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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第五十九話 お互いのために


「今日はいっぱい遊んじゃったね……楽しかったけど、その分疲れちゃったよ」

「朱音からすれば特にそうだろうな。けど楽しかったってんなら何よりだ」

「…ふふふ、やっぱり彰人君といたからなのかな? いつもよりも感じる眠気が薄かったし……それくらい夢中になっちゃってたのかもね」

「…っ! …そうか」


 朱音と帰宅する道すがら。

 向かう方角としては偶然にも朱音と彰人は帰宅する道筋が似通った箇所が多いため、現在は朱音の家を目指しつつも彰人の自宅にも同様に近づいてきている最中だった。


 そんな道中、朱音と他愛もない会話を交わしながら歩いていた彰人であったが、何気ない彼女の言動に心が掻き乱された。

 はにかむうように笑みを浮かべて楽し気に、どこか艶やかな色気すら思わせる朱音からそんなことを言われれば理性が揺れ動くのも致し方ないというものだ。



 …そんな彼女の魅力を実感してきたからこそ、今日の体験を通じて思ってしまう。

 果たして自分が、自分のような者が彼女の隣に立っていて良いものなのだろかと。


「……彰人君? どうかしたの?」

「え? …あぁいや、少し考え事をしてただけだ」


 しかし、己の頭の中でそのような考えが巡ってくると隣に立つ少女は敏感に違和感を感じ取ったのだろう。

 表情には出していなかったはずなのに、こちらを覗き込むようにして疑問符を浮かべる朱音の瞳からは彰人を案じるような感情が垣間見えた。


「ふーん…? 何だか彰人君が落ち込んでるように見えたけど……気のせいだったかな」

「……落ち込んでた? 俺がか?」

「うん。何て言ったらいいか分からないけど、いつだったかな……皆で露天風呂に移った辺りから彰人君が落ち込んでたように見えたから…」

「………」


 …まさか、朱音がそこまで思い至っているとは想像もしていなかった。

 彰人でさえ、自分自身で抱いていた心情には意識が回っていなかったというのに、誰よりも彼のことを間近で見ていた彼女だからこそ感じ取れたという事なのだろうか。


 この……朱音と自分が一緒にいることで向けられる、お門違いだと暗に言われることから生じた傷を。


「…そうだな。少し…落ち込んでたのは事実かもしれない」

「やっぱりそうだったんだ……何でそう感じちゃったの?」


 己の感情だというのにまるで自覚が無かったということには我ながら呆れてきてしまうが、そうだとしてもここで気づけたのは僥倖だっただろう。

 前々から薄々は思っていた。…しかし、目を向けることが出来ていなかったこの事実について。


「なんだかな……別に朱音が気にするほどの事でもないんだけどさ。…ただ、俺みたいなやつがこのまま朱音と一緒に居てもいいのかって考えちゃったんだよ」

「……俺、みたいな?」

「ああ。…くだらないことかもしれないし、実際そうなんだとは思う。だけどどうしても…地味な俺といたら朱音まで周りからそんな評価を受けることだってあるかもしれない。そうなるくらいなら………」

「…彰人君」

「…? 朱音、どうし──っ!」


 一度口を開いてしまえば、溢れだした本音が止まることは無い。

 今まで思ってきたこと。…周囲からの目を受けて、浮かんでは考えないようにしていた意識が決壊したかのようにネガティブな思考を溢れさせてしまう。


 きっと、朱音が聞けばそんなことはないと優しく否定してくれることだろう。

 彼女の優しさはもう疑う余地なんてないし、関わることで深く知った朱音の性格を思えば慰めの言葉を掛けてくれるはずだ。


 …だが、これは彰人が抱え続けていた本心の一端でもある。

 自分と関わることで朱音が不利益を被ることになるのなら、いっそのこと距離を置いた方が良かったのではないか。

 現に今日とて、彰人と共にいたからこそトラブルに巻き込まれた側面だってあったのだから。


 そう思っての発言ではあったが……その言葉は全てを語り終える前に、他ならぬ朱音の手によって止められることとなり──同時に、心から驚かされることとなった。


 何てことはない。ただ名前を呼ばれただけだ。

 だというのに…そこに居たのは、今まで見たことも無いほどに不機嫌そうな表情を浮かべつつ、明らかに怒ったような感情を携えた朱音の姿だった。


「…彰人君と一緒にいて、それで周りから酷いことを言われるかもしれないから……何? まさかそんなことで私が迷惑だと思ってるって言いたいのかな?」

「そ、そういうことじゃ……」

「……はぁ、彰人君は自分を卑下しすぎなんだよ……そのくらいのことで私が彰人君と離れるなんてあるわけないでしょ?」

「…だけど、実際に今日だってそういう類の視線は多く受けてきた。俺だけならまだいいけど、もしそれが朱音に向けられたら…」

「関係ないよ、そんなもの」

「……えっ」


 朱音は静かな怒りを見せながら彰人の発言に対して言及してくるが、それでもこれは易々と撤回できるようなものではない。

 どんなことを言われようと自分と朱音では釣り合っていないことなんて分かり切っていることだし、客観的に見てもそれは明らかだ。


 彼女ほど魅力的な少女にとって、隣に立つのが自分のような者では相応しくない…そう考えて発言しようとすれば、それよりも早く朱音は力強く断言してくる。


「周りから何を言われたって、何を思われたって関係ないんだよ。そもそも、私が話したいって思った人と話すのに何で他の人の反応を気にする必要なんてないし、私は気にしたくもない。…だって、それ以上に彰人君と話すのが楽しいんだもん」

「……っ!」

「だから周りがどうとか、そんなことを言ってほしくないの。…そんなものよりも、私は彰人君と話せた方が何倍も楽しいし嬉しいから」

「………分かった。それならこれ以上は言わないでおく」


 …ずっと、考えていた。

 朱音にとって自分はどんな立ち位置にいて、彼女に何をしてやれているのだろうと。


 もちろん、人間関係は損得ばかりではないし彼女に限ってはそんなものを求めているとは思ってもいない。

 …ただ、彰人からすれば自分という人間が、向こうにどんなことを出来ているのかという悩みがあることも事実だった。


 だけど、最初からそんな悩みはいらなかったんだ。

 どこまでいっても朱音は彰人と話せることを楽しんでくれているし、そこには余計な付加価値も要素だって必要ない。


 ただ純粋に、彼自身と接することだけを望んでくれている彼女にこのようなことを口にすれば……それは怒られることも当然だろう。

 理解しているつもりでありながら、まるで理解出来ていなかった彼女の本質を見ていなかった。


 的外れなことばかりを考えて、空回りし続けていた己の思考にはもはや苦笑してしまいそうだ。


「ごめんな、急に変なこと言って」

「本当だよ……これからは、もうそんなこと言わないでよね?」

「…善処するよ」


 自身のミスに気付いて素直に謝罪を口にすれば、まだ完全に許してもらえたわけではなさそうだが朱音からむくれながらも一旦の許しを貰うことが出来た。

 彼女がどう思うのかもよく考えずにこんなことを口にして、そうして朱音を怒らせてしまったのだから今回は全面的に彰人が悪い。


 …この補填は、また今度の機会に全力でこなさなければいけないだろう。


 だけど、今は。

 ここまで自分のことを真摯に思ってくれている朱音への感謝に膨らむ胸の内の余韻に浸っていても、少しくらいは良いだろうと緩む思考に身を委ねたくなってしまう。


 誰よりも近く、そして自分を見てくれる少女を見ながら灯る無自覚な胸の熱は……少しだけ、大きくなったような気がした。


朱音にとっては周りからどう思われようと、何を言われようとも自分が接していたいと思った相手と共にいることの方が何倍も大事なこと。


あの子はそういう強さを持った少女です。

だからこそ、彰人にはその芯の強さが頼れることでもある。

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