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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第四十三話 雰囲気の違い


(……ヤバい。全く落ち着かないぞ)


 彰人が朱音の自宅に招かれてから一時間と少しが経とうとしている頃。

 どういうわけか、夕食をご馳走になるという流れになったため大人しくリビングにあるダイニングテーブルにて待機していた彰人だったが……冷静になってしまうと現状に対する緊張が募ってきてしまった。


 …よくよく考えてみなくとも少し振り返れば分かることでしかないが、今彰人がいるのは朱音の家である。

 より具体的に言ってしまえば、同じクラスの女子が普段から生活をしている空間に居るのだという事まで意識が回っていなかったのだ。


 先ほどまでは鳴海との会話に集中していたことと受け答えに全力を注いでいたことが幸いして、そこまで考えは至らなかったが……一度落ち着いてしまえば状況も変わってくる。

 シチュエーションゆえに意識しないようにと心がけてはいたが、慣れない場に放り込まれているという状態そのものと仲の良い女子の家を訪れているという環境から、どうしても落ち着きが欠けてきてしまいそうだった。


(それに……気のせいかもしれないけど、朱音の家って何というか…裕福なのか? うちとはかなり雰囲気も違うんだよな…)


 さらにその落ち着きの欠如を早めている一因として、彰人の自宅とはかけ離れているこの家の雰囲気も挙げられるだろう。

 パッと見渡して見ても分かるが、リビングだけを眺めてもその傾向は顕著なものである。


 見慣れた自宅とは全く違う……色合いが統一された家具にてまとめられた部屋は静謐な空気を思わせつつもそれと同時に漂っている高級感を感じ取らせてくる。

 まさに上品な空間とでも評するべきか。暮らしている者達の生活態度に家の方までも引っ張られでもしたのだろうか。


 間違っても彰人が日々を過ごしている家とは似ても似つかない場であり、どこか自分がここにいることが場違いなのではないかという気すらしてくる。

 もちろん招いた側でもある朱音や鳴海はそんなことなど微塵も思っていないだろうが、こればかりは彰人個人の心持ち次第なのだ。


 極論、慣れるまではこのままの状態が継続するものと思って相違ないだろう。


(あとは意識しないように気を付けてたけど…なんか時々、どこかから甘い香りがするような……)


 …そしてここで過ごしている最中にも時折感じていたもので、気にかかっていたものがまだ一つ残っていた。

 それはここに訪れた時点から感じていた違和感。いや、場合によってはここに来る前から感じ取っていたものとも似ている気がする。


 ふわりと香ってくるような甘い匂い。

 それはまるで、数時間前に知ったばかりの朱音の香りに近いような………


(…っ! 馬鹿か俺は! 何変態的なことを考えてるんだ!)


 だがそこまで考えた辺りで、無理やり己の思考を打ち切った。

 いくら友人宅で新鮮な場だからとはいえ友人の、それも朱音の香りを思い出すなど最低すぎる行いである。


 邪な方向に向かいかけていた自らの心は正し直し、内心で馬鹿げたことを考えそうになった思考を修正しながら朱音に対する罪悪感も湧きあがってきてしまったが……こんなコンディションでは彼女に合わせる顔がないため、何とか持ち直す。

 自分でも相当に低俗すぎる思考回路だったことは自覚しているため、流石に反省ものである。


(止めだ止め、こんなこと考えるのはもうよしておこう。…っと、そんなことよりも台所の方から何か……いい匂いがしてきたな)


 それにいつまでもこんなことばかり考えているわけにもいかない。

 何か別のことに意識を逸らそうと考えを変えてみれば……そこでふと、さっきまで感じて取っていた香気とはまた別の香りが漂ってきていた。


 甘さを伴っていた匂いとは全く違う、例えるならばホッとするような温かさを思わせるような熱を有したものであり……それが香ってくる先は現在進行形で料理が作られているキッチンからのようだった。

 朱音と鳴海が踏み入ってから数分が経ち、その時から微かに穏やかな香りはしていたものの……いよいよ完成間近となってきたのか、ここにきてその予兆も強くなってきたのだろう。


 朱音たち親子二人で調理をしている姿を眺めながら、彰人一人でゆったりとした時間を過ごすというのは何とも変則的な状況であることも理解していたが……それでもこの現状が、他の男子からすれば垂涎の的となることも確かなのだろうということを彰人はよく分かっていた。

 そこに至るまでの過程がどうであれ、今更言うまでもなく飛び抜けた美少女である朱音と、彼女の母親でもありこれまた美人な鳴海の手料理を味わえるという状態。


 これがもし他の連中に知られれば、闇討ちをされたところで文句は言えないレベルで贅沢なものなのだろうということはよく理解している。


(……まぁ、それもかなり綱渡りの結果ではあったんだろうけどな。何か一つ違ってればこうはなってなかった)


 だが、彰人はそれを当然のものだとは捉えない。

 ここまで朱音と近づくことが出来たのはいくつもの偶然が重なってきた結果だろうし、その上で彼女と対等な関係を構築しようと努めてきたからだ。

 それらの心持ちが一つでも欠けていればこうはなっていなかったし、鳴海とて彰人を夕食にまで招こうとはしなかっただろう。


 どれも彰人自身の絶え間なき努力があったからこそ、こうも良好な関係性にまで至れたのだから。


 …そんな柄にもない感慨に耽りつつも、彰人は穏やかでありながらもどこか浮ついてしまいそうな空気感の中で料理が完成するまでの時を椅子に座って待ちながら過ごす。

 完成した品々が運ばれてくるのは、それから数分が経ってからのことだった。




     ◆




「はいはーい! お料理出来たわよー!」

「おぉ…! どれも美味そうです…!」


 活気にあふれた声と共にテーブルに向けてまだ湯気を立てている皿の数々を運んできたのは、これまた満足げな笑みを浮かべている鳴海だ。

 その両手に抱えきれないほどの量の料理をお盆に乗せながら、後ろについてきている朱音も手伝いながらではあったが……なんといってもボリュームや完成度が凄まじい。


 少し見ただけでもメニューは主食の米を始めとして豚の生姜焼きなんかの主菜、そこに加えて副菜がいくつか並べられておりさらには栄養面も考慮されているのか味噌汁まで用意されている。

 勝手な印象としては洋食が出てくるのかとも思っていたので、和食を中心とした献立が出てきたことは少々意外でもあったがそんなことを気にすることも無いくらいには見ただけで美味いと分かるビジュアルを有していた。


「ふふふ、そう言ってもらえると嬉しいわね。それにここにあるのは私だけじゃなくて朱音にもいくつか手伝ってもらったから、かなり美味しい出来栄えになってるはずよ?」

「……正直、凄い楽しみです」

「自分の娘ながら、朱音って本当にお料理が上手なのよね。小さい頃から私の料理風景を見て来たからか知らない間に上達していたし……将来いいお嫁さんになると思うのよね~!」

「お、お母さん……?」


 机の上に置かれていく料理一つとってもその味わいが最高のものであることは容易に窺える。

 鳴海が言うように、料理を得意としている朱音が手伝っているのであればそのクオリティは最早疑うまでもないことである。


 …その会話の中でさりげなく鳴海からアピールのようなものが盛り込まれていたような気がしないでもないが、そこに関しては触れないでおこう。

 触れたが最後、決して抜け出すことも出来ない底なし沼にハマることは目に見えている。

 何を意図して口にしたのかどうかは……まぁ、言うまでもないことか。


「…まっ、そこは今は置いておきましょうか。とにかく冷めないうちに食べちゃいましょう!」

「…それじゃあ、ありがたく頂きます」

「はい、どうぞ!」


 だが今は、それよりも料理が冷めてしまう前に食べてしまった方がいいと鳴海も考えたのだろう。

 食器を並べ終えるのと同時に食事の開始を促されてきたが、ここまでくれば意味もなく拒否する理由もない。


 それどころか本音を口にしてしまえば、目の前に広げられた品々を早く味わってみたいとすら思ってしまっていたので、彰人も出来る限り落ち着いた姿を心がけつつも箸を手に取っていくのだった。


朱音の調理技術が洗練されているのは、母親である鳴海が彼女が小さい頃から教えてきたからという理由があります。


簡単にその時の会話を再現するのなら…こんな感じ?


「…おかあさん。いまなにしてるの?」

「朱音? お母さんは今お料理を作ってるのよ~。危ないからあっちで待っててね!」

「おりょうり? …それ、わたしもやってみたい」

「え? ……うーん。だけど、今の朱音には少し危険だし…もう少し大きくなってからなら良いけど…」

「……やだ。いまやりたい」

「困ったわね……じゃあ…朱音には危なくないことを少し手伝ってもらおうかしら」

「うん、やる…!」


朱音が大体四、五歳くらいの時のやり取り。

意外と朱音の方から指導を志願したというか、料理を作る母親の姿に憧れを持ったとも言える。

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