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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第四十一話 おかしな様子


 突如として鳴海から訳も分からない質問を飛ばされ、奇々怪々な言動も所々で出されていたが……それも一通り彰人が答えてしまえば一応の満足はしてくれたようで、すぐに収拾を見せた。

 …その代償として、彰人の内心では中々消えることの無い羞恥を伴った傷を負うことになってしまったがこればかりは仕方がない。


 あの場の雰囲気を考えれば嘘や出まかせの言葉を口にするだなんてことは考えられなかったし、口にしたことも誤魔化しようもない本心であったために聞かれたところで問題自体はないのだ。

 流石に張本人に聞かれてしまえば気恥ずかしさも倍増していただろうが、伝えたのは鳴海しかいないリビングであった上に彼女もわざわざ朱音に言いふらすような真似はしない……と思いたい。


 いや、信じたい気持ちもあるにはあるのだが、それをするには……少し鳴海の奇怪な言動を見すぎてしまったために言葉には詰まってしまうのだ。

 何せいきなり彰人に対して息子云々という話題を出してきたかと思えば、次の瞬間には朱音に抱いている感情を赤裸々に明かされるという流れを経てきたのだ。

 …何故息子という言葉が出てきたのかという疑問に関しては未だにはっきりしていないし、そもそも彰人にはれっきとした親もいるため向こうの息子になるということも含めてあれはよく分からない発言だった。


 おそらく鳴海としては、()()()()の意味を込めた上での言葉だったのだろうが……流石の彰人といえどもそこまで考えは回らなかったらしい。

 というより、出会ったばかりの友人の母親からそこまでの意図を含めた言葉を掛けられたことまで想定しろという方が無理な話である。


 結果として両者の間には若干ずれたままの認識が広がってしまったわけだが……まぁ、さして問題もないので構わないだろう。

 問題があるとすれば知らず知らずのうちにターゲットとして見定められてしまった彰人から、これまた気が付かぬ間に逃げ道というものを塞がれつつあることくらいだが、そこはもう彼自身の自己責任なので関与するところでもない。


「…あら? もう戻ってきたみたいね」

「ん、本当ですか?」


 それにそうこうしている間にも状況は変わらず進んでいく。

 今も鳴海の方から声を出されてその変化の片鱗が訪れていたようだが……言われてみれば、扉の向こうにある廊下からかすかに足音が響いているような気がした。


 先ほどまでは鳴海と二人きりで話していたために半ば忘れかけてしまっていたが、よくよく思い出してみれば現在この家に居るのは決して彼らの二人だけではないのだ。

 …それはある意味では今までの話題の中心人物でもあったが、耳に入ってきた足音の方向に合わせてパッと振り返って見れば……それと同時にガチャリとリビングの扉が開かれ彼女が姿を現した。


「……ふわぁあ。ただいまー……やっと少し目も覚めて来たかなぁ…」

「…何だかまだ随分と眠たそうだけど、しっかり顔は洗って来たのか?」

「んー……多分洗えてる…はず」


 開け放たれた扉から現れたのは、別れて行動してからそれなりに時間が経っているというのにそれにも関わらず眠たげに瞼をこすっている朱音だ。

 今までの彼女は別行動というか、帰宅してからは洗面所にて少しでも眠気を覚ますためにと洗顔をしてきたと聞いていたが……この分だとその効果はそれほど高く発揮されていなかったようだった。


 まぁとはいっても、顔を洗ったという行動そのもののおかげでつい先ほどよりは格段に受け答えもはっきりと出来ているし、意識だって覚醒してきている。

 この調子ならそう遠くない内に普段通りの彼女へと戻っていることだろう。


「んんー…! …あっ、そっか。彰人君が私のことを家まで運んでくれたんだよね? さっきは言いそびれちゃったけど、ありがとうね。おかげであの場所に寝込まずに済んだよ」

「俺も了承したことだから気にすんな。それよりも、今度からはあんな風にならないように気を付けろよ? 俺だって何回も手助けに入れるわけじゃないんだからさ」

「うん。それはちゃんと分かってるよ」


 軽く全身を伸ばしながら気合いを入れなおすかのような仕草を見せる朱音だったが、そこに続けて口にされた言葉が今後に活かされるかどうかは微妙なところだ。

 …その辺りは朱音本人次第でしかないので余計な口出しもしないが、そこはかとなく頼りない空気感からは不安を覚えて仕方が無かった。


 こればかりは出会ってきてからの経験則ゆえの判断だ。

 ある種の信頼とも取れるが、これまでの付き合いからすれば朱音が一切の眠気を断ち切ることなど到底不可能だという事は目に見えて分かっている。

 まぁ…朱音も意識を張り詰めていればそれも可能かもしれないが、彼女の体質を考慮すればそんな状態を強いるのは酷というものだろう。


 無理を強要してしまえば予想もしていなかったところで影響が出てきてしまうかもしれないし、そんなことは彰人も望んでいない。

 …やはり朱音には無意識の内に甘い対応をしてしまうようだが、彰人もこの対応の仕方を変えるつもりは無いので騒いだところで無駄なことだ。


「……ん、おい朱音。気のせいかもしれないけどなんか顔赤くないか? 風邪でも引いたんじゃないだろうな?」

「えっ? そ、そうかな…?」


 と、そこでふと彰人の意識が向いたのは先ほどから顔を向けていた朱音の顔……その中でもわずかに赤らみを見せていた頬だった。

 それは一見すれば見逃してしまいそうなほど些細な差異であったが、よくよく見てみれば気が付けるくらいには確かな変化。


 朱音本人も自覚はしていなかったようで珍しく戸惑うように視線を泳がせていたが、そんな態度を取られてしまえば心配になるのが彰人という少年である。

 数分前、彼女と別れる前までは何ともない様子で眠そうな姿勢を崩さなかったというのに、いざ再び会ったとなればこの様子。


 まさかとは思うが、出かけている最中に風に当たりすぎて体調を崩したのではないだろうかと不安も芽生えてきてしまう。


「大丈夫か…? ちょっとジッとしててくれ。熱は……なさそうだな」

「あ、あの……多分だけど、体調は問題ないから別に心配しなくても問題ないと思うよ?」

「そういうわけにもいかないだろ…もしそれで本格的に不調になったら困るどころの話じゃないんだ。…ほら、一応顔も確認するからこっち向いてくれ」

「あぅ……は、はい」


 何故か彰人が顔を近づけていけばそれに連動するかのようにさらに顔を赤らめていく朱音だったが、その点には気が付くことなく彰人は彼女の顔をジッと見つめる。

 …軽く額を触ってみた感じだと見た目に反してそれほど熱いというわけでもなさそうだが、油断は出来ない。

 ここで気を抜いてしまえば忘れた頃にぶり返してしまうかもしれないし、そうなってしまえば朱音が苦しむことになるのだ。


 そうなる可能性が目の前にある現状で、みすみす見逃すような真似はしたくない。

 そう思ったがゆえに、肝心の張本人の動揺したような仕草には気づかぬまま様子を確認していこうとするが……そこで、思わぬ方向から横やりが入ることとなる。


「…うふふっ! はいはい、彰人さんもそこまでにしてあげて? 朱音のことなら大丈夫だから」

「え、だけどここで放っておくのは流石に……」

「心配してくれるのは嬉しいけど、今回のは本当に何でもないものだから問題もないわよ。ね? 朱音?」

「えっ? …あ、う、うん……お母さんの言う通りだから、彰人君もそんなに気にしなくていいよ」

「……朱音と鳴海さんがそう言うなら、まぁ…」


 どういうわけか意味深な笑みを浮かべつつ、割り込んできたのはこの場に居た第三者でもあった鳴海だ。

 彼女はどことなくニヨニヨとしたような、まるで朱音の様子のおかしさに気が付いたかのような表情をしていたが……あいにくその時の彰人はそこまで気が回らなかった。


 朱音は朱音で鳴海の言葉に一瞬何を言っているのか分からないとでも言うような雰囲気を醸し出していたが、そちらもそのような空気を出していたのがごくわずかだったこともあり特に言及する時間もなく納得させられた。

 …まだ心の隅で引っ掛かる部分は残っているものの、実の親である鳴海と他でもない朱音からそこまで言われてしまってはそれ以上の追及をするのも迷惑になってしまうだろう。

 そう思って無理な問いただしは避けておいたが……やはり、どこかで頷き切れないものが残っていることも事実だった。


「あ、そうだわ! …ねぇ彰人さん。これから時間はまだあるわよね?」

「時間…ですか? 一応予定も入ってないので問題ないですけど…」

「だったら時間的にもちょうどいいし…せっかくだから、夕食をうちで食べて行かないかしら?」

「え、夕食を?」


 内心で彰人がそんな悶々とした感情を抱えていると、気づいた時には鳴海の方からこの話題に対する意識を逸らされるかのような提案がされてきた。

 どこかこの家にやってきた時とも重なるようなシチュエーションだとも思ったが……確かに時間帯としてはちょうどいい。


 話し込んでいた時には意識もしていなかったが、部屋の壁に掛けられている時計を眺めてみれば時刻にして午後五時過ぎといったところだ。

 ここにやってきたのがショッピングモールから歩いてきたタイミングも加味して四時辺りだったと仮定しても、思っていたより長く語り合っていたらしい。


「…流石にそれは遠慮しておきますよ。これ以上居座って迷惑になるわけにもいきませんから」

「彰人さんがそんなこと気にしなくていいのよ! 私達だって迷惑だなんて思ってもないし、朱音だって彰人さんがいたら嬉しいわよね?」

「え、えぇと……うん。彰人君がいてくれたら…嬉しい、かな?」

「……っ!」


 だが、その言葉に甘えてばかりもいられない。

 もう現時点で彰人は一時間近くこの家に居座り続けてしまったのだから、これ以上の延長は家族で過ごす時間を邪魔してしまうことになってしまう。


 ゆえにありがたい誘いではあったが、帰ろうとすれば……鳴海は一切引く様子を見せず、それどころか朱音を味方につけて彰人を陥落させてこようとしている始末。

 …正直なことを語れば、朱音にそう言われた時点でかなり心は揺らいだ。

 そしてそこに更なる追撃を持ち掛けるように、鳴海の言葉は止まらない。


「それに朱音から聞いたけれど、彰人さんの家はご両親がお仕事でいないんでしょう? だったらなおのこと、うちで食べて行った方が楽しいわよ?」

「……それでも、一方的に甘えるというのは…」

「…うーん、そうね。じゃあこれは朱音を送ってくれたことへの恩返しというのはどうかしら? それだったら気にすることも少ないでしょう!」

「………そ、それなら…」

「決まりね! 朱音、準備をするから少しだけ手伝ってくれる?」

「あ、うん…」


 …勝敗など最初から分かり切っていた。彰人の完全敗北である。

 上手いこと言いくるめられたと言われればその通りだし、こちらの意見に対して真っ向から正論で返されてしまえば拒否するだけの材料を持ち合わせていないので当然と言えば当然の結果ではある。


 …にしては陥落するのが早すぎる気もするが、そこを気にしてはいけない。


 いつの時代も母は強しなのだ。それがたとえ他人の家の母親であったとしても。


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