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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第一章

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第二十五話 片付けと手伝い


「ほら、帰ったぞ! 航生たちもしっかり勉強してたか?」

「おっ、やっと買い出し組のお出ましか! そんな心配しなくてもばっちり勉強してたっての!」


 買い出しを終えた彰人達が自宅に帰還し、リビングへと足を運んでいけばそこにはダイニングテーブルに教科書を開きながら勉強をしていた航生と優奈の姿があった。

 一応二人の方も、彰人と朱音が出かけた後に少しは勉強に身を乗り出していたのだろう。

 彰人の予想では何もせずにだらけているのではないかとも思っていたので、この辺りは嬉しい誤算でもあった。


「朱音ちゃん、お帰りなさい! 歩き続けで疲れたりしてない!? 途中で転んで怪我したりしてないよね!?」

「優奈、ただいま。そんなことはしてないから大丈夫だよ。それよりもほら、優奈が好きそうな甘いものいっぱい買って来たから一緒に食べよう?」

「……朱音ちゃんが、私のために? そんなの……嬉しすぎるに決まってるじゃん!」

「もぐっ!? …ゆ、優奈。抱きしめるのは良いからもう少し力を弱めて……!」

「無理! もう少しだけこのままでいさせて!」

「い、息が苦しくなってきてるんだけど……!」


 …そしてもう一方では朱音の言葉に興奮した優奈が彼女を自身の形の良い胸に抱きしめるという光景が展開されていたが、あれに関してはもうさして珍しくもない日常風景なので気にしない。

 抱きしめられている朱音が息苦しそうに呻いてはいたものの……まぁ優奈もああ見えて力加減はしているだろうから心配せずともいずれは解放してくれるはずだ。…きっと、おそらく。


 うん。優奈も暴走しているようにしか見えないが頭の中では理性が残っているはずだからそこを信じるとしよう。

 断じて厄介な現実から目を背けたわけではない。


「航生も…ほれ。色々見繕ってきたけどこんなところで良かったのか?」

「どれどれ……おぉ! こんだけあれば俺たちが帰るまでは持ちそうだな! でかしたぜ、彰人!」

「…こんだけあっても帰るまでには無くなるのかよ」


 彰人が手に持ってきた袋を航生に手渡して見せれば、こいつは調達してきた菓子類にテンションを上げたように声を張り上げている。

 …が、そんな自然な雑談の流れにあって不穏な言葉が飛んできたことを彰人は聞き逃さなかった。


 これでも朱音と共に選んで買ってきた物は相当な量がある。

 それは荷物を包んでいる袋のサイズからしても分かることなのだが……呆れたことに、航生はその上であの量を食べ尽くすつもりらしい。


 普通なら単なる冗談か、会話の中で適当に発した言葉の類だと受け流すところであるが彰人は知っている。

 航生と優奈。この二人が揃っていればこの程度の菓子類は間違いなく数時間後に跡形もなく消え去っているだろう、と。


 …流石にこれだけ買い揃えてもまだ足りないと言われる可能性があったことは思いもしていなかったが。


「俺らの食欲をあまり舐めないことだな。これでも普段から部活で動きまくってるんだ。このくらいの量……食べきることなんて簡単だぞ!」

「威張るな! …だったらもう少し買い足しておくべきだったか」

「まぁいいんじゃないか? そもそもの目的としては小休憩のお供を増やすことだったんだし、過剰にしすぎても余らせるだけだろ」

「……その言い方だとこの量なら過剰でも何でもないって言ってるようにしか聞こえないんだが?」

「はっはっは! …そこらへんはノーコメントだ」


 偉そうな口調で自らの食欲を誇るようにしてくる航生の言い方に腹が立ったので思わずツッコんでしまったが、そもそもこいつの食欲が普通であったらこんな量は必要なかったのだ。

 なのでその辺りに切り込んで言い負かしてしまえば己の形勢が不利になってきたと悟ったのか、向こうから話題を無理やり途切れさせてきた。


 …全く。そうなると分かっているのなら何故余計なことを口にしてしまうのか。


「ともかくほら、適当に良さそうなものを出して広げといてくれ。俺の方は残ったもんを片付けてくるから」

「あいよ! 選別は任せておいてくれ!」


 しかしさっきまでの気まずそうな雰囲気はどこへ行ってしまったのやら。

 彰人が机の上に置いた荷物を片付けるためにも良さそうなものを選んでおいてくれと伝えれば、航生はやる気に満ちた表情を浮かべて大量の菓子と向き合い始めた。


 …調子のいいやつだ。このテンションの乱高下の激しささえなければ、本当に付き合いやすい友人と言えるというのに……そこも含めて航生の良さと思っておくしかなさそうだな。

 いずれにせよ、こんなところで時間を使うばかりではいられない。


 すぐに片付けを終えてもう一度勉強の時間を再開させた方が賢明だろう。

 そう判断し、彰人は頭を掻きつつもリビングの隣にあるキッチンへと足を進めていった。




「よ…っと。ふぅ……ひとまずこんなところだろ」


 朱音たちがいるリビングから少し離れたキッチンの中。

 そこで彰人は一人、先ほど買ったばかりのスナック菓子やら何やらをひとまとめにして片付けている真っ最中だった。


 だが、ここにあるのが全てというわけではなくチラリとリビングの方に視線を送ってみれば向こうでは航生が選んだ菓子をテーブルの上に広げ、雑談を交わしながら休息のひと時を過ごしている様子が見られる。

 この場にあるのはあそこで選ばれなかった分……正確に言えば数ある物の中から最初に選ばれた分が現在航生たちが口にしている分であり、彰人の目の前に置いてあるのはその後に食べられるであろう物だ。


 こうしておけば後々彰人以外の面々が取りに来たとしてもすぐに目当ての物が見つけられるだろうし、面倒な手間がかからなくて済むだろうという配慮からしていたことだったが……うむ。中々いいのではないだろうか。


「こうしておけば航生たちも勝手に取ってくだろ。したら後は……何か飲み物でも近くに置いておけば…」

「……彰人君? 一人で何してるの?」

「…朱音? どうしたんだ、こんなところまで来て」


 この後に不足したデザート類を取りに来るであろう優奈と航生のことを考えながら作業に没頭していた彰人だったが、ふとした拍子にそんな彼の背後に声を掛けてくる者の姿があった。

 もう何度聞いたかもわからないその声の主を思い浮かべながら振り返って確認してみれば、そこには見慣れた朱音が一人立っていた。


「どうしたんだはこっちの台詞だよ。さっきから優奈に構われ続けてたから気づかなかったけど……やっと解放されたから見てみたら彰人君がいなくなってるんだもん」

「あー……そう大したことをしてたわけじゃないんだけどな。たださっき買ってきた荷物の整理をしてたんだよ」

「整理を?」

「そう。後であいつらが取りに来た時にいちいち探す必要が無いようにってな」


 どうやら朱音もつい先ほど優奈のハグ……もとい拘束から逃れられたようで、よくよく見てみれば彼女の服には来訪したばかりの時には無かった皺が付いてしまっているのが見て取れる。

 一体どれほど長い時間絡まれ続けていたのかと優奈のしつこさに呆れの感情も出てきてしまいそうになるが……もうそこは気にしたところで時間の無駄というものだ。


 せいぜい今の彰人の出来ることなど絡まれた直後の朱音を労ってやるくらいのもので、優奈と朱音のやり取り事態に干渉することなど出来やしないのだから。


「ふーん……彰人君はお菓子食べたりしないの? せっかく買って来たのに…」

「俺はこれが一通り終わったら余りをもらうさ。朱音も俺のことは気にしないで休んでていいぞ?」


 だが今、優奈の強力な拘束から抜け出した朱音は微かな疲労感すら滲ませることなく近くに居なかった彰人のことを探しに来てくれたらしい。

 これに関しては碌に説明もせずに離れてしまった彰人が悪いだろう。


 彰人の考えとしては、半ば無理やりとはいえ優奈と楽しいであろう時間を過ごしているというのにそこに水を差してしまうのは如何なものかとも思ったのでそこまで深く触れずにリビングを後にしたというだけだったのだが……それのせいで彼女に余計な気を遣わせる結果となってしまった。

 きちんとあの場を離れることを伝えておけばこのようなことにはならなかったというのに……反省だな。


 まぁそれよりも、今は彰人に気を掛けてくれている朱音にいらぬ心配をさせないことの方が重要だ。

 彰人にとっても今の彼女は自宅にやってきた来客なのだから、ゆっくり休んでくれていたら良いと思ってそう声掛けをしたのだが……向こうの反応はあまり芳しくない。


「…彰人君が働いてるのに私だけ休んでるなんて出来ないよ。私も片付けるのを手伝ってもいいかな?」

「ん、それは助かるけど……いいのか?」

「もちろんだよ。あんまり力にはなれないかもしれないけど、人手が大いに越したことはないでしょ?」

「……そうだな。ならこっちからも頼むよ」

「うん。任せておいて」


 そうこうしていると朱音の方からまさかの手伝いをしたいと頼まれてしまい、彰人はせっかくの休みなのだからそこまでしてもらう必要も無いと断ろうとしたが彼女の顔を見てその選択肢は切り捨てた。

 朱音とて、その場の流れでこんなことを口にしたわけではない。


 働きづめとも言える彰人の身を心配してくれている彼女の表情からは少しでも彼の助けになれればそれで十分だという気遣いの心がこれ以上ないくらいに滲み出ており、それを断ることは彼女の優しさを否定してしまうことにも等しい。

 朱音の手間になってしまうことはそうかもしれない。けれど、そればかりを考えて彼女の厚意を無碍にするのは……何かが違う気がした。


 だからこそふっと微笑みながら朱音の提案を受け入れれば、彼女も蕩けそうな笑みを浮かべて彰人の隣に立ってくる。

 何気ない、二人だけの空間。


 そこには騒がしさに満ちた楽しさとも、静けさに満ちた寂しさとも異なる何も言わなくとも心が満ちるような居心地の良さがあるような気がした。


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