第百六十八話 賑やかな集い
朱音とのクリスマスイブデートを無事に終えることができ、結局あの後は満たされた思いが胸中を巡っていたためにどちらからともなく帰ろうかと言い出し帰宅することとなった。
正直時刻を考えればもう少し居座っても問題はなかったと思わなくもないが、まぁその辺りは二人で決めたことゆえに文句もない。
それにあの時は彼らのどちらもそうすることに納得した上で帰ることを決めたので、不満なんて出るはずもない。
まぁ強いて言うのなら、あれだけの愛しさに満ちた時間を経ておきながら朱音と別れることは寂しくもあったというくらいだろう。
しかし、そこにばかり尾を引いてもいられない。
何故ならば、朱音とのデートを終えてしまえば次に残っているのは………。
「…ぃよしっ! それじゃあ早速始めるが…クリスマスパーティ開催だーっ!!」
「いえーい! とうとうこの日が来たね!」
「……お前ら、テンション高いのは仕方ないし良いんだが、せめて声のボリュームは落としてくれ。近所迷惑だ」
…十二月の二十五日。
クリスマス本番となったこの日は、彰人にとっても朱音にとってもある予定が差し込まれている。
その証拠として、現在進行形で彼の家に集まってきた友人たち──航生と優奈の馬鹿騒ぎに近い大音量のパーティ開催宣言を諫めながら、彰人は溜め息を吐いた。
そう、これこそが以前から計画されていて彼自身も誘われていたスケジュールの一つ。
冬休みが開始される前より実行することが決定していた、クリスマスパーティ。
その会場として選ばれた彰人の自宅に集合したいつものメンバーが勢揃いしているわけだが…正直、場所を貸したことを悔やみ始めているくらいには声が騒がしい。
「何言ってんだよ彰人! こんな日にこそ騒がないでいつ騒ぐってんだ!」
「そうだそうだー! せっかくケーキもチキンも買ってきて気分上がってるんだから、こういう時こそ盛り上がっていくもんでしょ!」
「…お前らはいつも大体そんな感じだろうが! はぁ…言っても無駄か」
まだ冬休みが始まってから一週間も経過していないというのに、束の間の長期休みに突入したことですっかりお遊びモードになってしまったらしい航生と優奈。
そんな友人二人を呆れた目で見つめながらも、落ち着かせようとしたところで無意味なことは自身が一番良く知っていること。
されど、この騒ぎようだけはどうにかならないものかと頭を悩ませてしまう。
「…彰人君、本当にここでパーティをさせてもらって良かったの? もちろん私はそれでも嬉しいけど…迷惑じゃなかった?」
「ん? …あぁ、別に大丈夫だ。確かに提案された時は驚いたけど、元々条件が整ってるのはうちくらいだったからな。…あの二人の騒ぎ方だけは想定外だったにしても、ここでパーティをするくらいは問題ないさ」
「そっかぁ……なら、今日は迷惑にならない範囲で楽しませてもらうね」
だがそうして頭痛すらしてきたように思える頭を抱えていた彰人へと、不安そうな感情を感じさせる声色で尋ねてくる者が一人。
現在進行形で騒がしさを増している二人を眺めながら、同じくここに招かれた身である朱音が彰人へと質問を投げかけていた。
彼女が心配そうな面持ちで聞いてきた内容は非常に分かりやすい。
簡潔にまとめれば今日の集まりの場所としてやってきたはいいものの、本当に彰人の家を使っても良いのか否かということを確認しておきたかったのだろう。
しかしそこに関しては彼も納得の上で受け入れていることだ。
少し話を遡らせることになるが、元々この四人でのパーティをするための場所をどこにしようかという話題は朱音と優奈で考え続けていたらしい。
けれども彼女らの家はどちらも誰かしら家族が常に家に居る状況なので、心の底から楽しむには身内に遠慮してしまうのではないか。
そんな点を考慮していたことで中々開催場所が定められず、仕方ないので二人の家から選ぼうとして…不意に優奈が彰人の家について思い出したらしい。
言うまでも無きことだが、彼の両親は二人揃って日頃から仕事で忙しくしているために家に居ることは皆無と言い切ってしまっても良い。
少し前に母親である沙羅が帰ってきていたことがむしろ異常事態だと認識してしまっても問題がないくらいには彰人も一人で過ごすことが当然のものだと捉えているため、パーティのための場としては最適なのではないかと。
優奈は少なくともそう思ったらしい。
そうと判断したら彼女は迷わず確認しに行くタイプだ。
あの時もその例も漏れず、いきなり突撃されたかと思えば脈絡もなく彰人に『パーティなんだけど、彰人の家でやってもいい? いいよね!』とだけ伝えられたのだ。
…具体的な内容は語らず、本当にそれしか言われなかったので最初は何を言っているのか理解できなかった。
その後に朱音から補足説明が入らなければ、彰人も疑問符を浮かべたまま話が進められることもなかっただろう。
それでも彼女のおかげもあって大まかな事情は把握したため、そういうことならばと彰人も自分の家に上がる許可は出したのだ。
もちろん、過剰に盛り上がりすぎないことを前提条件としたわけだが…その辺りの匙加減はもう諦めてもいる。
ともかく、今に至るまでの経緯はそんなところ。
結果として参加者として数えられていた優奈と航生、そこに朱音と彰人も含めた四人が久方ぶりにこの場に集結したというわけだ。
色々な意味で人が集まる機会が稀な彰人の家がこれほどまでに騒がしくなるのは…彼自身、呆れながらも何とも新鮮な気分になってくる。
「そうそうこのケーキね、朱音ちゃんと一緒に選んできたんだよ! 彰人も楽しみにしてるといいよ~?」
「そうなのか? そりゃ期待しないわけにはいかないな」
「ふ、普通のケーキだからそんなにハードルを上げられると困っちゃうんだけど…優奈も勝手なこと言わないでよ…」
いつもであれば彰人一人で過ごしているこのリビングですら、他の誰かがいるというだけで様変わりした様相を呈している。
机の上には所狭しと並べられたチキンや箱に収められたままのケーキ。
それと優奈がここにやってくる道中で調達してきたらしいグラタンやサラダなんかもあるくらいだ。
高校生が四人いるとは言っても、流石にボリュームを揃え過ぎではないか…と思ってしまうほどの量。
しかしそんな心配は全くの無用。
何せ、この山ほどという表現が当てはまりそうな食料を抱えて運んできた優奈本人の口から『これで足りるかな…? まぁ足りなかったらまた増やせばいいよね!』なんて恐ろしい宣言がなされていたのだから。
…彼女の胃袋が底なし気味だとは前から思っていたが、まだその限界値にも上があったのかと恐れおののく思いである。
「まぁなんにせよ。これで準備も整ったしそろそろパーティ始めてもいいんじゃない? というかこれ以上の我慢は私が個人的に耐えられない!」
「…せめてもう少しくらい我慢する姿勢を見せてくれ。…仕方ない。ならもうそろそろ始めるか」
「やった! 正直並べられたご飯が美味しそう過ぎて…お腹も限界に近いんだよね。ほらほら、朱音ちゃんもこっち来て一緒に食べよ!」
「優奈ったら…うん、いいよ」
だがしかし、そうして着々と進められていった用意に対して見守りに徹していた優奈は我慢が限界を迎えたらしい。
言葉だけを切り取れば眼前で所狭しと並べられたメニューを見て、空腹感が許容量を超えたという…何とも間の抜ける理由だ。
けれども確かに、ここまで用意が整えられればもうじきパーティを始めてしまっても問題はないだろう。
見たところこの他に出し忘れた物はないはずだし、必要な物は大体取り出し終えている。
ならば彰人もここで開始してもいいかと許可を出せば、誰よりも優奈が嬉しそうに朱音を呼んで着席していた。
…相変わらず、こういう時はちゃっかりしているというか現金なものである。
まぁ何はともあれ、過程がどのようなものだったとしても準備ができたことに変わりはない。
それを確認した彰人はこちらも航生を呼んで席へと座り…四人だけのパーティが始まったのであった。