第三十三話 休暇の始まり
相変わらず蒸し暑さに満ちた日々が続き、それにも嫌気が差してくる頃。
しかし今日ばかりはそんな暑さにも意識を向ける生徒の数は少ない。
何故ならば………
「くっくっく…! 彰人、とうとうこの日がやってきたな!」
「…お前のテンションが無駄に高まってるのも良くわかるけど、一旦落ち着け。そっちのハイテンションのせいでこっちの気温が無駄に高まってるんだよ」
「今日騒がないでいつ騒ぐってんだよ! 何せ明日からは待ちに待った夏休みが始まるってんだぞ!」
「それは知ってるけどよ……ほら、航生の馬鹿騒ぎのせいで周りからも注目されてるぞ」
…彰人の友人でもある航生が声を張り上げて言っている通り、明日から多くの生徒にとって待ちわびていた夏休みが開始されるからだ。
長かった定期テストを終え、そこに費やされた労力に対する報酬と言っても差し支えない長期休暇の始まり。
このイベントを待ち望んでいた者は校内でも多いだろうし、かくいう彰人も楽しみにしていなかったかと言えば嘘にはなってしまうが……それはそれとしても、目の前で騒ぎ立てている友人があまりにも興奮しているためにそこに呆れている感情が大きくなっているのだ。
…こうなったら何と声を掛けようとも航生が落ち着くことは無いし、自然と火が収まることを待つしかない。
これからようやく楽しき日々が始まるというのに、スタートダッシュがこれだというのは……何とも微妙な気分になってしまいそうだった。
「…ふっ、少し取り乱しちまったな。流石の俺も気分が高まりすぎてたぜ」
「あれを少しと言い切れるお前の精神が羨ましいわ……あと、今日に限らずお前っていつも大体あんな感じだからな」
それまでの醜態……当人は全くそんなことだと思ってもいなさそうだが、見るに堪えない騒ぎ方をしていた航生は先ほどまでの姿を恥じるように今更取り繕った姿を見せている。
…が、そんなことを今やられたところで手遅れなことは明白だ。
いくら格好つけたところで先の一部始終を眺めていた者であれば呆れるのは当然だし、それを見越した上でこの態度を貫いているというのであれば……その鋼鉄のメンタルにはもはや尊敬してしまいそうなくらいだ。
「まぁそんなことよりもよ、せっかくの高校生活初めての夏休みが始まるってんだ。…当然お前の方も予定はあるんだよな?」
「何だよ予定って……そんな大層なもん無いぞ。せいぜいバイトの日程が入ってるくらいだ」
「おいおい! 青春真っ盛りの男子高校生がそんなんでいいのかよ! …ほら、お前にも仲の良い女子がいるんだから少しは遊びにでも誘ってみたらどうだ?」
「……そういうことかよ。余計なお世話だっての」
だが、そんな会話の中にあって何故かにやついた笑みを浮かべて彰人に語り掛けてくる航生。
まるでこちらの予定を窺ってくるようなその様子には一瞬怪訝にも思ったが……言及してきた話題を察すれば言いたいことは何となく分かってしまった。
…航生の視線が向かう先、彰人たちが話し合っている席からは少し離れた場所にいる一人の女子生徒。
そこに座っている彼女は周囲と比較しても放つ存在感が一線を画しており、心なしか辺りの視線もそこめがけて集中しているようにすら思える。
わずかに青みがかった黒髪に、とてつもないレベルで整った顔立ち。
そこらのアイドルや有名人ですら太刀打ち出来ないだろうと思わせてくるほどの容姿を持った彼女……彰人とも少なくない関わりを持つ朱音は、いつもと何も変わりない様子ですやすやと気持ちよさそうに机に突っ伏して眠り続けていた。
「お前も男なんだからよ、可愛い女子がいたら付き合ってみたいって思う心くらいはあるんだろ? ならあの人とかピッタリじゃねぇか!」
「話題が下世話すぎるだろ……あとそもそも、俺と朱音はそんなんじゃないっての。あいつだって俺をそんな風には見てないんだから朱音にも失礼だろ」
「…うーむ、俺から見たらそんな完全脈無しって感じでも無さそうなんだけどな」
「それは航生の目が節穴ってだけだろうが。ともかくお前の恋愛脳にあいつを巻き込むなよな」
最後までぶつぶつとつぶやいている航生の言っていることも気にはなったが、それよりもこの話を継続していれば碌な結末にならないということを察したので多少無理やりになってしまったものの話題を切り上げた。
…全く。何が付き合うだ。
彰人にとって朱音という少女の存在は良き友人であり、それ以上でもそれ以下でもない。
確かに時折ふとした瞬間に見せてくる朱音の魅力が凄まじいものだということはよく実感しているし、彼女が誰よりも彰人と近い距離にいることは認めるが……それはそれ、これはこれなのだ。
「まっ、その辺りは追々だな。いつかお前の方から吉報が届くのを待つとしよう」
「そんなもん一生届かないとは思うけどな……」
「待ってみなきゃわかんねぇだろうが、それくらいは! …とにかくだ、これから夏休みが始まるわけだしお互いに予定を合わせてどっかに遊びに行ったりしようぜ」
「はいよ。そのくらいなら俺も適当に日程空けておくから、お前の方も都合のいい日を上げといてくれ」
「了解した!」
相変わらず諦めの悪い航生の一言に頭を悩ませるが、もうこの辺りの会話に関してはいちいち口出しするだけ疲弊していくだけなので放っておくこととする。
それよりも話の河岸を変えるという意味でも流れを切り替えてみれば、向こうもそれに応じてこれから始まる夏休みの予定に関する話題に落としどころを見出したようだった。
…彰人としても、夏休み中に航生と予定を合わせて会うこと自体に拒絶する意思はない。
むしろそれくらいの事であれば望むところなので、最初からそう言ってくれればこうもややこしい事態になることも無かったのだが……それは言ったところで詮無きことだ。
そうするくらいならば、今のこの状況で両者が楽しめるようなルートを模索した方が余程良いというものだろう。
「したら何するかな……せっかくの長い休みなんだし、ここは定番の海なんかも行ってみたいよな! …あ、けどそこまで遠くになると移動距離の方が嵩むか……となると近所でやる予定の花火大会だったりなんかもあるし、適当にゲーセンに行くってのも悪くないな!」
「……すまん、あんなこと言っておいて何だが俺が過労で倒れない程度の範囲で頼む」
「心配すんなって! 彰人がこのくらいで倒れるわけないからな!」
「いや、明らかに俺の許容量を超えた動きが盛り込まれてるんだが……はぁ。聞いちゃいないか」
しかし……航生が今後の予定を考え始めた段階で向こうが思考に没頭してしまったが、その内容にどこか不吉な予感を感じざるを得なかった。
ぶつぶつとこぼされている独り言の数々。
そこに込められた意思としては、大半のものが彰人とどのようなことをして過ごそうかという歓迎すべきことのはずだったのだが……節々からとんでもない密度で予定を組み込まれようとしているような、そんなことを直感した。
…先ほど航生と予定を合わせて会う事は構わないなんてことを言ったばかりなので申し訳ないが、流石に彰人もギチギチの日程で外出に応じるほど出掛けたいとは思っていない。
こちとら向こうとは違ってアウトドアというよりもインドア派なのだ。
そのことを航生にも理解してもらおうと言い聞かせようとしたのだが…まるで聞こうとすらしていない。
どれだけ付き合いを長くしようとも一向に変化が見られない友の様子にはもう何度目かも分からない溜め息が出てくるが、それももはや慣れ親しんだ日常の一つと言えることだろう。
「あっ、先に言っとくけど彰人が間宮さんを遊びに誘うってんなら当然そっち優先でいいからな。その時は正直に言ってくれれば良いからよ!」
「…だからそれはまた別問題だって言ってんだろうが。何でそんなにしつこく追及してくるんだ」
「そりゃあ当然、お前とあの人のいちゃつきようを後から聞き出して笑ってやるために…いってぇ!?」
ちなみに余談だが、その後の会話で余計なことを言った航生が彰人の手によって叩かれている光景が教室にて確認されたという。
…内容を思えば当たり前の対応でもあったため、彼に同情することなど微塵もないというのが何とも言えないところだったが。
第二章が開始となります。
舞台はイベントが盛りだくさんとなる夏休み!
もちろん朱音とのあれこれもたくさん出てくるはずですので、その辺りも楽しみにしていてください。




