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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第一章

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第三十話 もう一つのご褒美


 彰人が朱音から約束していたお菓子が詰められた袋を受け取り、それに対して感謝の意を述べた後。

 ここでやるべきことを終えてしまったので、もうこれ以上この場に留まっている必要も無いだろうと思い彰人が二人が今いる空き教室を出て行こうとする。


「…これ以上ここでのんびりしてたら航生達に余計な妄想されてそうだな。朱音、俺は先に戻ってるから朱音も少ししたら……」

「あっ、教室に戻るのは少しだけ待っててもらってもいいかな? ちょっとやりたいこととというか……まだしておきたいことがあるんだよね」

「ん? そりゃ別にいいけど…何だ? したいことってのは」


 …が、出ていく直前に朱音から呼び止められたことでその足は歩みを止めることとなった。

 何やら朱音はこの場で彰人に菓子の袋を渡すということ以外にやりたいことがあるとのことで、引き留められてしまったが……一体何をするのかということには思い当たるようなことが無いので首を傾げてしまいそうだった。


 何かを話すにしても自分たちの教室に戻ってから話してしまえばいいだけだし、それ以外のこととなれば……考え付くこととしても大したものは思い浮かんでこない。

 ならば尚更、朱音から申し出てきたことの中身が気になってきてしまうがそこに関しては張本人から聞く他ないだろう。


「うーんとね……とりあえずこっちに来てもらってもいいかな?」

「…? ああ、分かった」


 朱音によって誘導された先にあるのは何の変哲もない窓際に位置している柱の一角。

 その場所はちょうど廊下から教室を眺めた際に死角となる位置でもあるので、何をするのかとも思ったがそうこうしている間に彼女は壁にもたれかかるようにしながら座り込んでいた。


 そんな朱音の行動を見て、尚更何がしたいのかと疑問が湧き上がりかけてくるが……その目的は他でもない本人から示されることとなる。


「ほら、彰人君良かったらここにどうぞ?」

「………えぇと、朱音さん? 一応聞いておきたいんだが…それは一体何をしようとしてるんだ?」

「うん? 何って…もちろん膝枕でもしてあげようかなって思っただけだけど?」

「…少しだけ待ってくれ。状況の理解に頭が追い付いていかない」


 …教室の床へと座り込み、自らの膝を指し示すようにして軽く叩きながらそちらに来るように促してくる朱音。

 それと同時に彰人に膝枕をしてくれるという旨の言葉をごく自然な様子で口にしてきたが……その展開の把握を脳が拒んでしまっていたのか、思わず朱音に対してさん付けまでしてしまう始末。


 本当に、何故そのようなことになったのか急展開過ぎて困惑の感情が入り乱れてしまっている。


「まず色々と言いたいことはあるんだけど……何でいきなり膝枕なんてことになってるんだ? 流石に脈絡が無さすぎるだろ」

「そうでもないと思うけどね……まぁ膝枕云々に関しては彰人君に対するもう一つのご褒美みたいなものだよ。これで喜んでくれたらってね」

「それに関してはさっき貰ったはずだろ。試験勉強の報酬として今朱音から……」

「うん。さっきあげたお菓子もご褒美の一つではあるよ? だからこれは……彰人君の()()を癒してあげようかなってことでもあるんだよ」

「……俺の、疲れ?」


 いくら何でも同級生の、それも飛び切りの容姿を誇る美少女でもある朱音から膝枕をはいどうぞ、なんて言われたところで無遠慮に受け入れるわけにはいかない。

 …これが他の男子生徒であれば喜んで飛びついていたのかもしれないが、あいにくと彰人はそのタイプの人種ではない。


 自分の喜びよりも他人に対する遠慮がちな態度がまず真っ先に出てきてしまう性格をしているので、こんな場面であってもその対応の仕方は変わらないのだ。


 そのような事情もあってどうして自分に膝枕をしようなんて判断に至ったのかということを聞いてみたが……そこで返ってきたのはあまり要領を得ない返答だった。


「そうそう。これは私の何となくの予想でしかないけど……彰人君、ここ最近はあまり眠ってないんじゃない? 多分夜遅くまで勉強してるよね?」

「…っ! …よく分かったな、そんなこと」

「やっぱりそうだったんだね。上手く隠してるけど、よく欠伸とかをしてたからそうじゃないかって思ってたんだ」


 …なるほど。そこまでバレているとは思っていなかった。


 朱音が言っていることは全て正しい。

 実際に彰人はここ数日でテストに控えていつもであればとっくに眠っているはずの時間帯にも自習を行っていたし、それによって身体には疲労感が蓄積してしまっていた。


 彰人としては自分以外の者にはバレないようにと細心の注意を払っていたつもりだったのだが……それも朱音の目をもってしてみれば容易く暴かれてしまったということのようだ。


「私がさっきあげたのは彰人君が勉強を頑張ってきたご褒美で間違いないよ。…だからこれは、それとは別のもう一つのご褒美。今日までずっと頑張って来たんだから、せめて私の膝で休んでくれたら嬉しいなって」

「……だけど、俺が朱音に対して妙な真似をする可能性だってあるだろ。そうなったら俺も取り返しがつけられないぞ」

「本当に妙な真似をしてくる人はそんなことを言ってこないものだよ。彰人君ならそんなことをしないって信じてるし……無理やり迫って来るなんてことはしないでしょ?」

「……そりゃあな。俺からは絶対に何もしないって言うけどさ」

「だったら万事問題無しだね。それとも…彰人君は、私に膝枕をされるのが嫌だった?」

「それは……まぁ、無いよ。情けない話だけどな…」

「ならほら、こっちに身体を預けてくれていいんだよ」


 …敵いっこない。心の底からそう思わせられるくらいに一言口にすればその度に言い負かされていく。

 女子の立場からすれば、見知った男子相手に肌を触れさせることなど嫌だろうと思いその方向からも何とか言いくるめられないかと画策してみたが、そんな常識は朱音には当てはまらなかったらしい。


 どこまでも彰人のことを信じてくれていることはとても嬉しいのだが……こちらとしてはもう少し警戒心を抱いてくれていた方が嬉しかったのだが、ここまで言われてしまえばもうどうしようもないだろう。

 それに何より、情けない話だというのはよく自覚しているが……彰人自身も彼女の提案を心の底から拒否しているわけではないことも自らの現金さに意気消沈してしまいそうになる理由の一つだった。


 …いや、それはそうだろう。

 何せ彰人のことをさして警戒することもなく、それどころか無邪気にも受け入れようとしてくれている飛び切りの美少女自らが膝枕をしようとしてくれているこの現状。


 普通の男子高校生であれば垂涎物のシチュエーションが目の前に転がっているというのだから、これで心を揺れ動かすなという方が無理な話だった。


「じゃあ……もし朱音が不快だと思ったらすぐに言ってくれ。その時は殴るなり何なりして引き剥がしてくれたらいいから」

「相変わらず紳士的な対応だねぇ……まぁ分かったよ。それじゃあほら、どうぞ」


 誘惑に対して陥落するまでの時間というものはひどく短い。

 結局最終的には両手を広げて待ち構えている朱音に微かにでも嫌な思いをさせてしまったら即座に離れるという条件を付けることで己の中との折り合いをつけることとした。


 …そして、現在進行形で正座に近い体勢になりながら待機している朱音へと自身の身体を近づけていき……恐る恐るといった様子でふわりと受け止められながらも頭を彼女の膝上へと乗せていった。


「…どうかな? 寝心地は悪かったりしない?」

「……こんなこと言ったら引かれるかもしれないけど、悪くはないよ。落ち着く気もする」

「なら良かった。ゆっくり休んでくれていいからね」


 己の膝による居心地が悪くないかと不安そうに尋ねてくる朱音だったが、決してそんなことはないどころか心地よさとしては最上のものだと断言できる。

 滑らかな肌の柔らかさからは常日頃であれば味わうことも無いであろう彼女の体温が実感でき、それに合わせて彰人の羞恥も引き上げられていきそうだった。


 下から見上げる朱音の顔は、まるで母性でも溢れたかのような慈しみすら抱えていたのでそれも相まって新鮮な魅力を解き放っているのがよく分かる。


「何ならここで少し寝ちゃってもいいよ? まだ教室には戻らなくても時間はあるし、ここなら誰かに見られる心配も無いからね」

「……すまん。それじゃあお言葉に甘えて少しだけ…寝させてもらおうかな…」

「うん。私のことは気にしなくても良いからゆっくり眠っちゃっていいよ。…お休み」


 そうこうしていると朱音が優しい手つきで彰人の髪を撫でながら、穏やかな声色で魔性の誘いを持ち掛けてくる。

 …最初はこのまま眠りなどすれば朱音にも大きく負担がかかってしまうし、そうするわけにもいかないと断ろうともしたのだが……予想以上に彰人の身体には疲れが溜まっていたのだろう。


 ここ数日での勉強による体力の消耗。その影響力は大きかったようで…気が付いた時には朱音のもたらした誘惑に抗うことも出来ず、無意識に重くなっていた瞼を揺らしていた。


 どこまでも、どこまでも心地よく、それでいて本音を曝け出されてしまう朱音の傍。

 日頃から眠り続けている少女のたおやかな言葉によって…彰人はいつしか短い眠りの時に入っていくのだった。



意外と自分が甘えるのと同時に甘やかしたがりでもある朱音さん。


多分この光景をクラスの男子にでも見られたら、彰人は羨まれるどころじゃ済みませんね。

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