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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第四十話 突発的な話


 鳴海から対面しつつも想定外の礼を告げられ、彰人もそれに戸惑いつつも受け入れれば両者の間には穏やかな空気が流れ始めていた。

 これはお互いの内心を話し合ったことでどちらにとっても共感できる点が生まれたからか、話し合っている内に緊張感が解けていったからこそなったことだろう。


 どちらにせよ、この落ち着いた雰囲気が続いてくれれば嬉しいとも考えるが……現実はそう理想通りにはいかない。

 何故なら彰人がそのように思考した辺りで、鳴海の方からまた別種の質問が飛ばされてくることとなったからだ。


「…そうそう。少し重い話をしてしまった後で何なんだけど……彰人さんに一つ聞いておきたいことがあったんだわ。少しいいかしら?」

「…? はぁ、自分に答えられることで良ければ、ですが…」


 多少申し訳なさそうなオーラを放ちながら申し出されたのは、今までの会話内容とはまた少し外れるらしいもの。

 特に拒否する理由もないためそちらも若干困惑しつつではあったが、了承の姿勢を見せると……今度はこれまた、別角度から呆気に取られてしまうものだった。


「私から言う事でもないでしょうし、余計なお世話でしかないと思われるでしょうけど…彰人さんは朱音と付き合うことを辛いと思ったことは無い?」

「………えっ?」


 …鳴海から飛ばされてきた質問。

 それは今まで考えもしていなかった……朱音との付き合い方に関するもののようだった。


「こう言っては何だけど、やっぱりあの子が普通ではないということも否定は出来ないの。きっとそれは彰人さんも分かっているでしょう?」

「……まぁ、そうですね。それは理解しています」


 淡々と目の前の女性から語られていく、朱音に関わること。

 それ自体は否定のしようもないし、彰人とてこれまでの時間から朱音が一般的な人間というものから程遠い場所にいることは十分に理解していた。


 だからこそ、彼女の母でもある鳴海が言うことは深く理解出来てしまうのだ。

 …もちろん、彰人はそんなことで朱音から離れていくほど無情でもないしそれもまた彼女の個性だと捉えている。

 それゆえに、その程度のことで朱音との関係性や態度を変えるようなことは無いと断言できるが……そんなことは言葉にでもしない限り伝わるものではない。


 実際、鳴海が懸念していることはそこに関連してくるのだから。


「だからこれは勝手なお願いだけれど……出来ることならあの子と、朱音とは友達でいてあげて欲しいの。もちろん無理強いなんて出来ないけれどね」

「………」


 それはきっと、隠しようもない本心だったのだろう。

 彰人などよりも遥かに昔から朱音の傍に居続け、彼女の性格や立ち振る舞いに難儀してきたこの人だからこそ、何のしがらみもなく接することが出来ている彰人の存在は大きなものとして捉えられているのだ。


 彰人本人からすれば些細なことであっても、価値観の異なる第三者からすれば特別な意味を持つようになることがあるように、この要望もその典型の一つなのだろうから。


「えぇっと……何て言ったらいいのかなんて分からないし、自分なんかじゃ鳴海さんがどれだけ朱音のことを思っていたのかなんて想像もつかないですけれど……少なくとも、俺の方から朱音と離れるなんてことはありませんよ」


 …だが、そんな鳴海の言葉に対して彰人が考えることは非常にシンプルかつ単純なことだ。

 彰人にとっても、朱音という少女の存在は既に心を許せる友人として確固としたものとなっている。


 それこそ、彼女の方から突き放されたりしない限りは自分から離れていくことだなんて考えられないくらいには、彼女と過ごす時間を楽しんでいる自分がいることも揺るぎない事実なのだから。

 そう本心を伝えれば、鳴海もわずかに驚いたような表情を見せながらもこちらの言葉に耳を傾けている。


「俺にとっても朱音が大切な友人であることは鳴海さんに言われずとも変えるつもりはありませんし、言われなくとも向こうから嫌がられない限りは理由もなく別れることはないです」

「………そう。朱音は本当に、貴重なお友達を持ったわね」


 彰人から告げられた言葉を噛み締めるように、その口元に笑みを携えながら言葉を発している鳴海だったが、こればかりは誰に言われようとも変える予定もない彰人なりの考え方である。

 …以前までの彼ならばともかくとして、今の彰人からすれば朱音と意味もなく離れることはそれこそ考えられないことだった。


 他でもない彼女の親を目の前にして口にするのは少し気恥ずかしさもあったが……それ以上にこれを明確に口にしておくことの方が重要だと思ったからこそ、誤魔化すことなくこちらの本音を言ったのだ。


「あと、これは鳴海さんにも失礼に当たるかもしれませんが……個人的な考えとして、親に言われたから朱音の近くにいるというのはしたくないんです。あくまで自分自身が朱音と対等な友人でいたいと思ったからこそ、今の関係を維持したいんです」

「…良く分かったわ、ありがとう。彰人さんなら…朱音を何の憂いもなく任せられそうね」


 そうすれば静かに聞いていた鳴海もこちら側の意見に納得してくれたのか、大きく頷きながら言葉を返していた。

 その一言には万感の思いが込められているようにも思えたが……今の彰人には、その全てを感じ取ることなど到底出来やしなかった。


 …当然か。鳴海が何を思って朱音を見て来たのかなんてことは当人にしか分かりえないことだし、それを共感しようだなんて思うのはおこがましいことだとすら言える。

 今の彰人に出来ることと言えば、それこそ自分の覚悟を表明するくらいのことなのだから。


「それにしても、朱音から話は聞いていたけれどそれよりもよっぽどいい子だったわね。まさかこんなに朱音のことを思ってくれてる男の子がいるなんて……」

「いやいや、俺がしていることなんて本当に大したことはありませんから。そんなことを言ったらむしろ朱音の方に世話になっているくらいですし……」

「……ふむ、そうね。こうなったらいっそのこと、彰人さんにうちの息子になってもらうというのもいいかもしれないわ!」

「…………何と?」


 お互いに内情を明かし、勝手な思い込みかもしれないがそれなりに打ち解けることも出来てきたように思える。

 それに乗じて……と言うのは少しおかしいだろうが、空気も元の和やかさを取り戻しつつあったのでテーブルの上に乗せられたコーヒーを飲もうとしたところで……斜め上すぎる言葉が向こうから飛ばされてきた。


 …いや、本当に突然すぎてまだ理解しきれていないのだが……息子? 何でそんな突飛なことになっているんだ?

 頭の中を駆け巡っている疑問符が止まる様子を見せることも無く循環し続けてしまっているが、それも致し方ないことだろう。


 何せいきなり、それも脈絡もなくこのようなことを正面から言われたというのだから彰人の困惑も当然のものである。


「……鳴海さん? あの…いきなりどうされたんですか?」

「ああ、気にしなくても大丈夫よ? …ところで彰人さんに一つ聞きたいことがあるのだけれど…正直、朱音のことをどう思ってるのかしら?」

「え? 急にそんなこと言われても…別に普通に友人だとしか……」


 しかし鳴海はそんな彰人の同様に構うことなく、先ほどまでと変わらぬ様子で……否。

 つい数秒前までと一見何も変わらないように見えるが、どこかその瞳の奥に見え隠れしている楽し気なオーラからはさっきまでのシリアスな空気感は全く感じられない。


 それどころかその胸の奥底では……何故だか彰人のことを狙いすましたかのような、決して逃がさないと言うような鋭さを思わせて無意識に身体が震えあがってしまいそうだった。


「そうね……これは例えばの話だけれど、彰人さんは朱音のことを異性として見ていたりはしないのかしら?」

「……うん?」


 そしてそんな異様な雰囲気に拍車をかけるように、鳴海からはさらに要領を得ない質問が続いていく。

 朱音を異性として見ているかどうか。


 仮に航生辺りから聞かれていれば何とも思わずに回答していただろう問いかけだったが……まさか話題に上がっている人物の、それも実の親から尋ねられるようなことだとは思ってもいなかった。


「別に深い意味は無いから正直に言ってくれていいわよ? 単純な好奇心のようなものだから!」

「……まぁ、そういうことなら。朱音のことは…正直、普段は普通の女友達って感じですかね。特に思う事もありませんけど……」

「ふむふむ…それでそれで?」


 …心なしかその声色にはワクワクとしたような感情も仄めかしながら彰人の発言に聞き入っているような鳴海だったが、口にしている側としては何の罰ゲームだと思えてならない。

 友人に対して抱いている印象を、その関係者にまで伝えるなんてとんでもなく羞恥心が刺激されていくだけである。


「……けど、時々は…可愛いと思うこともありますよ。朱音ほどになればクラスの男子からも人気者ですしね」

「…なるほどねぇ~。つまり、彰人さんから見たら朱音も可愛い範疇に入るということでいいのかしら?」

「…あくまでたまに、ですけどね。そりゃああいつと一緒に居れば…そう思う時も少なからずありますから」

「なるほどなるほど……これは、可能性も十分にありそうね…!」


(……本当に、何なんだ。この時間は……果てしなく恥ずかしいんだが…)


 自らが抱く感情を赤裸々に暴露させられるという、日常でもまずないであろう状況の一幕。

 この場で嘘を言って誤魔化すことは簡単だが、何となくそんなことをするべきではないとも思ったため素直な心情を明かしたが……それを思わず後悔してしまうくらいには気恥ずかしさが高まっている。


 どういうわけか満足げにしている鳴海は鳴海でぶつぶつと意味が分からないことをつぶやいているし、そんな姿を眼前で見せられている彰人の内心も……未だに意図がつかめない現状に対する疑問と羞恥で埋め尽くされていたのだった。


特に何がとは言わない。言わないけれど…目を付けられた。


分かりやすく言うなら、逃げ場を潰されたって感じです。

あるいは外堀を埋められたとも言う。

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