第二十三話 買い出しの道すがら
唐突に始まったコンビニへの外出権を賭けたトランプ勝負。
二対二のチーム戦という変則的なルールこそあるものの、内容なんかはそこまで変わったものが採用されているわけでも無いのですぐに勝負へと移っていった。
そして今、数十分が経過する頃には決着も着いていき……
「やったー! 私たちの勝ちだね!」
「どうだ見たか彰人! これが俺と優奈のコンビネーションってもんだ!」
「…あんなの勝てるわけないだろ。どうなってんだよあの運の良さは……」
眼前で勝ち誇るように声を上げているカップルに対し、そのすぐ近くでは彰人が頭を抱えながらそれまでの展開を振り返り文句を漏らしていた。
…しかし本当に、この結果に至るまでの過程はどこかで呪われでもしたのではないかと思ってしまうほどに酷いものだった。
こちら側がカードを引けばことごとく都合の悪い手札を引かされ、逆に向こうのチームの手番になった時には最高の結果を出され続ける。
まさに圧倒的な優勢と圧倒的な劣勢という言葉がぴたりとはまるような状況がひたすらに続いていき、最後の最後に逆転できるかと希望を託すもそのような都合の良い結末が待ち構えているわけもなく……結果、そのまま彰人側のチームは敗北を喫した。
「まあまあ。ああなっちゃったらもうどうしようもないし、ここは素直に受け入れるしかないよ」
「…朱音もすまん。あそこでもう少し粘ってれば良かったな…」
「私は気にしてないから別にいいよ。それよりもほら、気を取り直してコンビニに行っちゃおう?」
「…そうだな。そうするか」
そんな落ち込んでいる彰人を慰めるように声を掛けてくる者の姿もあり……元気を出すように言ってくれたのは他でもない、彰人と同じチームになった朱音だった。
彼女も彰人と同じチームである以上、罰ゲームは同様に受けなければならないので内心では面倒だと感じているはずなのに、そんなことを全く感じさせずに穏やかな声色で語り掛けてくれるのは正直精神を落ち着けさせるという意味合いでもありがたかった。
「そんじゃお二人さん。悪いがこれも勝負の結果なんでな……コンビニまでの道のり、頼んだぜ!」
「分かってるよ、負けは負けだからな。そこで駄々はこねないっての」
「分かっているならいいさ……ところでよ、彰人」
「ん、どうした」
それにいくら文句を垂れたところで、彰人達が負けたという事実は変わらない。
口答えをするのはあまりにも見苦しいし、そうするくらいならさっさと負けを認めて出て行った方が遥かにマシである。
ゆえに彰人も朱音を連れ、外に出るための用意をしようと思ったのだが……そうするよりも前に航生がこっそりと顔を近づけて話しかけてくる。
「せっかく間宮さんと二人きりで出かけることになったんだ。少しくらい帰るのが遅れても俺たちは何も思わないし、何なら帰ってこなくたってそれはそれで……げふっ!?」
「よし、それじゃあ俺たちも行くか。朱音、準備は良いか?」
「う、うん……えっと、青羽君が凄い痛がってるみたいだけど…大丈夫なの?」
「気にしなくても大丈夫だ。この馬鹿は放っておいていい」
「そ、そうなんだ……」
…幸いなことに今の会話内容は朱音には聞こえていなかったようで、こちらのやり取りを心配そうに見つめてはいたもののそこに関しては安心した。
こんな馬鹿者にまで気を遣える朱音の性根の優しさには恐れ入るが、今回に限ってはそんなところにまで気を配る必要はない。それどころか完全なる自己責任なので同情の余地すらない。
後始末に関しても……優奈に任せておけばいいだろう。
どうせ航生のことだ。気が付いた時にはケロッとした様子で復活しているに違いない。
それから彰人は航生を適当な場所に放置しておくと、そのまま朱音と共に自宅を出てコンビニへと向かって行くのだった。
「夏本番が近いし、夕方になっても結構暑いままだな……朱音は暑かったりしないか?」
「大丈夫。これでもしっかり気温に合わせて服は選んできてるからね」
「なら良かった。…俺と二人でコンビニ行くのなんて嫌かもしれんが、今だけは勘弁してくれな」
家を出てから数分後。
罰ゲームという名目で半ば追い出される形ではあったが、コンビニへの食糧調達を命じられた彰人は朱音と横並びになりながら目的地までの道のりを歩いている最中だった。
しかしこの時間帯になってみると分かるが、最も気温の高かった昼からそれなりに時間が経っているというのに外は蒸し暑い状態が続いている。
これからが夏の季節になるということも影響はしているのだろうが、それにしても中々の高気温を体感するので朱音は問題ないだろうかと確認してみればわずかにはにかみながら返答してくれた。
そしてそんな場の雰囲気もあったからか、思わず自分と二人で外を歩くことなど嫌だろうと口にしてしまったが……そこに対しては朱音の方から呆れたような口調を持って訂正されることとなった。
「彰人君と出かけることを嫌だなんて思ってないよ。むしろこんなこと滅多にないことだし楽しんでるくらいだから、そんなことを言わなくても大丈夫だよ」
「そうか? なら今はそう思っておくとするか」
「うん、そうしておきなさい」
落ち着きのある口調ではあるものの、その一言一言には間違いなくこちら側を思って言ってくれていることがよく伝わってくる。
もちろん彼女自身の本心であることにも変わりはないのだろうが、それと同じくらいに朱音が彰人に余計な気を遣わせないとする配慮をしてくれているということも分かるのだ。
ふっと笑みを浮かべた朱音の顔を見てみれば、それは尚更顕著なもので……少しむず痒くもあった。
「…そういえばさ、これも彰人君に聞こうかどうか迷ってたんだけど…聞いても良いかな?」
「なんだ、急に改まって? 答えられることなら普通に答えるが」
だがそんな会話の中にあってふと朱音の方から何かを思い出したかのように話題を振られてきた。
どこかその様子が少しよそよそしいというか、尋ねることを躊躇しているような雰囲気が感じられたので何を聞き出そうとしているのかと一瞬考えてしまったが……内容を聞かないことには判断のしようもないので、先に許可を出しておいた。
そうすれば朱音も多少は安心したのか、ほっとしたような素振りを見せるとこちらに質問を飛ばしてきた。
「ううんとね……お邪魔した時から思ってはいたんだけど、彰人君の家に親御さんの姿が見えないなって思ってて…お仕事でもしてるのかな?」
「……あぁ、そのことな。別にそれくらい気にせずに聞いてくれてもいいさ」
向こうが聞きたかったのは勉強会開始から今に至るまで全く姿を現すことがなかった彰人の両親に関することだったようで、遠慮がちだったのは彰人の家庭事情に踏み込むことを迷惑ではないかと考えていたからなのだろう。
確かに人によってはそういった話題を出されたくはないと思う人もいるだろうが、彰人に限っては大して気にもしないので聞かれたところで何を思うわけでも無い。
ゆえに、朱音の心配は無用とも言えた。
「俺の親って共働きをしてるからさ、普段はほとんど家にいないんだよ。たまに休みの日には帰ってくることもあるけど……忙しいからそれも本当に珍しいくらいだな」
「そうなんだ……じゃあいつもは彰人君一人で過ごしてるってこと?」
「まぁそうなるな。つっても一人は一人で気楽なもんだから、不便だってことも少ないけどさ」
ここまで一度も姿を見せていないという時点で何となく察しがついていたかもしれないが、彰人の両親はどちらも働きに出ており家にいる時間というのは少ない。
それは休日であっても同様であり、あまり詳しく聞いたことは無いが二人もかなり忙しい立場にあるようなので彰人が休みの日であっても一緒に過ごせる時間はほとんどないのだ。
小さい頃はそれを悲しんだ覚えもあったが……まぁそれも彰人が幼少期の話。
今となっては一人で過ごす時間というものを楽しめるだけの余裕も出来ているし、不便に思う点があるとしてもせいぜいが夕食の準備に手間取るといったことくらいのものだ。
その辺りだってスーパーかどこかで惣菜を買って来ればどうにかなるし、案外普通に生活していけるものだと体感したのはもはや懐かしいことである。
「そうなんだ……聞いてるだけだと結構大変そうだけどね」
「実際大変なこともあるにはあるからな。特に夕飯の用意とか、俺料理なんて出来ないから適当に買ってきたもので済ませるし……そこら辺はどうしようも無いけどさ」
「ほぉ……彰人君って料理出来ない人だったんだ。部屋は綺麗だったからそういうのも得意なんだと思ってた」
「掃除とか洗濯とかは無難に出来るけど何故か料理だけは昔から不得意なんだよな。もう諦めたことだから気にしても無いんだけど」
こう言っては何だが、彰人は料理というものが全くと言っていいほど出来ない。
ただ家事全般が出来ないというわけではなく、むしろ手先の器用さなんかはある方だと思っているので洗濯や水回りの掃除なんかもそつなくこなせるのだが……どういうわけかこと料理になると途端に失敗が多くなってしまうのだ。
フライパンで肉を炒めれば表面を焦がし、調味料で味を整えようとすれば分量を間違える。
試行錯誤を重ねて克服が出来ないだろうかと練習に励んではみたものの、結局最後まで改善することも出来なかったので今となっては挑戦することも無くなった。
…自分の中ではこの方面に限って要領が悪いのだろうかと考察した時もあったが、それも真相は未だに謎のままだ。
女子に対して赤裸々に語るようなことではなかったかもしれないが…まぁ朱音であれば特に馬鹿にしたりもしないだろうという信頼性があったからこそ話したことでもある。
現にチラリと彼女のいる方向を横目で見てみれば、いつもと変わらぬ顔で朱音はそこに佇んでいた。
「なら彰人君が困った時には私に声を掛けてよ。いざって時はお手伝いに行くからさ」
「……気持ちだけは受け取っておくよ。ありがとな」
「むぅ……あまり本気に思ってないね?」
「そんなことは無いさ。朱音は頼りになるなって思ってたぞ?」
「その話し方は彰人君が嘘をついてる時の喋り方だからね。今はそんなことを思ってるかもしれないけど、いつか本当に私が頼りになるんだってところを見せてあげるよ」
「…楽しみなような、何となく怖いような」
わずかに胸を張りながら手を貸すと言ってくれた朱音だったが、それに対する彰人のリアクションは控えめなものだ。
どこか彼女の発言を冗談交じりのものとして受け取っているというか、本気にしていないという風な印象を受けるが、それは当の本人も同様だったらしい。
彰人の反応に拗ねたかのように頬を膨らませ、この分だといつか本当に己が頼りになる存在であるということを知らしめに来そうな勢いだ。
…それを心の中で心待ちにしているような、何をしでかしてくれるのかという不安もあったが……苦笑をこぼした彰人の胸の内では温かな感情が広がっているのだった。
彰人は別に不器用ってわけではないし、やろうと思えば掃除や洗濯だって普通にこなせる。
ただ、こと料理となると途端に予想だにしないミスを頻発するので、それからは無用なリスクを負ってまでやることではないと判断して手を付けなくなったそうな。
まぁいざとなれば朱音が手を貸してくれるでしょう。きっとね。




