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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第四十四話 思いがけない選択


 軽く食事の挨拶を終えると彰人は、まずテーブルの上に置かれていた中でも一際存在感を放っていた豚の生姜焼きに箸を伸ばしていった。

 主菜ということもあって気になっていたという点もあるが、やはりこの数多く並べられた品目の内で最も強い香りを漂わせていたので真っ先に味わってみたいと思っていたのだ。


 ゆえに、その本能に従って切り分けた肉を自らの口に運んでみれば………その出来栄えに驚かされることとなる。


(……おぉ! 美味い!)


 まず口にしてみて真っ先に広がってきたのは、何よりも絶妙なその味付けである。

 普通生姜焼きと言えば家庭によって味わいというのは幅も出てくるものだと思うし、実際彰人の家では塩気の強い味で出されることが多いのだが……この料理は思わず感動してしまうくらいにはバランスの取れた味付けがなされていた。


 塩辛すぎるわけでも無く、かといって甘すぎるわけでも無い。

 甘辛いという表現がまさに当てはまる加減をされた味に加え、生姜特有の仄かな辛みも相まって至上の美味さというものを実現している。


 さらに他にも、生姜焼き以外に添えられていた味噌汁なども飲んでみるがどれもいちいちリアクションが取れてしまうくらいには感動的な温かさがあった。

 …これに関しては、彰人が出来立ての手料理というものを食べたのが久方ぶりだったということも関係しているだろう。


 もう随分と長く時間が経ってしまっているので彰人自身でさえ忘れかけていたことでもあるが、彼の両親は二人とも仕事に出てしまっているので家で手料理を作るということがほとんどない。

 …もちろん、時折帰ってきた時には母親なんかが料理を作ってくれるので皆無というわけではないものの、滅多にないという点は変わらない。


 それに重なるように……彰人個人には調理技術が全く伴っておらず、一度料理をしようとすれば失敗することが明白であるため彼一人ではそもそも料理をするという発想にはまず至らない。

 結果的に今日までほとんど人が作った料理を口にする機会がなく、それゆえにこの瞬間に食した確かな熱を持った料理の完成度に対する感動も一塩になったわけであるが……その様子を見ていた二人は同様の感想を抱いたらしい。


「…ふふ。お味の方はいかがかしら? その様子を見ていれば悪くはなさそうだけれど」

「……美味しいです。これだけのものは久しぶりに食べましたよ」

「それなら良かったわ。おかわりもいっぱい用意してあるから、どんどん食べていってね?」

「…ありがとうございます」


 夢中になって食事を楽しんでいる最中に意識外から声を掛けられてしまったが、思い返してみれば今ここは朱音の家だった。

 …つい料理が美味すぎたために集中しすぎてしまったが、それは友人の家だということすら忘れて食事に夢中にさせてしまうほどの魅力を有するこの献立が凄まじいと言うべきだろう。


 周囲の目があることすら忘れ、ほとんど素の状態でがっついてしまったところを見られてしまったのは若干気恥ずかしかったが……そこは完全に自業自得であるため、苦笑しながらになってしまったが何とか鳴海との応答をこなしておいた。


「それにしても、やっぱり男の子だからなのかしら? 凄い食べっぷりよねぇ……うちは子供も朱音しかいなかったから、何だかこうしていると息子が出来たみたいね!」

「…んむ? そうですかね?」

「そうよ! …そうそう、それと良い食べっぷりを見せてもらって思い出したけれど、この中だとどれが一番美味しかったかしら? 参考までに聞かせて貰ってもいい?」


 だが鳴海はそんなことを全く気にした様子はなく、それどころか微笑ましいものを見るように優しい視線を彰人の方へと向けていた。

 向こうも向こうで、自分の子供が娘一人しかいなかったために自宅に男児がいる現状というのが新鮮に感じたのだろう。


 楽しそうに微笑みながらこの光景を目に焼き付けているようにも思えた鳴海の言動だが、その途中で質問を織り交ぜた会話が飛ばされてくる。

 …が、これは少し答えるのが難しい問いかけだ。


 さっきから思っているので今更なことではあるが、言うまでもなくここに並べられている料理は全て絶品である。

 それこそ優劣をつけるのが遥かに難しいレベルで高い完成度を誇っているため……どれが一番かと聞かれてしまうと言葉にも詰まってしまう。


 どれもこれも最高の出来栄えだからこそ、明確な順位付けをしてしまうことすらもおこがましいのではないかという思考が無意識に生まれてしまい、躊躇してしまっていたのだが……問われてしまえばそうもいかなくなる。

 しかし答えないというのもそれはそれで失礼に当たってしまうため、自分の中でどれが一番口に合っただろうかと一通り思い返してみると………


「…これ、ですかね。何となくの違いですけど、この卵焼きが一番美味しかったと思います」


 そう言って彰人が指し示したのは、メイン級のインパクトを残した生姜焼きでもなくホッとするような安心感を与えてくれた味噌汁でもなく……その脇に添えられていた綺麗な卵焼きだった。

 これを選んだ理由としてはそれほど大層なものがあるわけでも無い。単純に彰人の好みにぴったりと合致していた一品だったからだ。


 これは少し我儘な話になってしまうかもしれないが、彰人は卵焼きの味付けとしては出汁をきかせた風味のあるものよりもどちらかと言えば甘みに比重を置いた仕上がりの方を好んでいた。

 だがそれもただ甘ければいいというわけではなく、卵という素材本来の味に隠れてふわりと感じる程度に甘みを感じられるものがベストだとしていた。


 そんな面倒くさすぎる嗜好を抱えていた彰人だったが、いくら好きだからと言ってもそこまで細かい味付けの微調整を作ってもらう相手に対して行うのは流石に忍びない。

 自分で作れればそれも万事解決していたものの、それも出来ないので自分にとっての理想の味に辿り着くことは不可能だろうと思っていたところに現れたのが…この卵焼きである。


 一口食べてみた瞬間に分かったが、まず第一印象からして舌の上に広がってくるほのかな甘みが完璧だった。

 しかしそれも大味というわけではなく卵という素材の良さを邪魔せずに感じられるものであり、まさしく彰人の好みそのものという料理を味わうことが出来た。


 そうした経緯もあって選んだものだったのだが……何故か彰人が卵焼きを示した途端、キョトンとしたような表情を鳴海が浮かべた後にやたら嬉しそうなニマニマとした笑みへと変化していった。


「…あの、何か変なこと言いましたかね?」

「うふふふ。いえ、そんなことないわよ? ただ、さっきここにある料理は私が作ったって言ったじゃない?」

「ええ、それは聞きました」


 どうしてか微笑ましいものを見るような目から弄る対象を見つけたと言わんばかりの目へと変わっていった鳴海だったが、あまりにも急な変化であったため何故そんな反応をされるのかが彰人には分からない。

 それは今のやり取りを経ても変わらないことではあったが……次の瞬間、彼女から放たれる一言によってその状況は一変する。


「それなんだけどね……実は、その卵焼きだけは私じゃなくて朱音が作っていたのよ! まさか本当にそれを選んでくれるとは思ってなかったけど…これも以心伝心ってやつなのかしらね~!」

「……え、朱音…本当か?」

「………うん。私が作ったもので間違いないよ」


 …今彰人が選んだものが鳴海作のものではなく、実は朱音が作っていた品だった。

 それを聞いた彰人は自らが意図せずに彼女の手料理を好んでいたのだということを自白していたのだと理解し……とっさに彼女に確認をしてみるがその返答は肯定の意。


 自身の手料理が褒められたからか、それとも彰人の嗜好と自分の料理の味付けが合致していたからか……微かに頬を赤く染めながらも首を縦に振っていた。


「こんなことってあるのね~。二人の仲が良さそうで何よりよ!」

「……まぁ、その…ありがとな、朱音。滅茶苦茶美味かったよ」

「喜んでもらえたなら…作った甲斐があったかな」


 喜色を含んだ笑みを崩すことなく言葉を続ける鳴海の傍ら、気恥ずかしさこそあったものの朱音が作ってくれたという卵焼きを一番に選んだことは確かなので、その礼は言っておいた。

 そうして礼を伝えられた朱音はというと……まだ頬に集まった熱は変わりなかったが、それでも嬉しいという感情もあったのかはにかみながら返してくる返事は…何とも可愛らしかった。


 その後、何となく羞恥から気まずくなってしまった空気感の中で夕食は続いていった。

 その中で恥ずかし気に顔を伏せていた朱音と苦笑を浮かべながら出された食事を味わっていた彰人の両者をニコニコとしながら見つめていた鳴海が内心で何を考えていたのかは……推して知るべしである。


卵焼きに関しては並々ならぬこだわりがある彰人。


そんな彼の好みにぴったりとハマる味付けをした朱音……こんなのにやついてしまうのも致し方ないってやつですよ。

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