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第十七話 暴かれた秘密


「まっ、何にせよ朱音ちゃんが彰人の友達だって言うならこれ以上手を出すのは止めておくわ。流石の私も可愛い従業員の交友関係まで歪めたくはないからね」

「それを先に言ってくれればまだ尊敬する余地も残ってたんですけど……はぁ。まぁ良いです」

「それじゃ彰人、とりあえずお二人の接客お願いね。私はカウンターで準備でもしてるから」

「はいはい」


 ひとまず混沌さに満ち溢れた顔合わせも終わり、佳奈の方も最初の暴走さえ収まってしまえば自分の従業員の友人にまで手を出すことはしないと言ってくれたので、ようやくいつもの業務に戻ることが出来た。

 …いやまぁ、厳密に言うのであればまだまだ聞かなければならないことは残っているので戻れてもいないのだが、とりあえずは一段落と言ったところか。


「…それで? 何でここに来たのか聞かせてもらおうか」

「んー? だからさっき言ったじゃん。朱音ちゃんと彰人のバイト風景が見たいよねって話になったから来たってだけだよ」

「来ただけって……そもそも優奈、お前は何回か来たことあるんだから今更来なくてもいいだろ」


 やっと佳奈とのあれこれに一区切りつけることが出来たので、今度の追及はこちらの番である。

 まず何よりもこの騒動を引き起こした原因としては優奈がこの店に朱音を連れてきたことから始まっているので、そこを放置しておくわけがない。


 これまでは他に対処すべき事項が多すぎたので関わっている暇も無かったが、忘れてやるわけもないのでしっかりと問い詰めておかなければ。

 そんな心意気もありつつ優奈に何故ここまで来たのかと尋ねてみれば……先ほど聞かされた答えと同じような内容の返答が返ってくるだけだった。


「…なんか勘違いしてるみたいだけどさ、そもそも今日来たのは別に私の方から誘ったわけではないよ? 彰人のバイト先に行ってみたいって朱音ちゃんの方から誘われたからその付き添いで来たんだよ」

「……え? そうなのか?」

「そうそう。ね、朱音ちゃん」

「…う、うん。彰人君がアルバイトをしてるって聞いて、どんな感じなのかなって気になっちゃって……やっぱり迷惑だったかな…?」


 …そこから明かされた事実には、さしもの彰人でさえも驚かされることとなった。

 てっきり彰人の脳内では暇つぶしになりそうな何かを求めていた優奈が彰人のバイト風景というものに目を付け、そこに朱音を誘ってここまでやってきたのだろうと当たりをつけていたのだが……その予想はまるっきり外れていたらしい。


 それどころか現実としてはまるで真逆のものであり、何と今回の一件は朱音の方から持ち掛けて来たものだという。

 本人もそこを否定するどころか恐縮しながらも肯定してきたので、彼女が言っていることが間違いではないことまできっちりと証明されてしまっている。


「迷惑ってわけではないけどさ…まさかそっちの方から誘ってるとは思って無かったから少し意外だったな。まぁそういうことなら良いか」

「…ちょっと、なんか私と朱音ちゃんの時とで対応の仕方が違いすぎない? これは差別ではないですかー!」

「…そりゃそうだろ。今まで優奈がしでかしてきたことを考えれば当然のことだ」


 そういうことであれば納得だ。

 彰人も優奈の独断でこの騒ぎを引き起こされたとなればしっかりと言い聞かせるつもりだったので少々強い語気を使ってしまったが、朱音が事の発端であるというのなら話は変わってくる。


 彼女の方から嘆願してきたということなら彰人としても特段注意することなどないし、優奈もそれに付き添ってきただけだと言うのであれば叱る必要性もない。

 …優奈が朱音に対してこの店に関する詳しい情報を話していなかったことに関してはまた別枠として詳しいことを聞かなければならないが……今はその辺りのことは置いておいてもいいだろう。


 それよりも今は、何故か扱い方に差があったと不満を垂れる優奈をどうにかすることの方が先決だ。


「ぶーぶー。私は待遇の改善を要求しまーす」

「そうして欲しいならせいぜい自分の行動を顧みることだな。朱音の爪の垢でも煎じて飲んどけ」

「彰人が冷たすぎる……朱音ちゃん! あいつにも何とか言ってやって! 例えば『優奈にもちゃんと優しくあげて』とか!」

「え、えぇと……彰人君、優奈のことをあまり虐めたら駄目だよ?」

「…そっちに被害を広げるなよ」


 口を尖らせながら己の待遇改善を要求してくる優奈だったが、こうなっているのはひとえに彼女自身が積み重ねてきた実績ゆえのものなので一考する余地もない。

 …それでもそこで諦めるわけではないのが優奈という少女の特徴でもある。

 彼女は自らが不利な状況に迫られていると判断するや否や、今度は朱音めがけて飛びついていき彰人が朱音には強く言い返せないのを良いことに反論を企ててきた。


 そこで押し流されて口にしてしまう朱音の素直さもどうかとは思うが……まず朱音を巻き込まないでやってほしいものだ。


「朱音ちゃんマジいい子……よし、満足した!」

「お前なぁ……事あるごとに朱音をだしに使うのは止めろよ。こいつも困るだろ」

「これは朱音ちゃんの親友としての特権なんですー! だから良いんだもん! ね、朱音ちゃん」

「う、うん…? そうなのかな…?」

「そうに決まってるよ! …あ、そういえば彰人さ」

「はぁ……今度は何だ?」


 しかし、朱音としばらくじゃれついていたら次第に満足していったのだろう。

 その顔に満足げな笑みを浮かべながら飛びついた朱音を解放し、わずかに名残惜しそうにしながらも優奈は再び彰人に向かって声を掛けてくる。


 次は一体何を言ってくるのかと、内心で息を吐きながらもその呼びかけに応じれば……どうしてか裕奈は無性ににやついた表情をしていた。

 その顔はまるで新しい弄りネタを見つけてしまったとでも言わんばかりに楽し気な者であり、向けられた側としては嫌な予感しか感じ取れないもの。

 こういう時の優奈は総じてろくでもないことに目を付けている時だと友人としての付き合いの中で把握しているので、どうせ今回もその類だろうと予測をしていれば案の定その予感は当たっているものだった。


「さっきは色々あったから流しそうになっちゃったんだけどさ……朱音ちゃんのこと、いつの間にか名前で呼んであげてるんだね~。いやー、二人が仲良さそうで私も嬉しいよ!」

「………」


 …やってしまった。今の彰人の内心を表せばそんなところだ。

 先ほどまで行われていた佳奈との攻防が激しすぎるあまり、おそらく彰人も無意識下でそう口にしてしまっていたのだろうが……まさかここでバレることになるとは。


 朱音を名前で呼ぶこと。あの体育の時間に二人の間で交わした取り決めでは余計な騒ぎを招かないようためにも二人の時でだけそう呼ぶとしていたのに、自分からそのルールを破りに行ってしまうという失態を犯してしまった。

 バレてしまったからといって不都合があるかと聞かれたらそこまでのこともないとは思うのだが……そんな考え方をしていた過去の自分を殴りたくなるくらいには、目の前の優奈が非常にむかつく空気を漂わせていたので己の迂闊さを強く後悔することになった。


「…悪いかよ。俺が朱音を名前で呼んでるのが」

「そんなこと言ってないよ。ただ私は二人が順調に仲良しになってるみたいで嬉しいなって言ってるだけだしー!」

「……あぁ、ったく! …そうだよ、少し前に朱音のことを名前で呼ぶことになった。それ以上は何もない。これで満足か?」

「満足も満足。大満足だね! これは急いで航生にも知らせてあげないと……!」


 噛み締めるように、彰人から知らされた情報を反芻するように頷く優奈だったがこの分だとそう遠くない内に航生にもこの情報は伝達されるのだろう。

 それ自体はもう優奈にバレてしまった時点でほとんど必然の流れでもあったし、こうなった段階で半ば諦めていることでもあるので仕方がない。


 この先に待ち受けている面倒な事態を思えばテンションも下降気味になっていくというものだが……そこも元を辿れば自分の気の緩みが原因なので怒りをぶつけようとしても自らに返ってくるだけだ。

 ゆえに今は頬に集まってくる熱を誤魔化そうと勢いのままにカウンター側へと振り返り、彼女らのいるテーブル席から離れんと足を進めていった。


「あ、ちょっと待ってよ彰人! 私コーヒーとホットケーキね! 朱音ちゃんは注文どうする?」

「じゃあ私の方は……オレンジジュースとショートケーキで」

「……はいよ」


 だが彰人が言いようもない羞恥に苛まれそうになっている時であっても、背後の二人は変わらぬ様子でオーダーを投げてきた。

 慣れているはずの作業だというのに、やけに疲れたような気がするのは……きっとそこに至るまでの経緯が特殊すぎたからだろう。


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