第二十四話 秘密な約束
「結構買っちゃったね。これ全部食べ切れるかな?」
「俺一人なら絶対に無理だけど……航生と優奈がいるからな。あいつらならほとんどは食い切ると思うぞ」
「……青羽君と優奈ってそんなに食べるの?」
「あの二人の食欲を甘く見ない方がいい。特に優奈なんかは甘いものが好物だからデザート系の大半はあいつに持ってかれると思っておいた方がいいぞ」
「何というか……凄いね、二人とも」
無事に目的地でもあったコンビニへと到着し、目当ての物でもあった菓子やデザートの類を買いこんだ彰人たちは自動ドアを潜り帰路へと着こうとしていた。
購入した総量はおおよそビニール袋二つ分といったところでまあまあな重さになってしまったが、四人で食べるとなれば足りないということはないだろう。
それにあの場には屈指の甘いもの好きでもある優奈がいるので、逆にこれくらいは用意しておかなければ食べ尽くされてしまうのではないかと心配になってしまうくらいだ。
「…それと、荷物を全部彰人君が持ってるけど私も一つくらいは持つよ? こう見えても非力ってわけでもないから。…体力はないけど」
「これくらいは重くも何でもないから大丈夫だ。それに荷物持ちは男の仕事だし、女子に持たせるわけにもいかないって」
「強情だなぁ……それじゃあ、申し訳ないけど任せちゃうね」
「はいよ」
だが今の朱音にとってみればそんなことよりも気にかかることがある。
それは先ほど買いこんだばかりの食糧、その全てを詰め込んだ袋を二つとも彰人が持ち運んでいる現状であり、自分は何も持っていないという状況に落ち着かない状態を味わっていた。
しかし当然、彰人もこれを譲るつもりはない。
中に入っているのが軽めの物であるためにそこまでの重量は感じないが、それに関係なくこの荷物を朱音に持たせる気など微塵もないのだから。
何せ朱音と言えば真っ先に浮かんでくるイメージとしては華奢……言い方を改めてしまえば体力が全くないといった感じだ。
そんな彼女にこの荷物を持たせたりなどすれば……何が起こるかなど分かったものではない。
考えすぎだとは思いたいが、どこかの拍子に荷物を運ぶことに集中して転んだりするかもしれないし、そこで怪我などされてしまっては彰人としても罪悪感が半端ではない。
過保護だと言われることは分かっている。それでも万が一にでもそのようなことがあったりすれば彰人はとてつもない申し訳なさを感じるだろうという確信があった。
だったらいっそのこと、最初から自分一人で全ての荷物を持ってしまった方が話は早い。
そうすれば朱音が無用な傷を負う心配だって皆無だし、何よりも安心して自宅までの家路を歩くことが出来る。
…まぁ、この選択がもう片方の人物にとって納得できるものかと聞かれたらそれはまた別問題なのだが、そこは見なかったこととしておこう。
「流石にこんだけ菓子類があれば問題ないと思うけど……っと、そうだ。菓子で思い出したよ」
「ん? 何か買い忘れたものでもあったの?」
何とか朱音にも彰人が荷物を全て持っていくことに納得してもらうことに成功し、このまま家まで帰ってしまおうと思っていたが……そこで彰人は袋に詰められた大量のスナック菓子等を見てあることを思いだした。
彼女からしてみればかなり時間は過ぎてしまっているかもしれないし、今更かと思われるかもしれないが、それでもこれは言っておくべきことだろう。
「いやさ、もう大分前のことになっちゃったけど……朱音が俺にクッキーをくれたことがあっただろ? あれの礼を言うのをすっかり忘れてたなと思ってさ。…遅くなっちゃったけど、あの時はありがとうな」
「クッキー……あっ、そんなこともあったね。確か私が彰人君と最初に話した時のお礼に渡したものだったよね」
「そうそう。手作りって言ってたけど滅茶苦茶美味かったから、それもしっかり伝えておきたくてさ」
彰人が思い出したことというのは、以前に朱音から教室で手渡されたクッキーの件に関することだった。
あの時は二人ともそれほど親しくなかったことや教室内の混乱に対応するのに精いっぱいだったということもあって、受け取ったクッキーに関しては今までうっかり忘れてしまっていたが、こうして思い出したので今更ながら感想を伝えておきたかったのだ。
「あれくらいで喜んでもらえたなら私も作った甲斐があるよ。それほど難しいものでも無かったからね」
「そうなのか? …食べた時とか、完成度の高さに驚かされたくらいだったんだがな」
「うーん……こう見えても私って結構お菓子作りとか料理とかしたりもするから、あれくらいならそれほど時間もかからないんだよ。慣れてるからっていうのが大きいとは思うけどね」
「そうだったのか……ああいうのは俺なんかじゃ逆立ちしても作れないし、本当に何回でも食べたいくらい美味しかったからさ。凄いもんだな、朱音は」
今思い返してみても鮮明に浮かび上がってくるが、あの時にもらったクッキーの出来栄えは本当に見事なものだった。
味としては仄かにバターの香りが口の中に広がっていくベーシックなものだったが、だからこそ作った者の腕前の良さを実感させられた。
しつこすぎず、かといって薄味なわけでもない。
食べる側がちょうどいいと思えるような絶妙な塩梅でバランスが整えられており、一瞬手作りであるということすら忘れて感動してしまったくらいだ。
そういった衝撃があったからこそ、素直な感想を朱音に向けて伝えたのだが……どうしてか彼女は彰人の言葉を聞くと、その顔をキョトンとさせながら放たれた言葉に驚いているようだった。
「…? どうしたんだよ、いきなり黙りこくったりして」
「…あ、えぇっと……まさか彰人君にそこまで言われるだなんて思ってなかったからちょっとびっくりしちゃって…そんなに美味しいと思ってくれてたの?」
「そりゃな。あれは今までの人生でも上位に入るくらい美味しかったって断言できるぞ」
「そんなに……じゃあ、せっかくだしまた作ってきてあげようか? そこまで手間も必要ないし」
「……え?」
しかし、その次に発せられた言葉には彰人の方が呆気にとられることとなった。
まさか朱音の方からクッキーを作ってこようかと提案されるとは夢にも思っていなかったため、無意識の内に漏れた間抜けな声に呆然とした感情が乗せられてしまったが……すぐに意識を切り替えると、そこまで甘えるわけにはいかないと反対の意思を見せる。
「…いや、流石にそれは遠慮しとくよ。そこまでいくと朱音に負担がかかりすぎるしな」
「どうして? 別に私からすれば簡単なものだし、彰人君が拒否する理由もないと思うけど…」
「朱音がそう思ってたとしてもだよ。あの時はまだ貸し借りの礼ってことでもらったけど、今回はそうじゃないしな。一方的にこっちがもらい続けるのは…なんか嫌なんだ」
これもある意味では彰人の我儘になってしまうが、たとえ朱音が善意で菓子作りをしてくれると言ってくれたとしても彰人は素直に受け取りたくはなかった。
もしこれが何かの返礼目的ということであれば彰人も受け入れたかもしれないが…今はそういった事情があるわけでもない。
…それに何より、これが最も大きな理由でもあるのだが既に彰人からすれば朱音は対等な友人だと思っている。
出会ってからの経緯が特殊であることと彼女の知名度ゆえの立場から、かつては無理に接する必要も無いと考えていたこともあるがそれすらももう過去の話なのだ。
それゆえに、今の彼女からただ厚意を享受するだけの関係にはなりたくない。
互いに対等であるからこそこの心地よい友人関係は成り立たせることが出来ているのだろうし、逆に言えばその意識を無くしてしまえば朱音とはその瞬間から対等とはとても呼べなくなってしまうということでもある。
だからこそせっかくの朱音の提案ではあったが、今回ばかりは断るという選択肢を取ったのだ。
「そっかぁ……そうなると難しいところだね」
「偉そうに言ったりしてごめんな。けどやっぱり朱音の労力も考えれば……」
「…それならさ、今度のテストのご褒美ってことにしちゃうのはどうかな?」
「……うん?」
申し訳ないとは思いつつもお互いのことを考えれば仕方がない。
そう考えて彰人も彼女に謝ろうとすれば……そこで話は予想外の方向に転がっていこうとしていた。
「彰人君は何の意味もなく私からお菓子をもらうことが嫌なんだよね? だったら今度のテストまでの勉強を頑張ったお祝いとして、私がお菓子を作るってことなら納得も出来るんじゃない?」
「それは……まぁ出来なくも無いけど、朱音にとっての得が無いことに変わりはなくないか? 結局負担を押し付けてるような気がするんだが…」
「その辺りは気にしなくてもいいって。私もお菓子を作ることは好きだからその機会が出来たと思えば悪くはないし……それに、美味しいって言ってくれた彰人君にまた食べてもらえるなら嬉しいなって思うしね」
「……っ! …そうか。ならお願いしてもいいか?」
「任せてよ。最高のものを用意しておくからね」
そこまで言われてしまえば彰人も拒否するだけの材料はない。
どこまでも他者のことを考えてくれている朱音の優しさには、抗う気力すら湧き上がってこない。
…それと、これは朱音には決して言えないことだが。
彰人に食べてもらえるなら嬉しいと発した彼女の蕩けそうな慈しみを持った笑顔に、ほんの一瞬だけ見惚れそうになってしまったのは彰人だけの誰にも言えない秘密だった。
あの時に受け取っていたクッキーですが、朱音としては彰人の好みが分からなかったのでシンプルな味でまとめていました。
…それでも圧倒的な美味を誇る完成度を作れるんだから流石の腕前ですが、いつか朱音が料理をする風景を出してあげたいとも思う。
それを出せる時期は……まぁ追々ですかね。




