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第六話 彼の声は


「それにしてもさー、彰人って本当に間宮ちゃんを起こせるの? 私もクラスの人から聞いたけどまだそこだけは信じられないんだよねー」

「お前も航生みたいなこと言ってんな……むしろ俺からしたらクラスのやつが言っていることの方が信じられないくらいなんだが」


 昼休みの最中に優奈と合流してから少しの間話し込んでいた三人だったが、それもしばらくすれば廊下から教室へと戻ることになり現在の彼らは廊下を歩きながら会話を交わしていた。

 そんな中で優奈の方から聞かれたのは先ほども航生から聞かれたことと全く同一であり、その辺りからも何となくこいつらはやっぱりカップルなんだな、なんて関係のないことを考えてしまった。


 しかしそんなことは今どうでもいい。肝心なことは質問の中身の方だ。


「そもそも皆間宮は何をしても起きないって言うけど、あれは本当なのか? 俺は声を掛けた時には普通に起きてきたぞ」

「本当に決まってるじゃん! …何せ私が間宮ちゃんとお近づきになろうとして呼びかけた時には一切反応してもらえなかったからね……」

「……何やってんだよ、お前は」

「だって同じクラスにあれだけ可愛い子がいたら話してみたいって思うでしょ! ゆえに私は何もおかしくはない!」


 声を張り上げるようにして彰人の疑問を吹き飛ばしてくる優奈だったが、その内容にはそこはかとなく情けない過去が盛り込まれていた気がしないでもない。

 …言い忘れていたが、優奈という少女はただ恋愛関連の話が大好きな少女というだけではなくそれ以外にも可愛いものには目が無いという特徴も持っている。


 そのターゲットはぬいぐるみやキャラクターものといった分かりやすいジャンルから、時には食べ物や美少女といった一体どこまで守備範囲に含んでいるのかと言いたくなるようなラインナップである。

 …要するに、同じクラスに朱音という最上級の可愛さを持った美少女がいたので話しかけようとしたら彼女を起こすことができず失敗に終わったということらしい。…何やってるんだ、本当に。


「…とりあえずそれは置いておこう。というか彰人にやってほしいことがあるんだけどさ、一回でいいから間宮ちゃんを起こそうとしてみてくれない?」

「間宮を? 何でわざわざそんなことを……」

「真面目な話さ、彰人が今注目されてるのってあの間宮ちゃんを本当に起こせるのかっていう疑問があるのも大きいじゃん? まぁそれ以外にも色々と要因はあるんだろうけど…ひとまずクラスのみんなの前で彰人があの子を本当に起こせるんだー、って証明出来たらこの騒ぎも少しは収まると思わない?」

「……なるほど。確かに一理あるな」


 だがそうした会話の直後に優奈から語られたことは彰人でも考えをわずかなりとも動かされる言葉であり、彼女にしてはかなり理知的な意見でもあった。

 確かにあの時の一部始終で一気に盛り上がってしまったこの現状だが、言われて考えてみればこうも過剰なまでに掘り下げられている原因の一端はそこにあったのかもしれない。


 だとしたら優奈の言う通り、クラスの面々の前で朱音を起こしてみるというのは有効な一手になり得るかもしれない。

 ……が、その前に彰人は一つだけ確認しておきたいことがあった。


「…それで? 本音のところはどういう理由だ?」

「私も間宮ちゃんが起き上がるところを見てみたい! そしてあわよくば交流を深めてみたい!」

「そんなこったろうと思ったよ……航生、優奈が暴走しそうな時はしっかり抑え込んどけよ」

「ははは……まぁその時になったら考えるとするさ」


 案の定、彰人が彼女の本音を問いただしてみればろくでもない回答が返ってくるのだった。

 優奈にしては随分とまともなことを言っているなと思ったのでそこを違和感に感じ、念のためにと確認の意味も込めての問いかけだったというのにこれである。


 口にしていたことがまともだっただけに、その前後との落差が激しすぎたせいで頭が痛くなった気がするのはきっと勘違いではないと思う。

 …だが、彼女が先ほど言ったことに賛同する心もあるというのも事実だ。


 目的があれすぎたので無意識に流しそうになってしまったが、意見自体は中々に有効なものになるだろうと感じられたからだ。


「…まっ、出来そうなら少しやってみるさ。あくまで間宮に迷惑を掛けない範囲でな」

「本当!? …よしっ、これでようやく間宮ちゃんとの関係を持てるように……!」

「だから迷惑かけない範囲でって言っただろうが。もしだる絡みでもしたら速攻でその頭はたいてでも止めてやるからな」

「暴力はやめて!?」


 朱音に一度声を掛けることは了承したものの、それは彼女に迷惑を掛けないことを前提とした上でのことだ。

 常日頃から心地よさそうに眠っている朱音の安眠を妨害することなど出来ることならしたくはないし、もし嫌がられた時にはすぐに身を引くとも心の中で決めておく。


 …しかしそれ以上に、自分以外の優奈という要素がどのように動くのかがまるで読めなかったため、おそらくはそちらの対処のために動くことになるだろうと嫌な推測を立てた彰人は再び溜め息をこぼしながらも教室へと歩いていくのだった。




「やっと着いたな………っと。……っ」


 彰人たちが話していた場所から教室までの道のりはそう遠いものではない。

 歩いていれば一分程度で戻れるくらいの位置にあるのでそう時間もかからずに戻ってくることができた。


 しかし、教室の扉を彰人が空けた途端にクラスのあちこちから視線を向けられたような気がした。

 朝のように話しかけてくる者はいない。その点に関してはひとまず安心した。


 …だが、やはり現在注目されてしまっている身としてはこうして教室に戻って来ただけでも意識を向けられてしまうのだろうし、慣れない状況ゆえにわずかに緊張してしまうところもあった。


「んー? 何やってんの彰人。そんなとこで突っ立ってさ。…あ、ほら! 間宮ちゃんいるじゃん! 早く試してみてよ!」

「…あぁ、分かった」


 それでも彰人の後ろからひょこっと顔を出した優奈の一言によって、彼も意識を切り替え直すことができた。

 彼女の言う通り、優奈が指し示した先では普段と何も変わらない様子で眠りこけている朱音の姿が確認できた。


 遠目からでも認識できる横顔から覗かせる寝顔からは心地よさそうに笑みを浮かべているのが見えてくるし、そんな彼女自身の魅力とも相まってあの場所だけ穏やかな時間が流れているようだった。

 …そして、彰人たちは若干周囲からの視線を感じつつもその場所へと近づいていった。


「…じゃあ、声かけてみるぞ?」

「早く早く! 私結構楽しみにしてるんだから、しっかりやってよね!」

「これで間宮さんが起きるってんなら本当に驚きだけどな……まぁやってみてくれや」

「はいよ。そんじゃ……間宮、ちょっといいか?」


 後ろでは優奈がその瞳を輝かせながら期待するように、そして航生も落ち着いた素振りを見せてはいるものの内心では隠しきれていない好奇心を滲ませながら背中を押してくる。

 そんな二人の後押しもあって彰人は先日と同じように朱音へと呼び掛けていき……特に反応は感じられなかった。


「……起きないな」

「えー! もう少し声量上げて呼んであげた方が良かったんじゃないの? あんなんじゃ聞こえないでしょ」

「昨日はこれくらいでも普通に起きたんだよ。やっぱ、あの時が偶然だったのか……」


「…んー? 何々、彰人君。今私のこと呼んだ?」


 が、朱音の反応が皆無だったことを話し合っていた直後に予想外のタイミングで語り掛けてくる声があった。

 その声に対して彰人は自分の記憶が間違っていなかったことに安堵し……他の二人、それに周りの同級生含めた者達は驚愕の表情を浮かべることとなる。


 …何せ彼らが振り返った先ではつい数秒前まで睡眠を貪っていたはずの朱音がその瞼をこすりながら起き上がってきていたのだから。


「なんか最近彰人君にばっかり起こされてる気がするよ……ところで、何か呼ばれた気がしたんだけど間違ってたかな?」

「いや、間違ってないぞ。…悪いな、寝てた所を起こしちまって」

「それは全然構わないんだけど、何か用事でも……」

「……す、すっごい! 彰人、本当に間宮ちゃんを起こせるんだ! 間宮ちゃん初めまして! 私同じクラスの野村優奈って言うんだけど知ってるかな!? あぁそれよりもお顔が可愛すぎて愛おしすぎるよ!」

「…むぐっ!? …の、野村さん? 一体何を……」

「野村さんなんて他人行儀にしなくていいよ! 気軽に名前で呼んで!」

「え、えぇと……じゃあ、優奈?」

「……駄目だ。より可愛くなってしまった!」

「ちょ、ちょっと!? 流石に息が苦しくなってきたんだけど……!」


 先ほどまで眠っていたばかりなので朱音の意識も朦朧としていたのだろう。

 重い瞼を持ち上げながら自分のことを起こしたかと問いかけてくる朱音の姿は気の抜けた雰囲気もあって非常に可愛らしかったが……ここにはそんな彼女を黙って見ていられるわけもない者が一人いる。


 それは他でもない可愛いもの好きである優奈であり、彼女は朱音が目を覚ますとその途端に向こうの魅力にやられてしまったようで本能が赴くままに朱音を強く抱きしめ始めた。

 すると朱音の方は目覚めるとほぼ同時にいきなりクラスメイトのよく知らない相手からハグをされるという理解不能な状況に頭が混乱してしまったようで、優奈に言われるがままに名前呼びを強制されていたがそれは逆効果である。


 むしろそんなことをしてしまえば余計に優奈の内なる激情を煽ってしまうだけであり、その証拠にさらに力強く抱きしめている始末だ。


「…あほ。何やってんだ」

「いったぁ!? 急に叩かないでよね! こちとら可愛い子との交流を深めてる真っ最中なんだから!」

「加減をしろって言ってんだ、加減を。第一間宮を困らせるなって言ったばかりだろが」


 だがそんなはた迷惑な現状をいつまでも続けさせるわけにもいかないので、仕方なく彰人が優奈の頭をはたいて正気に戻してやった。

 ある程度のこの展開も予想できていたことではあるが、それはそれとしても暴走するのが早すぎである。


「…驚いたな。本当に起こせるとは思ってなかったわ」

「ん、だから言った通りだろ。とりあえず俺が嘘を言ってないってのは証明できたか」

「別にそこまで疑っても無かったけどな……けどやっぱ実際に見るのと聞くのとじゃ大違いだ」


 そしてそんな優奈の少し後ろでは、腕を組みながら驚いたように目を丸くしている航生の姿がある。

 航生は目の前で起こったことについて素直な感想を述べていたが、それはある意味クラスの本音を代弁したものでもあっただろう。


 その証拠に彼以外のクラスの面々も同じリアクションを取るように、今眼前で披露されたことについて理解が追い付かないとでもいうように呆然としている者が大半だった。


「いやーまさか彰人にこんな特技があったとはね。これならいつでも彰人を介すれば間宮ちゃん……あ、せっかくだし朱音ちゃんて呼ばせてもらっても良いかな?」

「う、うん。それは良いけど……私はいつまで抱き着かれてるのかな?」

「実はさっき話してたんだけど、彰人が朱音ちゃんに声を掛けたらすぐに起きるよねって話題になってたんだ。だから申し訳なかったんだけどちょっと起こさせてもらったの。けどこれって彰人に頼めば朱音ちゃんとまた話せるってことだもんね! とんでもない大発見だよ!」

「…離してはくれないんだね。そっか」


 その一方で優奈の方は相変わらず朱音を抱きしめながら感慨深そうに彼女とのコミュニケーションを図っており、一応反省はしているのか力の加減はしているようだが手を放す素振りは一切見られない。

 それが察せてしまったからか朱音が諦めたように乾いた笑い声を漏らしていたのは何ともシュールな景色である。


「それにしてもさ、何で朱音ちゃんは彰人が呼ぶと起きるんだろうね。朱音ちゃんは自分で何か原因とか分かる?」

「それよりも今はこの状況について聞きたいことがあるんだけど……そうだなぁ。私もはっきりと分かってるわけじゃないけど、何となくこれかなっていうのはあるよ」

「お、何々? 聞かせてみてよ」


 意外なことに、朱音は自分で彰人の声にだけ反応を返す要因に思い当たるところがあるらしい。

 そこは彰人としても気になるところだったので、一体どこに関連があるのかと耳を傾けてみれば……まさかの方向から予想外の答えを食らうこととなった。


「自分でもしっかり分かってるわけじゃないけど、なんだか彰人君の声って安心するんだよね。こう……聞いてたら落ち着く感じがするっていうか」

「……っ! 間宮、そういうことはあんま気軽に…!」

「へぇ…! てことは、朱音ちゃんは彰人の声が好きってことなのかな?」

「うーん……そうなのかな? 何だかスッと頭に入ってくることは間違いないね」

「ほうほう! そりゃあ良いことを聞いてしまったね!」

「……優奈、後で覚えてろよ」

「何のことか分からないね! 私は単純に質問しただけだもーん!」


 朱音の口からもたらされた彰人のことを好意的に思っているとも捉えられる発言。

 きっと彼女としては純粋に彼の声が聞き取りやすいからそう言っただけなのだろうが…優奈が余計な誘導をしたせいでそれ以外の意味で捉えられかねない言葉となってしまった。


 …それが波及させた影響として、現にクラス内では今の言葉に騒めくようにしてあちこちから妙な憶測を立てられているような気がするし……近くで無性に腹が立つ表情でニヤニヤとこちらを見てくる航生の顔には睨み返すことで返答としておいた。


 その後、クラスの面々から再び質問攻めにされたことは言うまでもないことだろう。


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