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第五話 対応の仕方


「…疲れた。あそこまで執拗に聞いてこなくてもいいだろ……」

「はっはっは! まぁ男子の心情を考えたらあれくらいが自然なくらいだろ。とりあえずジュースでも飲んで元気出せって」


 朝からまさかの朱音とのやり取りが勃発してしまい、それによってクラス全体に衝撃をもたらしてしまった一部始終を経た彰人はというと昼休みとなった現在でも疲れたような表情を浮かべていた。

 そしてその隣では航生が大声を張り上げて笑いを漏らしており、一応ここまでの流れを汲んで同情はしてくれているのかそこらの自動販売機で買った飲み物を手渡された。


 …彰人が疲れている原因は言うまでもなく朝の朱音との会話による一部始終から発生したものであり、あの一幕を見せてしまった直後から彼はクラスにいた者達からとてつもない質問攻めにあってしまった。

 何故彼女とあそこまで親し気に話していたのか、一体昨日朱音と何をしていたのか、そのクッキーを少しでも良いから分けてほしい……等々。


 最後のものに関してはどこか欲望が混ざっていたような気がしないでもないが……ともかく朱音との関係について根掘り葉掘りと深掘りをしようとしてくるクラスメイトの対処に朝から追われることとなってしまい、その疲れが昼の今となっても抜けきっていないのだ。

 ちなみに、彰人がそのようなことになっている間に朱音が何をしていたのかというといつもと何ら変わらない様子で机に突っ伏して眠りこけていた。


 …朱音が起きていれば事情説明ももう少し楽に済んだのにと思わないでもなかったが、あの状況では無理に起こしたところで騒ぎを悪化させるだけだろうとも予想できたのでそこはまぁいいだろう。


「にしてもよ……まだ信じられないんだよな。その…彰人が間宮さんを起こしたって話がさ」

「またそのことか? 俺だってやったら出来たってだけのことだし別におかしなことでもないだろ」

「いやいや! 十分おかしいって! …だってあの間宮さんなんだぞ? 何があっても起きないって言われてたあの人を普通に起こせたって言われてもな…」


 するとそんな会話の中で航生が顎に手を当てながら考えるような素振りを見せ、こちらを疑うようなことを言ってくる。

 航生が口にした疑問はある意味クラスメイトにも詳しい経緯を説明する中で最も驚かれたことであり、そしてまたほとんどの者に信じられなかったことでもあった。


 その内容というのは、先日彰人が朱音を起こす際に声を掛けたタイミングですぐに目を覚ましたという流れに関することだ。

 今思い返してみてもあの時は普通に呼びかけただけで彼女も自然と起き上がってきたし、その後の反応を含めて考えても特に変わった点など無かったはずだ。


 なので素直にありのままの事実を白状しただけなのだが……それがまともに受け止められることは無かった。

 いくら説明したところで「でも、間宮さんがそんな簡単に起きるとは思えないしな……」なんて言われるだけだったので彰人とクラスの間ではどこか朱音に対する認識に差があるようだった。


「どう言われようと俺はあそこで言った通りのことしかしてないぞ。それ以上は何もない…というか詮索しすぎるのは間宮にも失礼になるからな」

「…そう言われたら何も言い返せないんだけどな。まぁそこら辺はまた追々聞いていくとするわ!」

「やめるわけじゃないのかよ…」


 てっきりこの流れならば追及自体を諦めてくれるのではないかと淡い期待を抱いていたのだが、それは単なる幻想に過ぎなかったようだ。


「そりゃそうだろ! こんだけデカい話題性のあることを彰人が持ってるってんだから、それを放っておく方が野暮ってもんだ!」

「それ、俺の苦労が全く考慮されてないよな?」

「そこはあれだ。友人としての特権ってやつだな!」

「堂々と言い切ることじゃないっての……」


 どこまでも変わらない、いつもの調子で彰人のペースを乱してくる航生の発言には呆れにも近い感情が芽生えてきてしまうが、それと同時に余計な遠慮をしてこない会話の仕方には言い表しにくい心地よさというものがあった。

 この疲れ切った身体にはそれが尚更顕著となっており、いつしか彰人もそれまでの疲労感すら忘れて会話に没頭していくのだった。





     ◆





「…っと、もうそろそろ戻っておくか? 一応まだ時間に余裕はあるが」

「そうだな……大分教室も落ち着いてるだろうし、一回戻ってみてもいいかもな」


 昼休みが始まってから二十分ほどが経った頃。

 それまでは他愛もない雑談に花を咲かせていた彰人達だったが、それなりに時間も経ってきたので一旦自分たちのクラスに戻ってみようかという話になった。


 今の二人は教室から少し離れた廊下の一角で会話を繰り広げていたのだが、それは休み時間まであの場所に留まっていれば再び怒涛の質問攻めに合うかもしれないという若干の恐れがあったことも理由の一つである。

 一応朝の間に一通りの事情は話しているのでそんなことはならないと思いたいが……経緯を話し終えたからと言ってクラスメイト達の好奇心が収まったかと聞かれればそれはまた話が別だろう。


 これがそこまで目立つことの無い相手との話題であったのならそこまで深掘りされることも無かったのだろうが、何せ関わりが生まれたのがクラスでも屈指の人気度を誇る朱音だというのだから注目されることは必至だ。

 そういった理由もあって一度落ち着いて休めるこの場所へと避難していたのだが……それも今ならば少しくらい空気も落ち着いているかもしれないという根拠のない期待を抱けるくらいにはなってきていた。


「そんじゃ一回帰るか…もうあれだけ言い寄られるのは勘弁してほしいところだが……」

「…あー! やっと見つけたよ! もう、航生ったらどこ行ってたのさー!」

「ん? …おぉ、優奈じゃんか! よくここにいるって分かったな!」


 …すると、教室に戻るかと彰人が言いかけた途端に別方向から二人に向かって声を掛けてくる少女が姿を現した。

 彼女は二人を見つけると同時に怒ったような、しかし一方では嬉しそうな声色を感じさせながら早足でこちらまで歩み寄って来ていた。


 彼女の容姿は分かりやすくまとめてしまえば活発。より分かりやすく表すならばはつらつとした雰囲気を思わせるものだと言えよう。

 わずかに色素が薄くかかっている長い茶髪をポニーテールにして揺らしながら駆け寄ってくる姿からは彼女自身の楽し気なオーラがこれでもかと滲んでいるし、その顔立ちもまた()()である航生と並んでも全く見劣りしないどころか彼らの魅力を引き立てていくくらいだと言えるだろう。


 そのプロポーションもまた一般的な高校生と比較してもかなり育っている方だと思うし、実際クラスに朱音という飛び切りの美少女がいるため話題に上がりづらいというだけで普通の感性を持つ彰人をもってしても十二分に彼女も美少女と言い切れるだけの要素を兼ね備えていると思える。

 こんな子と付き合えたらさぞや楽しい日々が過ごせるのだろうと思うこともあるが……そんな空想をまさに体現した男が今隣にいる状況なのでもはや感心してしまいそうにもなるが。


「ふーっ、やっと追いついたね! あっちこっち走り回ってようやく見つけたんだから、もう離さないよ?」

「悪かった、先に優奈にも言っておけば良かったな。走り回らせたりしてごめん」

「いいよ別に! …まぁそこまで言うなら抱きしめてくれても良いけど?」

「お安い御用だ! なら早速……」


「…おい、一応俺もここにいるんだから人前でいちゃつくのも大概にしてくれ」


 …そして何故か航生の元へと辿り着いた途端、それまでの楽し気な雰囲気から一転して隣に居る彰人のことすら無視しながら甘い空気を放ち始めるカップル。

 別に恋人同士の仲が良いことは歓迎すべきことなのだが、それでもここまで露骨に存在を認知されないとなると思わず素で言葉を挟んでしまった。


「あ、彰人いたんだ。やっほー!」

「やっほーって……さっきからずっとここにいたんだからせめて無視はしないでくれないか?」

「いやーごめんね! つい航生がいたからそっちに目がいっちゃって……てへっ!」


 そう言って舌を出しつつ非常に軽いノリで謝ってくる少女の名は野村(のむら)優奈(ゆうな)。言うまでもなく航生の彼女であり、彰人にとっても友人だと言い切れる相手ではあるのだが……そのような仕草をされたところで出てくるのは軽い溜め息ばかりである。

 彼女とも付き合いを始めてから何度似たようなやり取りをしたのかも把握していないくらいなのでもう慣れてしまったものだが、自分の恋人最優先とは言っても完全な無視は勘弁してほしいところだ。


「…まぁいいか。で、何しに来たんだよこんなところまで」

「ん? さっき言ってなかったけ。普通に航生に会いに来たんだけど……あぁそうそう! それと彰人に話聞きに来たんだった!」

「俺に?」

「うん! クラスで噂になってたから聞きに来たんだけどさ……彰人、間宮ちゃんとなんか面白いことになってるんだってね!」

「…あぁ、そのことか」


 しかし優奈も彰人たちがいるところまで何か目的があって駆け寄ってきたようだったので、話題を戻すためにもそれを問いかけてみた。

 するとどうやら優奈がここまで二人を探しに来ていたのは単に航生に会いに来たかっただけという心理もあったようだが……それと同等の目的として今クラス内でもホットなテーマを嗅ぎつけてしまったらしい。


 …まぁ、優奈ほどの好奇心旺盛な人間であればあの話を耳に入れるのにもそう時間はかからないだろうと踏んでいたが、それはそれとして厄介な人物に知られてしまったとも思った。

 できることならしばらくは優奈にこの話を聞かれないようにしておきたいとも頭の片隅では考えていたのだが、それも無駄な希望的観測でしかなかったらしい。


「いやー私も驚いたよ。まさか彰人とあの間宮ちゃんにそんな繋がりがあったとは……これはもうお付き合いまで秒読みってことだよね!」

「何でそうなる!? …マジでそんなんじゃないから妙な憶測は勘弁してくれ」

「またまたー、照れちゃってさ!」

「照れてねぇよ! …航生、お前の彼女なんだからどうにかしてくれ」

「……すまん。そうなった優奈は俺にはどうにもできん」


 …彰人が朱音との話に関する話題を優奈に聞かせたくなかった理由。それはまさにこの会話からも一目瞭然で分かること。

 彼女は普段からその天真爛漫な態度でクラス内のムードメーカーとして立ち回ることも多く、それゆえにいつもは暴走気味になることはあっても他人の踏み込んでほしくない箇所にはそう易々と入り込んできたりはしないのだが……どういったわけかその対象が恋愛沙汰になるとブレーキが取っ払われてしまうのだ。


 その証拠に今目の前では鼻息を荒くしながらこちらの関係性を探る……いや、頭の中で妄想を広げている彼女の姿があるし、その規模は時間を経つごとに増していっているようでもあった。

 …だから聞かせたくなかったんだがな。こいつにだけは……



 その後、彰人の言うことも意に介さずに気にすることなく、話を聞く様子もない優奈に翻弄されることになるのだがそれはここでは割愛しておくとしよう。



猪突猛進系女子、優奈が参戦。


見た目としては動物で例えるなら猫、中身はイノシシという性格になっています。

…女子にイノシシとかいう表現が当てはまるのは果たして良いのだろうか。

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