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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第五十七話 見えない表情


「二人ともお待たせー! ごめんね、待たせちゃった?」

「お、優奈も来たか! 別にそこまで待ってないから大丈夫だぞ!」

「なら良かった! 彰人も特に何ともなさそうで何より!」

「…出てきたばっかりだってのに、お前は変わらず元気そうだな」

「当然! せっかく遊びに来たって言うんだから疲れてる暇なんてないよ!」


 中身のない会話を繰り広げながらテーブル席の一角に座り昼食を取り、未だ姿を見せない女子二人組を待っていた彰人たちに呼びかけてくる者がいた。

 パッとそちらの方向を見てみれば、そこにいたのは満面の笑みを浮かべながらいつもと変わらぬ様子で佇んでいる優奈の姿。


 …今しがた着替えを終えて出てきたばかりだろうに、活力に満ち溢れた佇まいを維持出来ているのは不思議で仕方なかったが聞いたところで理解できるような論理ではない。

 身体に楽しさが満ちているから疲れない、なんて理論は彰人のような一般人からすれば真似できるような代物でもないのだから。


「…ところで、朱音はどうしたんだ? まだ着替えてるのか?」

「ううん、朱音ちゃんも一緒に出てきたからそこまで来てるはずだよ。そろそろこっちまで来ても………」

「…ゆ、優奈……向かうのが早すぎるよ…」


 しかし彰人が最も気になった点はそこではなく、むしろ優奈がやってきてもまだ姿を見せないもう一方の人物の方を気にしていた。

 なのでそちらのことを尋ねようとすれば……ちょうどそのタイミングで朱音も戻ってきた。…何故か、やたらと疲れた様子で。


 息を切らしながら肩を上下させ、乱れた呼吸を整えようと荒い息を吐き続ける彼女の姿からは明らかに走ってここまでやってきたのだろうということが窺える。


「……優奈、お前朱音を放ってきたな…?」

「ち、違うよ! 私が朱音ちゃんを放置するわけないじゃん! …た、ただちょっと航生を見つけたらテンションが上がっちゃって、そこまで少し走って来ただけで……」

「結局お前が悪いんじゃねぇか! ……はぁ、朱音。大丈夫か? とにかく水でも飲め」

「あ、ありがとう………んぐっ…」


 何故ここまで朱音が疲れ切っているのか。

 その原因の一端は本人に尋ねればすぐに判明した。


 どうやらここに来るまでは朱音たちも二人揃ってやってきていたようだが、たどり着くと同時に優奈の方がテンションを高めて駆け出してきたらしい。

 …その後のことに関しては、もう聞かずとも把握できた。


 気分が最高潮に振り切れた優奈は彰人たちのいる場所……もとい、航生のいる場所めがけて走り出していき、自分が身を置いていた状況のことすら頭から抜け落ちてしまった。

 そうすると何が起きるのかというと……共に来ていた朱音が、一人取り残されるというシチュエーションである。


 大方、一人で取り残されるという状態になった朱音が慌てて追いかけてきたのだろうが…彼女では体力に溢れている優奈に、それもテンションがマックスにまで高まった優奈相手に追いつくことなど不可能に等しい。

 結果として、追いかける途中で体力の尽きた朱音が息を切らしながらやってくるという状態に陥ったのだろう。


「……ぷはっ。や、やっと息が落ち着いてきた…」

「朱音ちゃん、ごめんねー! 私としたことが朱音ちゃんを置いていくなんて失態を犯しちゃうなんて……」

「き、気にしてないから大丈夫……それよりも、今は抱き着くのは止めてもらえると嬉しいんだけど……!」


 …謝るような仕草を見せながらさりげなく朱音に抱き着き、彼女を愛でるような挙動を見せる優奈だったが。傍から見れば全く反省しているようには見えない。

 それどころか次第に調子に乗ってきたのか、この機に乗じて朱音の感触をさらに堪能しようとしているようで……流石にこれ以上は黙って見ているわけにもいかず、思い切り頭に掌を叩き落としてやった。


「…優奈、そんくらいにしとけ」

「いった!? …彰人、何するのさー!」

「何じゃねえよ…朱音が止めてくれって言ってるんだから止めるのは当たり前のことだろうが」


 暴走しかけていた優奈の頭に手刀の形にした掌を叩き落とし、無理やり正気に戻す。

 その一連の行動に対して抗議をしてくる優奈だったが……何しているのかと言いたいのはむしろこちら側の方だ。


 現在疲れ切った様子の朱音は主に優奈のせいであのようなことになっているのだから、そんな弱った彼女をこれ幸いにと好き勝手することなど見逃すわけがない。

 それも、元凶である優奈ならば尚更だ。


 ただでさえ疲労困憊といった風に息を上がらせているのだから、ここは静かに休ませるのが道理というものである。


「朱音、こっちに座って休んでな。…優奈はそっちに座っておけ。朱音に近づくと何をしでかすか分かったものじゃないからな」

「ひどーい! 私だって朱音ちゃんの隣に座りたいー! …朱音ちゃん、私何もしないから隣に座っても良いかな!?」

「………と、とりあえず彰人君の隣がいい、かな?」

「そんな!?」


 だが、それで諦めるほど優奈は潔くない。

 何とか食い下がろうとする彼女は、最後の頼みの綱だと言わんばかりに朱音へと縋るが……これも日頃の行いのせいと評するべきか。


 若干目を逸らされながら朱音からも見放された優奈は、ひどくショックを受けたようになりながらしばらく放心状態となっていた。

 …同情の余地はない。全て身から出た錆である。


 後のことは航生に一任することとして、固まってしまった優奈は放っておいてこちらは食事を再開することとしたのだった。




「…そろそろ落ち着いたか、朱音?」

「……そうだね。大分体力は戻ってきたかな……ただ、ちょっと眠くなってきちゃったかも…」

「大分時間も経ったからな……まぁよくここまで持った方だろ。とりあえずここでゆっくりしてたらどうだ? 肩でも貸すぞ」

「んー……なら少しだけそうさせてもらおうかな…」


「……ねぇ、私はいつまで二人のいちゃつきを我慢して見てたらいいのかな?」


 小さな口を動かして昼食を取っていた朱音だったが、それも一通り終えると眠たげに揺らされた瞼を重たそうにしながら目元をこすっていた。

 時間を考えてみれば集合してから数時間は経過しているし、それを考慮すれば朱音もここまでよく持ちこたえたと言うべきだろう。


 意識すれば眠気も比較的抑え込めるとはいえ、それでも我慢をしているという状態に変わりはないのだから眠たくなってくるのも当然だ。

 なので眠たそうにしている朱音に優しく語り掛けていれば……そこに口を挟んでくる者が一人。


 不満気に唇を尖らせながら、己の眼前にて繰り広げられているやり取りにまるで甘ったるいものでも食べたかのような表情を浮かべた優奈が文句をこぼしていた。


「…いちゃついてるって何だよ。普通に話してただけだろうが」

「どっからどう見てもいちゃついてるじゃん! …はぁ、これだから無自覚ってやつは嫌だね」


 激昂したように文句を垂れてくる優奈を適当にあしらいながら寄りかかってくる朱音を支える彰人だったが、そう言われたところでそのようなことをしている自覚など無いのだから困惑するだけである。

 呆れたように溜め息をこぼす優奈の反応はとても気になるところではあったものの……同時に、こちらの言い分なんて理解していないのだろうとでも言うようなリアクションは無性に腹が立つ。


「んむー……彰人君、あったかいねぇ……」

「ああ、悪い。少し揺らしちゃったな」

「だいじょーぶだよ……少しだけ寄りかからせてもらうねー…」

「了解だ。ゆっくり休んでくれればいい」


 しかし、そちらにばかり意識を回している場合でもない。

 現在も彰人の肩に自身の体重を預けてきている朱音の負担にならないようにと体勢を整えなおし、彼女が少しでも過ごしやすいようにしておくことも忘れない。


 その時の彰人が顔に浮かべていた笑みは……穏やかでありながら、すやすやと寝息を立てる彼女を微笑ましく見守る、とても温かなものだった。




「…これ、多分無意識でやってるんだよね? 今の段階でこれとか、先に進んだからあの二人どうなっちゃうの?」

「さぁな……少なくとも彰人はまだ自覚してないんだろうよ。さっき本人が言ってたし」

「マジかー……これで自覚無しってのは流石に驚き通り越して呆れるよ…」


 …そして、そんな二人を見つつ会話を交わすカップルがここにはもう一組。

 朱音に意識を集中させている彰人に気が付かれないようにと小声でのやり取りではあったが、それでも込められた感情は隠しようもない。


 眼前にて行われている光景の一部始終……彰人はあのようなことを言っていたが、正直なところ()()でいちゃついていないというのは流石に無理がありすぎる。

 片や仲の良い男子に完全に身を預けながら端正な寝顔を見せている朱音と、片やそんな彼女を微笑ましそうに見つめる彰人の姿。


 誰がどう見ようとも、それこそ彼らのことを何も知らぬ者がこの景色を見れば間違いなく二人が恋人関係にあると勘違いをすることだろう。

 それほどまでに、今の彰人達からはお互いを信頼しきっている空気が漏れ出していた。


「彰人もあんな顔しちゃってさー……絶対朱音ちゃんのこと好きじゃん! 何で肝心の本人が気が付かないのかな…!」

「こういうのは意外と当事者の方が分かりづらかったりもするもんだからな。…にしても彰人は鈍すぎだとは思うが」

「そうだよね!? 私達、別に間違ったこと言ってないよね!?」


 一見彰人のことをフォローしたように見せかけて、彼のことを刺す言葉を放ってくる航生に強く賛同している優奈。

 もしこの会話内容を彰人が聞いていれば即座に否定の意思を見せてくるのだろうが……その本人が朱音に集中してしまっているため、今ばかりは会話にも割り込んでこない。


 そんな航生たちが行っている雑談兼愚痴のこぼし合いだったが、意見についてはほとんど一致しているようなものだった。


 …普段は彰人も己の内心を冷静に振り返りながら意見を否定してくるため中々話題に挙げることも難しいが、傍から見れば彼が朱音をどう思っているかなどそれこそ一目瞭然である。

 優し気に向けられた瞳からは心から彼女の身を案じていることが伝わってくるし、その中には朱音への純粋な好意だって見え隠れしている。


 素直な感想を述べてしまえば、ここまで条件が揃っておきながら何故好意を自覚していないのかと声を大にして叫んでしまいたいところだった。


「…それに朱音ちゃんだって、彰人ほど分かりやすくはないけど絶対好きよりの感情はあるだろうし……あー! やきもきする!」

「落ち着けって。こっちが焦ったところで意味なんて無いし、そこは本人たちに任せるしかないだろ?」

「……相性はばっちり、両想いだってほとんど確定したようなもの。ここまで来ておいて、進展が見えない二人に何を期待しろと……?」

「…………すまん、俺が悪かった」


 頭を掻きむしりたくなるようなもどかしさを見せつけられ、思わず大声を上げそうになった優奈を落ち着かせようとする航生だったが……その後に彼女から言われた言葉には何も反論することが出来ず、反射的に謝ってしまった。


「こうなったら、こっちの方で色々と画策するしかないね……何でこっちの方が苦労することになるのかなぁ……」

「…程々にしておけよ。彰人から叱られるのは流石に嫌だからな」

「……ぶっちゃけ、ことによってはそれ相応の手段も辞さないよ」


 彰人が関わらない、認知していない舞台裏での言葉の応酬。

 そこにて繰り広げられていたのは……ある意味陰の立役者とも言える、二人しか知らない苦労が見え隠れしていたのだった。


本人たちからしてみればごくごく自然にやっているんでしょうけど、周りから見れば被害は甚大。


というか、まだそれなりに事情を知っている航生と優奈だからこそこの程度で済んでいますが、多分他のクラスメイトとかに見られたら砂糖吐かれると思います。

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