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第十八話 近づいた距離


「んー! このホットケーキ美味しいね~……朱音ちゃんの方のケーキも美味しい?」

「美味しいよ。少し食べてみる?」

「いいの!? じゃあせっかくだし、私の方も少しあげるね。はい、あーん」

「あむっ……うん、こっちも美味しいね」

「だよねだよね!」


 眼前にて繰り広げられているのは、傍から眺めているだけでも荒み切った心が癒されていきそうだと断言できるような微笑ましいやり取りの一幕。

 周囲一帯の視線を独り占めすること確実だろうと確信させてくるような美少女が二人も揃って、互いに互いのケーキを食べさせ合っているというこの世の癒しが凝縮されているのではないかと錯覚してしまいそうなシチュエーションが展開されていることに、カウンターにて傍観していた彰人も見惚れてしまいそうだったが……それと同時に、横に立っている上司にも気を遣わなければならなかった。


「ふむ……やっぱり美少女が楽しそうに話してるのを見るのは良いものだけど、私自身があれこれできないとなると複雑なものね……彰人、今からでもあそこに混ざってきてもいいと思わない?」

「良いわけないでしょう…また前みたいに騒ぎになっても俺は助けませんからね」

「冷たいわね……いいじゃない! 少しくらい欲望を発散させたって!」


 現在進行形でぶつぶつと怪しげなことをつぶやきながら何かを画策するように手を顎に当てている佳奈。

 その内容があまりにも聞くに堪えなかったので呼びかけられると同時に呆れた口調になりながらも否定してしまったが……本当に真面目な顔をしながら何を悩んでいたというのか。


 どのような時であってもぶれることなく女性と関わろうとする心意気は見事なものだが、それはそれとして自分のクラスメイトに対してターゲットを定めるのは流石に勘弁してほしいところだ。

 …気が付いた時には自分の職場の店長と見知った同級生がただならぬ関係になっていたとか、それだけで一生モノのトラウマになりそうだ。


「…あーそうだね。ちょっと聞いてみようか?」

「だけどそれって……大丈夫なのかな?」

「問題ないから心配しなくても大丈夫だよ。おーい、店員さん! ちょっと来てくださーい!」


「…はいはい。ただいま」


 すると店員同士でしょうもない会話を交わしている間に向こうでも話題が切り替わっていたようで、大きな声で呼びつけられてしまった。

 これが学校での日常であればでかい声量を注意しているところだが、あいにく今の彼女たちとの関係性は友人である以前に客と店員だ。


 バイト代という対価をもらった仕事である以上、最低限の礼儀は弁えた上で業務に臨まなければならない。

 そう自分に言い聞かせながら再び朱音たちの前へと歩いていけば、二人は注文する……というわけでもなく何かを尋ねてこようとしている雰囲気だった。


「あーやっと来た。…ってちょっと彰人、接客が不愛想過ぎない? もっと愛想よくしないとお客さんは帰っちゃうもんだよ?」

「これが普通のお客相手ならしっかり愛想よくやってるよ。優奈相手だから気を抜いてるってだけだ」

「ひっどいねぇ……まぁいいや。それより聞きたいことあるんだけどさ」

「どうした。何か気になることでもあったのか?」


 やれやれとでも言うように首を横に振る優奈の態度には多少イラっとしたものの、ここで怒鳴るのはいくら何でもアウトなのでそれとなく抑え込んで平静を保つ。

 それよりも何か用事があって呼ばれたはずなので、そちらを優先した方が何倍も建設的というものだ。


「彰人さ、朱音ちゃんとまだ連絡先交換してないんだって? 本人から聞いたけど何でここまで仲良くなっておきながらそこを疎かにしてるわけ?」

「連絡先…? あぁ、そういえば聞いたことなかったな。けど別に必要になるもんでもないからいいだろ」

「駄目に決まってるでしょ! …いいこと? 女の子ってのは放っておくとすぐ他の誰かに取られちゃうものなんだから、そうやって余裕ぶっても良いことなんて無いんだからね!」

「余裕ぶってるつもりはないんだが……それに朱音の方だって、俺と連絡先交換したいなんて特に思ってないだろ」


 …激昂した様子で優奈から迫られてしまったが、肝心の用件というのはどうやらこれまでに機会も無かったのでしていなかった連絡先を尋ねていなかったことに対する詰問だったらしい。

 まさしくうがー!といった風に問い詰めてくるので何事かとも思ったものだがそこに関しては大した理由なんてない。


 単にここに至るまでの流れで朱音の連絡先を聞く意味もないだろうと思っていただけのことだし、実際彼女に何かを伝えなければならないようなことだって無かった。

 知らなかったとしてもさして不都合があったわけでも無かったのでそのままにしていただけのことだったのだが……そこまで言わなくてもいいだろうに。


 そもそも朱音としても彰人と連絡先の交換なんてしたいとは思っていないだろうし、女子の心理なんて知る由もないが最近話し始めた男子とそんなことをしたところでメリットなんて大したものがあるわけでもない。


 …だが、現実というのは常に人の想定を上回ってくるものだ。

 事実、この後に待ち構えている展開はそんな彰人の脆い予想を容易に打ち破ってきてしまった。


「……そ、その…私としては彰人君と連絡先の交換が出来たら嬉しいなとは、思ってるんだけど…」

「……えっ、本当か?」

「う、うん……もしそっちさえ良かったら」


 ありえないとばかり思い込んでいた展望。そんな都合の良いことがあるわけないと言い聞かせていた彰人にしてみれば、まさに青天の霹靂とさえ言える展開。

 テーブルに置かれていたドリンクを飲みながら、珍しく照れくささを感じているように頬を赤くしながらそう申し出てくる朱音の姿には、柄にもなく可愛いと思わされてしまうような愛らしさが溢れ出ていた。


 よもや本当にそのようなことがあるとは思っても見なかったが、わずかに顔を背けながらつぶやいている朱年の姿から嘘は感じられない。


「ほらほらー! 朱音ちゃんも良いって言ってるんだから、早く交換しちゃいなよ!」

「…いや、朱音が良いならそうしたいのは山々なんだが……まず何よりも、俺仕事中だからな? 勝手に携帯触るわけには…」

「いいわよ? 別に携帯取ってきても」

「…そこは止めるところじゃないんですかね、佳奈さん」


 朱音が構わないと言ってくれるのであれば、彰人としては連絡先を交換することに異論はない。

 なんだかんだと言ってもこうして奇妙な繋がりが出来た間柄なのだ。

 それを考えれば持っておいても損はないだろうし……何より口でどうこう言っていたとしても、それが出来ることを嬉しいと思っていることも事実だった。


 しかしあいにく、そうするためにはタイミングが悪い。

 先ほどから自然体で話し続けているので忘れられかけているかもしれないが、これでも一応彰人は勤務中なので身勝手に携帯を触るわけにはいかない。


 なので交換するとしても、彰人のバイトが終わった後か後日に学校でするしかないかと思われたが……そこでストップを掛けてきたのが遠くから見守っていた佳奈である。

 あれでもこの場の責任者…というかあらゆる権限を有している彼女なので、極論佳奈の許可さえもらえてしまえば万事解決なのだ。


 …雇用主が従業員の怠慢を推奨するのはどうなのかと思わなくもないが、まぁ今回ばかりはその気楽さに助けられたと言える。


「そんなのいちいち気にしないわよ。他のお客さんがいるとかならともかく、今はそこの二人しかお店に居ないんだし……好きにしなさい」

「ありがとうございまーす! …さぁほら! 彰人も許可をもらえたんだから、早いところ携帯取ってきなよ」

「分かった分かった……取ってくるから押すな!」


 無事に店長からのお墨付きももらえたということで、二人の連絡先交換を阻む壁はなくなったに等しい。

 あと残っていることがあるとするならば、それはきっと両者の心持ちくらいのものだが……そこも大した障害になりはしないだろう。




「…よしっ。これで交換出来たかな」

「……うん。ばっちり彰人君のアカウントが追加されてるよ」


 バックヤードに保管していた彰人の携帯を取りに戻り、朱音との連絡先を無事に交換し終えた二人。

 液晶に映し出された画面には両者のアプリに追加されたアカウント名から、互いにいつでもメッセージを送り合うことが可能になったことを如実に示し合っていた。


「そう頻繁に使うことも無いかもしれんが……ありがとな、朱音」

「こちらこそだよ。…何だか、彰人君との繋がりが増えたみたいで嬉しく思えてくるね」

「……っ! …まぁ、そういうことになるのかもな」

「…? 彰人君、何で顔を逸らしてるの?」

「……今はそういう気分なんだ」


 自身の携帯を見つめながら微笑んでいる朱音の表情には、これでもかというほどに満開の喜びが溢れているようであり、見た者を虜にするであろうこと間違いなしな魅力を全面に押し出していた。

 …そしてそれは、それと同時に放たれた言葉も同様だ。


 心の底から嬉しそうにしてこぼされた一言には、確かめるまでもなくその発言が本心からのものであったことが伝わってくる。

 そんな高すぎる威力を込めた言葉を受けてしまった彰人はというと……熱くなってきた頬を自覚するとともに彼女にはバレないように咄嗟に顔を逸らし、今の自分の動揺を悟られないようにと精一杯の抵抗をするのだった。


(全く……無自覚なのかどうかは知らんが、そんな表情を見せるのは止めてくれ。でないと…勘違いしそうになる)


 内心では湧き上がる激情を必死に抑えつけながら、おそらく無自覚にそのようなことを言ってくる朱音へのある意味では文句が出てきてしまいそうだった。

 別に彼女はそういう意味で言っているわけではない。単純に友人として距離が近づいたからこそ嬉しいと口にしただけのことだ。


 …だが、そうだと分かっていても朱音ほどの美少女から嬉しいだなんて言われた暁にはうっかり彼女が自分のことを好意的に思ってくれているのではないかという思考に陥りそうになる。

 未だに引いていかない熱と、それを抑え込みながら何とか返答する彰人。

 そんな彼を頭に疑問符を浮かべながら見つめている朱音。


 疑いようもなく近づいた距離感が、今後どのような影響を及ぼしてくるのかどうかは……まだ誰にも分からないことだ。



ようやく連絡手段を交換した二人。


…予定ではもう少し早く交換させるつもりだったので結構かかってしまいましたが、まぁこのくらいなら誤差の範疇でしょう。

何にせよ、これで二人も互いの予定を合わせて遊びに行くことも出来る……はず。


…二人きりで遊びに行くのはいつになることやら。


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