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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第五十五話 元に戻る距離感


「いやー、気持ちよかったー! あれは評判になるのも納得だね! 朱音ちゃんも後で一緒に行ってみない?」

「そ、そうだね。時間があったら行ってみようかな」


 彰人と朱音が人知れずハプニングを巻き起こし、それぞれの感情を揺さぶられた後。

 いつの間にか戻ってきていた優奈とも再び合流し、今は彼女が体験してきたというジャグジーの感想を朱音が聞かされている最中だったが……そんな彼女の様子はどこか挙動不審である。


 …まぁそれも致し方ないことか。

 偶然のアクシデントだったとはいえ、彰人とキスをしかけるという状況に陥ったのだから動揺するのも当然の話だ。


 むしろ、これで平然としていられたらその方が驚くくらいである。


「…彰人よ、俺の目から見た印象なんだが……なんか間宮さん、顔赤くないか?」

「……気のせいだろ」

「そうかぁ? …なーんか怪しい匂いがするんだが……俺たちがいない間に何かあったんじゃないのか?」

「だから何も無いっての……それよりも航生、サウナ行ってたんだろ? そっちはどうだったんだよ」

「おっ、そこに触れてくれるか? それが聞いてくれよ! これが中々に良いもんでな…」


 そして、彰人の方にはこちらも気が付かぬ間にサウナから戻ってきていたらしい航生が話しかけてきている。

 彼の方はどこか神妙な顔を浮かべながら優奈と楽し気に会話を繰り広げている朱音を見つつ、どこか違和感を感じたようだが……そこに関しては彰人から話すことは無い。


 というか、話せるわけがない。


 優奈と航生。彰人が知る限り誰よりもこちら側の関係性に深入りしようとしてくるやつらに先ほどの一件を知られたりすれば……ろくでもないことになるのは必至。

 なので誤魔化しと誘導も兼ねて、さっきまで航生がいたであろうサウナに関することを聞き出してみれば目論見通り、意気揚々と語りだしてくれた。


 その友の話を横目にしながら、彰人もちらりと朱音の方に目を向けてみれば…確かに、自然体で話しているように見せてわずかに頬を赤くしている朱音の姿が視界に入ってくる。

 原因は十中八九、先ほどの彰人とのハプニングなのだろうが……正直、こちらとしても彼女との接し方が気まずすぎて分からなくなってしまった。


 …実はあのハプニングの直後、不用意に身体に触れてしまったことを謝罪しようとして言葉を投げかけようともしたのだが、少しでもこちらからアクションを振ろうとすると朱音は全身を大きく跳ねさせて顔を背けられてしまうのだ。

 横顔から覗く耳が赤く染まっていたことから、おそらく先刻の出来事を思い出して照れているのだろうということは分かるが……それでも困った状況であることには変わりない。


 今も優奈と話しながら彼女の方を見ているが、目があいそうになると途端にバッ! と顔を背けてしまうので、少しショックでもあった。


「……んん? 朱音ちゃん、何か顔赤くない? もしかしてのぼせちゃった?」

「へ? そ、そうかな……いつもと変わらないと思うけど…」

「う~ん……パッと見た感じは特に変でもないんだけど、なんか挙動不審というか……もしかしてだけど、私たちがいない間に彰人と何かあった?」

「えっ!? …う、ううん。何もないよ、本当に」

「……ほほぉ。これは面白い話題が引き出せそうだねぇ~!」


 …なお、カップル同士ともなると考えることは同じと言うべきか、先ほど彰人が航生から受けていたような質問を朱音も同様にされていた。

 その返答というか態度のあからさまさから、ほとんど自供しているように近いものだったが……そこから優奈が浮かべた怪しげな笑みに関しては、触れない方が良いだろう。




「さーて! この後はどうする……って言いたいところなんだけど、私お腹空いてきちゃった。時間もちょうどいいし、ここら辺で何か食べに行かない?」

「そうだな……確かに俺も腹は減ってきてるし、ちょうどいいかもな。彰人! 一回風呂出て食べに行かないか?」


 散々朱音に構っていた優奈だったが、それも次第に時間が経てば落ち着いてくる。

 一旦テンションが落ち着いてしまえばおかしな言動もなりを潜めるため、そのタイミングで告げられた昼食の補給は確かにちょうどいい提案だった。


 近くにある時計を確認してみれば時刻は昼時に差し掛かっているし、この施設内にはフードコートにも似たレストラン街が用意されているためそこに向かってみるのもいいだろう。


「俺は別にいいぞ。朱音は……どうする?」

「ひゃいっ!? …あ、えっと……私もお腹空いてきたから、何か食べたいかな…」


 …相変わらず朱音の反応はよそよそしいものから変わらなかったが、そこばかりは彰人が何とか改善していくしかない。


「…やっぱり、二人の間に何かがあったみたいだね。これは後できっちり聞き出さないと…!」


 そして、その隣で何やら怪しげなことを企もうとしている優奈の姿が目に入ってきたが、今回ばかりはそこも無視である。

 いつもならばそこで忠告を挟んでおくのが彰人だったが、今だけはそこを気にするだけの余裕も残っていないのだから。


「じゃあお昼を食べるのは決定だね! それじゃあ一回水着から着替えて、更衣室を出たところで集合する?」

「そうするか。よっしゃ彰人! 早く行こうぜ!」

「あぁ……いや、やっぱ少し先に行っててくれ。ちょっと…朱音と話したいことがあるからさ」

「あ、彰人君…?」


 昼食を食べに行くと決まった瞬間に更衣室めがけて向かって行きそうな航生に彰人も後に続こうとしたが、それは踏みとどまり彼らには先に行っててもらうこととした。

 その理由は……他でもない、朱音と二人で話す機会を作るためである。


「…? それは良いけどよ…一体何を……むぐっ!?」

「むっふっふ…ほら航生。私達は先に行こう! …彰人、朱音ちゃんのこともちゃんと送ってあげなよ?」

「分かってるよ。…助かる」


 するとその彰人の発言に何かを察したのか、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら疑問を聞き返そうとしてきた航生の口を塞いで間に立ってくれた優奈。

 …今ばかりはその対応に感謝してもしきれない。


 大方、これから彰人がしようとしていることに何となくの当たりをつけて航生を引っ張って行ってくれたのだろうが、ここから先に言うことは二人に聞かれたくないことでもあるためその方が都合が良いのだ。

 …まぁ、大まかな事情を察しているという事は後から余計な追及が飛んでくる可能性があるということでもあるため一概に良いことばかりというわけでもないが、今回だけは大きな助け舟として機能してくれている。


 そうして優奈たちがその場から去っていき、この場には朱音と彰人の二人だけが残される。


「………朱音」

「は、はいっ! …は、話したいことって何かな…?」

「そうだな……色々と言いたいことはあるんだけど……まず何よりも、すまんかった!」

「……えっ?」


 二人だけが残された静かな空間。

 気まずそうに視線を泳がせながらも必死に会話を紡ごうとしてくる朱音に対し、向き合った彰人がまず最初に行ったことは……謝罪だった。


「さっきのこと…偶発的なものだったとはいえ、俺が朱音に不快な思いをさせたことに変わりはない。…だから、許してもらえるかは分からないけど謝らせてほしいんだ」

「………あ」


 その謝罪が意味することは先刻の出来事に対する誠意を見せることだ。

 …彰人も半ば不可抗力だったし状況を考えればむしろ被害者だとも捉えられるが、それでも本人はそう考えてはいなかった。


 自分も意図して行ったわけではないとはいえ、彼女の許可もなしに密着してしまった上……取り返しのつかない過ちを犯すところだった。

 ゆえに、仮に許しを貰えなかったとしてもそこに対する謝罪はしておくべきだと判断したのだ。


 そして…それに対する朱音のリアクションは、戸惑いが入り混じった返答である。


「ち、違うのっ! 確かに私もびっくりはしたけど……あ、彰人君とああなったことが嫌というわけではなくって……」

「…そう、だったのか?」

「……うん。彰人君のことを避けちゃってたことは…は、恥ずかしかったからであって…決して彰人君に触られたことが嫌だったとかそういうことではないの」


 あたふたとしながらももたらされた返事には焦るような口調が入り混じっていたが……どうやら両者の間には多少の認識面で齟齬があったらしい。

 てっきり彰人としては彼に肌を触れられたこと、そしてそこに追い打ちをかけるように距離を近づけてしまったことが不快だったからこそ微妙な距離感を保たれていたのかと考えていたのだが、的外れも良いところだったようだ。


 彼女曰く、別に彰人と接近してしまったこと自体は問題でもないらしく……朱音が意識していた点としては、ただ単に気恥ずかしかったからという理由だったからだとか。

 …正直、もっと深刻な展開を想定していた身としては想定よりも遥かにあっさりと勘違いが解決したことに呆気にとられたくらいだ。


「…そういうことだったんだな。それなら少し…安心した」

「こっちこそごめんね。彰人君に無駄な心配をさせちゃったみたいで……」

「いやいや! 朱音が謝ることでもないって! …これに関しては俺の不注意でもあったんだから、朱音一人の責任ではないよ」

「……ふふっ。だったらこれは私達二人の責任ってことかな?」

「そうなるかな……どっちかというと二人とも被害者だったって感じもするけど」


 お互いにお互いの内心を吐露していけば、最終的にはどちらからともなく二人とも悪かったわけでも無いという結論に着地しようとしていた。

 先ほどまでの気まずかった空気感もどこへやら。

 はにかみながらこちらを揶揄うようにして言葉を述べる朱音に対し、そこに苦笑を浮かべながら言葉を重ねていく彰人とのやり取りは…すっかりいつものものへと戻っていたのだった。


「……戻ろっか。優奈も一人で待ちくたびれてるだろうし」

「そうしよう。…後であいつから何て言われるかなぁ」

「どうだろうねぇ………あっ、そうだ」

「ん、どうした朱音……?」


 緊張したように引き締められていた場の雰囲気は既に弛緩したものへと戻り、これ以上この場所に留まる理由もなくなった。

 なので二人で友人が先に向かってしまった更衣室へと進もうとすれば……そこで何かを思いついたかのように片手を彰人の方へと差し出している朱音の仕草に、動きを止めることとなる。


「…ほら、また私一人で歩いてたら転んじゃうかもしれないから……良かったら手を繋いで連れてってもらえないかな? もちろん、彰人君が良ければだけど」

「………その聞き方は何だかズルくないか? 断る選択肢が元から消されてるみたいなんだが…」

「ふふふ、気のせいじゃない? …それで、連れてってくれる?」

「…仰せのままに」


 朱音から提案されたのは、目的地である更衣室まで彼女と手を繋いで歩いていくという羞恥心をやたらと刺激してくるような行動の一幕。

 当然彰人も普段であればそう容易く受け入れるような真似はしないが……今ばかりは状況が整いすぎていた。


 朱音が言うように、先のような転倒事故を防止するために手をつないでおくというのは理にかなっているし先ほどの罪悪感を払拭するためという名目を果たすことも出来るため断るための材料が少ない。

 それに何より……彰人を試すように真っすぐと目線を合わせてくる朱音の期待するかのような感情を受けてしまえば、拒否することなど出来やしなかった。


 それらの材料が揃った今、ほとんど諦めの境地で彼女の手を握ったが……何だか妙に落ち着かない気がした。

 しかし、それは決して数分前までの居心地が悪い空気感のようなものではなく……不思議と心が温まっていくような類のそわそわとする心境だ。


 握りしめた朱音の手から伝わってくる彼女の体温、ふにふにとした感触を味わいながら歩いていく彰人は……何だか朱音の顔を見ることが出来ず、そのまま無言で足を進めていくのだった。




 …それゆえに、彰人は気が付かなかった。

 彼の背後にいた少女の顔もまた……微笑みながらも、微かにピンクに染まっていたことを。


元の距離感に戻れた二人。良かった良かった。


…だけど、最後……なんか妙ですねぇ……

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