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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第二章

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第三十五話 出掛け先で


「……ふぅ。ひとまず今日はこのくらいだな」


 先ほどまでカリカリという硬質な音が響いていた自宅のリビングの一角。

 そこで落ち着きながら課題の山を片付けていた彰人は一息つき、目標としていた量の箇所まで手を付けられたことに軽く息を吐きながら微かな達成感を感じていた。


 夏休みが始まってから数日が経過した今。

 彰人はこれといって大きな出来事こそなかったが、その代わりに比較的平穏な日々を過ごしていた。


「課題もこの調子なら今週中には片付けられそうだ。早く終わるに越したことはないし、良いペースだろ」


 現在の彰人が着手していたのは学校側から休みの間に終わらせておくようにと厳命が出されていた課題の山だ。

 長期休暇ともなれば定番とすら言えるものの筆頭ではあるが、彰人たちが通っている高校とてそれは例外ではない。


 実際、担任からノルマとして出された課題を見た時には航生が悲鳴を上げていたのをよく覚えているし、彰人もあいつほどではないがかなりの量を出されたものだと目を丸くしたものだ。

 …が、それも全体を見ればの話だ。


 コツコツと一つずつ片付けていけば気が付いた時には全て終わらせているだろうし、結局は地道にやっていくしかない。

 なので彰人も、こうして一日当たりの勉強ペースを定めて課題に精を出しているが……やってみればそう大したものでもなかった。


 元々の性格として勉強がそこまで嫌いではないというのも関係はしているのだろうが、パッと見た時の量が多く見えただけであって手を付けてしまえばかなり順調に山は削られていく。

 この分ならばそこまで時間をかけずとも課題は片付くだろうし、一段落したら自分のやりたい内容の復習をしてみるというのもいいかもしれない。


「けどどうするかな……今日やるべきことは終わったから、後は自由に動けるけど…特に予定も無いんだよな」


 しかしそんな順調さの中であっても、彰人は悩むこととなってしまった。

 その理由はひとえに今口にした通りだが、今日やるべき課題を終わらせてしまったのでこの後に何をしようかと考えてみたがこれといったことが思いつかないのだ。


 さらに勉強をするという気にもなれない。現状だと手元にあるのが粗方手を付け終えてしまった問題集くらいしかないので繰り返しやるというのも微妙だし、だったら思い切ってゲームでもしてみるかと考えてみるがそれも何だか違う気がする。

 航生と事前に決めていた出かける日程はまだ先のことだし、それ以外だと今から誘えるような相手もいないので本格的に手詰まりになってしまった。


 …暇であることが悪いわけではないし、特に予定も定めず自宅の中で何も考えずに過ごしてみるというのもそれはそれでいいのだろうが……何となく、そういう時間の使い方はもったいない気もしてしまう。

 それから何かすることは無いだろうかと考え続けてみるものの、そうそう良い案なんて思い浮かぶはずもない。

 思考に没頭していけばいくほどに、ドツボにハマりそうな頭の中を延々と繰り返していくかと思われたが……そこでふと、思い出したことがあった。


「あっ、そういえばこの前新刊の発売日だったよな。夕飯の材料も買いに行かないとだし、ついでに外に出てみるか」


 彰人の頭に浮かんできたのは彼が以前から読んでいる漫画雑誌の事であり、記憶が確かであれば数日前にシリーズの最新刊が発売されていたはずだ。

 ただ、この近所で本を販売している書店というものが意外と少なく、買うとなれば少し歩いた場所にあるショッピングモールくらいしかないのでまた今度出かけた機会に出向こうと思っていたのだが……せっかくだ。今日行ってしまってもいいだろう。


 その帰りの道中で何か夕食に使えそうな惣菜を漁ってみればタイミングとしてもちょうどいいし、ちょっとした気分転換にもなる。

 運動がてらの外出とも思えば歩いていくのも悪くないだろう。


 そうと決まれば早々に動くのが吉だ。

 一度目的さえ定めてしまえば行動に移すまでが早いのが彰人の特徴でもあるので、今回もその例に漏れずもたれかかっていた椅子から立ち上がり出掛けの準備を着々と進めていく。


 そのテキパキとした様子からは、少し前までの迷いに頭を悩ませていた雰囲気など微塵も感じられなかった。




     ◆




「ぐっ…! …はぁ。やっぱ一日一回は外に出ておかないと駄目だな。運動もしてるけどそれだけじゃ日光に当たる時間が短すぎるかもしれん」


 自宅から場所は移り、ギラギラと眩しい陽光が照り付けてくる外に身を置いている彰人。

 現在の彼は家から程遠く離れたショッピングモールにて用件を済ませて帰宅している最中であり、久方ぶりに味わう太陽の光を手で遮りながら空を見上げていた。


 こうして体感してみるとよく分かるが、やはり人というのはそれなりの間隔で日光を浴びなければ正常でいられない生き物だと思う。

 数時間前までは家に籠りきりで勉強をしていたので尚更強くそう思うだけかもしれないが、それでも陽射しというものを身に浴びせられることで心なしか課題をこなしていた時の疲労が減っていったようだし、ストレスだって軽減された気もする。


 気のせいだったとしてもこれだけの効果が出ているのだから、たとえ面倒でしかなくとも夏休み中は積極的に外に出てみた方が良さそうだ。


「とりあえず本も買えたしスーパーだけ寄ったら帰るか。あとは夕飯で食べれそうな何かを買って……」


 無事に当初の目的も達成し、これ以上ここに留まっている理由はなくなった。

 今彰人がいるのはショッピングモールを出てすぐ傍にある大きな広場だったが、今日が休みの真っただ中という事もあってか普段よりも三割増しで人の姿が多いように思える。


 ただでさえ日頃から人混みで溢れかえっているような立地にある場所だというのに、そんなことになればどこを見渡しても慌ただしく動き回っている他人が見えるだけだ。

 こんなところにいつまでも立ち尽くしていてはそれだけで周囲への迷惑になりかねないし、彰人としても混みあった場所に留まり続けたくはない。


 何か相応の探し物でもあるというのなら話は別だが、既にその目的すら済ませてしまっているのだから立ち止まる理由だって無いのだ。


「何食べるかな……この前揚げ物は食べたからしばらくは良いし、となると魚とかが…? …あそこ、妙に人が集まってるけど何かあったのか?」


 混みあった人の波をかき分けながら一人ぶつぶつと今夜の献立について考え続け、足を進めていた道中。

 いつもならそのまま周囲のことなど気にすることもなく、通り過ぎていただろうが……何故か今日に限っては彰人の意識がある一方向に反応を示していた。


 何があるのかという確証なんてものはない。本当に何となく感じ取っただけだ。

 …だが、そんな直感があの周辺に向かってみるべきだと暗示しているような気もした。


「…少し行ってみるか。そう時間も食わないだろうし」


 どうしてもあの妙な人だかりが意識から離れない。気になって仕方がない。

 だったらいっそのこと思い切って向かってみた方がこのモヤモヤも解消できるし、そもそも行ってみるだけならば大した手間だってかからない。


 大幅に時間をロスしてしまうというのならともかく、さほど距離が離れているわけでも無いのだからその程度の労力をケチるのも微妙なものだ。

 そう考えた上で、彰人はどうしてか気になる人混みに向けて進んでみることとした。


 …そして少しずつ目的の雑踏に近づいたことで分かってきたが、どうやらこの混み具合は特定の何かに集中しているようなものではないらしい。

 てっきり多くの人が目当てとしているものに集まった結果出来上がった山なのかと思っていたが……どちらかと言えば、何か注目されていたようなものの周囲に自然と出来たといった感じだ。


 ではそんな注目されるようなものとは一体何なのか……頭の中に浮かび上がってきた疑問が尽きないが、その答えはすぐにはっきりすることとなる。

 未だに散っていかない人の波を潜り抜け、どうも気にかかって仕方がない意識の向かう先。


 時折周辺の人とぶつかりそうになるというトラブルもあったが、何とかそこへと辿り着くと……そこで彰人は、予想外の人物と鉢合わせることとなった。


「……は? 朱音?」


 …大きく開けた広場。そこに据えられたベンチの一角。

 そこに居たのは……小さく身体を折りたたみながら眠たげに瞼を下げながら、ゆらゆらと揺れ動いている朱音の姿。


 夏休みが始まってから数日。

 まさかの形で彼女との再会を果たすこととなったのであった。



これはあまり関係ないことですが、朱音は眠くなると身体をゆらゆらと動かす癖があります。


何でそうしてしまうのかは本人も分かっていないようですが、まぁそういう癖の一つでもあった方が可愛いよね!

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