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第二話 呼びかけに応えて


「おい、間宮! もうとっくに放課後も過ぎてるぞ! 起きなくていいのか!?」

「…すぅ……すぅ…」


 彰人が朱音に声を掛けると決めて彼女の傍へと近づき、まずはシンプルにと声を出して起きないかと試してみる。

 …しかし、この程度で起こせるというのなら苦労はしない。


 呼びかける前と大して変わらないペースで呼吸を繰り返す彼女を前にすればどうあっても起きてこないという例の噂は本当だったのだろう。

 今更になってそんな事実を噛み締めることになってしまったわけだが、こうなるとこちらとしても困ったことになってしまう。


 一応他の手段としては身体を揺さぶって起床を促してみたりなど手がないこともないのだが、女子としてはいきなり大して関わりもない男子から許可もなしに触れられるというのは嫌なものだろう。

 そのことを考慮すれば今の彰人に出来ることなどそう多くあるわけもなく……途方に暮れるような心境でぽつりと言葉をこぼした。


「……駄目か。まぁ無理に起こす必要もないかもしれないし…いや、でもここまでして放っておくってのもな……」


 もうこうなれば思い切ってそのまま帰ってしまってもいいのではないかという考えも少しずつ浮かび上がってきてしまったが、一度声を掛けた以上はそのまま見過ごすというのも微妙な気分になってしまう。

 それでもこれ以上は打つ手もないことも変えられない事実であるため、どうしたものかと頭を捻って考えてみるが……そうそういい案が浮かぶわけもない。


「よし、こうなったら最後に一言だけ声かけて帰ろう。それで起きなかったらそれまでだ」


 なので最終的に出した案としては最後の希望に賭けてもう一度だけ声を掛けることにして、それで何も反応が無ければ今度こそ彰人も帰宅する。

 …まぁ十中八九反応が返って来ることなど無いだろうが、こればかりは彰人の心持ちのためでもあるので最低限の配慮というやつだ。


 そうと決まれば行動に移すのは早い。

 やることさえ固まってしまえばあとはその通りに行動するだけなので、ほとんど諦めの境地になりながらも先ほどより少し声量を落としつつ呼びかけをしていった。


「間宮、俺ももう帰るからな。本当に起きないとここで一人残していくことになるぞ……って、聞いてるわけもないか…そんじゃ、そろそろ本当に帰るとするかな……」

「……んぅ! ふあぁ……あれ、もうこんな時間になっちゃってるんだ…流石に寝すぎちゃったなぁ……」


「……え?」


 いくら声を掛けたところで、意味など無いと思い込みながらしていた呼びかけ。

 実際に先ほどまではどれだけ名を呼んだところで一切の返答もリアクションも行われず、静けさに満ちた教室には彰人一人の声が響くだけだったのだが……そんな変わらない状況にも唐突に思いもしていなかった形で変化が訪れた。


 形としては彼女を起こそうとやっていたことではあるものの、その絶妙なタイミングといいまるで彰人の声によって目を覚ましたと言わんばかりに起き上がってきた朱音には…さしもの彰人自身でさえも驚きを隠せなかった。


「うー、ん……はぁ! ってあれ、黒峰君? 何でこんなところにいるの?」

「……あ、あぁ。俺はちょっと先生から仕事頼まれてな。この時間まで手伝ってたから荷物だけ取りに来たんだよ。そしたら間宮が眠ってたから起こしてたんだけど……」

「あ、そういうことだったんだ。わざわざありがとうねー……って、話してるうちにまたちょっと眠くなってきちゃった…」

「いや早すぎだろ!? 今さっきまでずっと寝てたよな!?」


 気持ちよさそうに眠っていた姿勢から一転して凝り固まってしまった身体をほぐすように、唸り声をあげる朱音の姿はクラスメイトとしてその容姿も顔立ちも見慣れているはずなのに、ただ彼女が起きているというそれだけのことで全てが新鮮なように感じられた。

 …だが、ついさっきとも言えないくらいの時間しかまだ朱音が起きてから経過していないというのに、既に眠いなどとのたまい始めている彼女の言動には突っ込まざるを得なかった。


「大丈夫大丈夫ー……私も一回起きたからにはちゃんと家まで帰るから……黒峰君もありがとうね。……あ、ちょっと手だけ貸してもらっても良いかな…?」

「手を? 別にいいけど…どうするんだよ」


 しかしそんな怒涛の展開も一転し、今度は彼女の方から両手を広げるようにしてそちらに手を貸してほしいと要求が飛んできた。

 彰人としては何か面倒なことならともかく、それくらいのことならば余程の理由でもなければ断るつもりもないが……念のために何をするのかという目的だけは質問しておいた。


「まだ目が覚めたばっかりで身体に力入らないし……手を引っ張って立つの手伝ってほしいんだよ…」

「…甘えたがりの子供か? お前は…つうか男子に触られるのとか嫌じゃないのか」

「自分から言い出しておいて嫌も何もないでしょ。まぁ眠ってる間にベタベタ触られたりしたら別だけど……なんか黒峰君なら安心するし、問題もないよ」

「……そういうことは軽々しく口にしない方がいいぞ。無駄に男を勘違いさせることになるだけだ」


 すると朱音の方から自分が立ち上がる手伝いをしてほしいという、なんとも子供じみたお願いを聞かされてしまい無意識に脱力してしまった。

 ここまでのやり取りからも見た目とは裏腹に、思いのほか言動が幼いというかマイペースというか……予想以上に独特な雰囲気を醸し出している向こうのペースに彰人もそれまでの緊張すら忘れて素で言葉を交わし合っていた。


 しかし、そんな中でこちらを無駄に勘違いさせてしまうような言動があったことだけはしっかりと咎めておいた。

 他の男子たちとは少し異なり、それほど異性との恋愛云々というものに興味関心が薄い彰人ではあるがそれでも朱音ほどの美少女から安心するなんて言葉を掛けられた暁にはわずかに揺らぐものだってある。


 それでもその言葉は肝心の朱音の方には大して届いていなかったようだが。


「それは良いからさ…ほら、早く手を貸してよ。私も座りっぱなしで足が疲れてきちゃったから」

「何でこっちが急かされてるんだか……ほら、ならこれでいいか?」

「おぉっ…! 思ってたよりも力が強いんだね…流石男の子って感じ」

「……暗に見た目はひょろいって言ってないか?」

「気のせいだよ。…ふわぁ。それじゃあ私、眠気が高まってきたから先に帰っちゃうね……今日は本当にありがと。危うく学校で寝過ごすところだったよ」

「それは別にいいよ。じゃあな」

「うん、またねー」


 一応は朱音の方も自らを気にかけてくれた彰人に恩義は感じていたのだろう。

 軽い挨拶のようなものではあったものの、彰人が手を取って立ち上がらせると律儀に礼の言葉を口にしながら素早く荷物をまとめ終え、ふらふらとどこか心配になりそうな足取りで帰っていった。


 …なんというか、珍しい一幕ではあったがそれ以上に予想していたよりも遥かに独特な雰囲気を纏っていた朱音とのやり取りに彰人自身も気が付かないうちに心を許しているような気さえしていた。


「……俺も帰るか。なんかドッと疲れた…」


 しかし気にかけていた人物が帰っていった以上、秋人ももうここで立ち尽くしている理由はない。

 思いのほか朱音との会話で時間を消費してしまっていたようで、教室に置かれている時計を確認すれば十分は優に経過してしまっていた。


 先ほどまでの手伝いの件もあるので身体にも自覚できていないだけで相当な疲労が蓄積していたのだろう。

 落ち着いた状況になった途端にまとめてやってきた疲労感に溜め息をこぼしながら、彼もまた朱音の後に続くように教室を出ていくのだった。


「それにしても……間宮のやつ、俺の声に反応して起きてたよな? やっぱ噂なんて当てにならないってことか」


 そうして帰路に着きながらふと思い返すのはさっきまで行われていた奇妙な接点の一部始終。

 彰人もあの時は無我夢中だったため、特に意識することはなかったが冷静に記憶を振り返ってみれば朱音はこちらの声に気がついて目を覚ましたようだった。


 となれば彼女がどれだけ他人に呼びかけられても起きないなんてのは、結局彼女の目覚めの悪さを拡大解釈しただけの尾ひれがついた噂話に過ぎなかったのだろう。

 そう彰人は結論付け、この妙な縁も今日限りのものだろうし明日からはまともに関わることもなくなるだろうと楽観的に考えていたのだった。



 …後日、そんな根拠もない予想があっさりと外れることなど知る由もなく。



起きた直後に甘えてくる女子って最高だと思います。


朱音のこれに関しては…ちょっと毛色が違うかもしれないけど。

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