確認した沙羅は、彼女に向けて謝罪をする。

 それはきっと、自分一人の思い込みで二人の距離感を勝手に決めつけるような真似をしたことに申し訳なく思ったが故の行動だったのだろうが……友人の母親からそんなことをされれば当然朱音は萎縮する。


 相手に誠意を見せるがためにした行動のはずなのに、それによってさらに緊張の糸が張り詰めるという負のループが目の前で展開され……彰人は遠い目になりかけていた。


「しかしそうなると……どうしてまた、朱音さんみたいな可愛い子がうちの彰人と仲良くなってくれたのかしら? 自分の息子だから言っちゃうけど…この子、結構地味でしょ?」

「…何で唐突に俺が貶されてるんだ?」

「そうかしら、別に間違ってもないでしょうに」

「それは……そうだけどさ」


 実の母からまさかの方向で刺されることとなった彰人だったが、沙羅の言うように彰人はパッと見た印象としては地味目な容姿をしている。

 …まぁこれに関しては彰人本人が目立ちたがり屋というわけではなく、それよりも落ち着いた環境に居ることを好んでいるのであえてそうしているという理由もあるのだが、確かに地味というのは変えようもない事実だ。


 目元をわずかに隠している前髪は根暗な雰囲気を連想させるだろうし、実際クラスメイト多くにはそのようなイメージを持たれていることだろう。

 よくよく見れば素の顔立ちは決して悪くもないのだが……そのことに気が付くまでに親しくしている者自体がごく少数であるため、気づかれないのは幸か不幸か判断に困るところだ。


「…そこら辺はともかくとして、朱音と話すようになったことについては話すよ。…そうでもしないとまたとんでもない言いがかりをつけられそうだし」

「あら、言いがかりなんて酷い言い草ね」

「今さっき思いっきり言ってたよな…?」


 とぼけたような口調でのらりくらりとこちらの言葉がすり抜けられているが、彰人は家族ゆえに熟知している。

 見た目が真面目に思えるだけに勘違いしがちだが、この母は……実の息子である彰人に対してはかなり翻弄させられるような言動を繰り返してくることを。


 身内だからこそ気を許し、そういった信頼があってのことなのかもしれないが、だとしても翻弄を受ける側としては勘弁してほしい気持ちもある。

 …今も朱音との関係性について言及したところを忘れたかのように楽しんでいるような雰囲気が見え隠れしているし、どうせ冷静な言動とは裏腹に内心では楽しんでいるに違いない。


 ああ見えてもユーモアがある沙羅の言動は、いちいちまともに取り合っていては身が持たない。


「……朱音と話し始めたのは、つい二か月くらい前のことだ。確かあの時は……」


 それに今はそんなことよりも、朱音との関係性についての経緯に関して説明することの方が先決である。

 これ以上沙羅に余計な推察をされてダメージを負うわけにもいかないので、自分たちがここに至るまでにどのような過程を経てきたのかを概要をかいつまんで話していく。


 教室で眠っていた朱音を起こすために声を掛けたこと。そこから縁が出来たこと。

 勉強会を行ったことや彼女の家に赴いたことなど、要点を抜き出しつつではあったが主な出来事について説明していった。


 時折朱音の方からも補足説明を挟みながら、およそ十数分ほどかけて一通り話していけば……終わった時、沙羅は己の頭で反芻するように瞳を閉じながら頷いていた。


「……なるほどね。話しかけたきっかけが彰人らしいと言えばらしいわ」

「…そうか? そこは別におかしなことも無いと思うんだが…」

「おかしいとかそういう話じゃないわよ。ただ…ちゃんと人のために動けてるところが彰人らしいってことよ」

「…あっ、それは何だか分かる気がします」

「……朱音?」


 説明していた事柄の中で、沙羅が最も大きな反応を示したのは朱音と彰人が関わるきっかけにもなった教室での一幕だった。

 彰人の視点からしてみれば自分がして当然のことをしたまでのことだという認識でしかなかった一部始終。


 …だが、親である沙羅にとっては自分の息子が他の誰かのために行動出来る人間に成長してくれていたというのは感慨深いことでもあったのだろう。

 そしてそこに同意するように……朱音もまた、言葉を重ねてきていた。


「彰人君は何というか……私が言葉にしなくてもこっちのために動いてくれることが多いんですよね。もちろんそれにばかり甘えてるのは駄目だって分かってますけど、そういうところが優しくて彰人君の良いところというか……」

「……朱音、ストップストップ。それ以上は勘弁してくれ。…俺が羞恥心でやられるから」


 会話に割り込んできたので何を言い出すのかと思えば、彼女は彰人の長所をいきなり挙げてきた。

 …普段であればそう言ってもらえるのは嬉しいのだが、如何せん今は親の目の前である。


 血の繋がった家族の前で突然友人から己の行動を客観的に振り替えられるという、ある種の羞恥プレイとすら言えるものをされた彰人はそれ以上の被害が出る前に止めようとするが……そうしたところで既に手遅れなことは明白だ。


「…これはまた、相当に懐かれたものね。彰人、あんたこんな良い子を逃がしたら駄目よ?」

「……逃がしたらって何だよ。けど、まぁ……離れるつもりは無いさ」


 無意識の内に笑みを浮かべながら、もはや惚気とすら言えそうな内容の数々を嬉しそうに語る朱音。

 そんな彼女の話を聞かされた沙羅はというと……最初は呆気にとられたように目を丸くしていたが、次第に状況が理解出来てくると彰人に向けて揶揄うように言葉を放ってきた。


 そこにどんな意図が込められていたのかは……当人たちの間でしか分かりえないことだっただろう。



 ちなみに、そんな親子の会話を隣で聞いていた朱音が何故か理解できていないようにキョトンとしたような表情を浮かべていたのは、とても印象的だった。


一見クールなようにも見える沙羅。

だけど、その実は中々にユーモアを持ち合わせてもいるという良い性格をしております。


…あと、これは特に関係のない話ですが朱音が無意識に彰人のことを褒めちぎっていた時。

沙羅は薄くですが口角を上げていたらしいです。


一体何を考えて笑っていたのかは…とりあえずノーコメントで。

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