第百六十六話 君と綺麗な景色を
彰人と朱音が時間を潰す目的も兼ねて駅前近辺をうろついていき、それなりに時間も経った頃。
当初は見るものなど無くすぐにやることもなくなってしまうのではなんて思いもしたが、そんな予想に反して見所は意外にもそこら中に溢れていた。
まぁ考えてみれば当然というか、これだけの人で道が溢れかえっているのだからそれに比例した時間つぶしをするための施設も満ちていて然るべきだ。
実際、彰人たちの通ってきた道沿いにも何ともお洒落な雰囲気を漂わせているコーヒーショップだったりファンシーな世界観を思わせるアクセサリーショップだったり。
駅前という立地も関係はしているのだろうが見れば見るほどに退屈はしなさそうなこの場所を歩いて眺めているだけでも時間は過ぎていった。
そうして今、気が付けば周辺も明るかった日は落ち切っており──すっかり時刻は夜に差し掛かり始めたと言っても問題はない頃合いだ。
「そろそろ暗くなってきたな…朱音。見たいって言ってた物はいつ頃から見られるんだ?」
「…そうだね。もう時間的にも大丈夫なくらいかな。見に行っても良いと思うよ」
「おっ、そうか。……って、結局俺はまだ内容を知らされてないから分からないけどさ。向かうのにも遠かったりするか?」
つまり辺りが暗くなってきたということは先ほど朱音が口にしていた見物に赴きたい場所とやらの時刻が迫ってきたことでもある。
実際、彼女にもそれとなく確認をしてみれば悩むような素振りを見せつつももうじき向かっても大丈夫だと言ってくれた。
…ただ、あいにく彰人は彼女が行きたいと口にする場所について詳細を何も知らないために内心では疑問符が消えてくれないばかりだ。
肝心の場所が近いのか遠いのかすらも把握していない状態なため、その辺りもどれだけ時間がかかるのか不安になりつつ朱音に問うてみた。
「ううん、場所は遠くないから心配しなくてもいいよ。というより…近すぎるくらいだから」
「…? そうか。じゃあまぁ…行ってみよう」
「うん。そうしよう」
それでもそんな彰人の疑問は彼女にとって大した問題ではなかったようで、あっさりとした返答で返事をしてくれた。
…だがそうなるとまた別の疑問が湧き上がってくるものであり、というのも彰人はそれなりの時間この周辺を歩き回ってきたが…この近くで朱音が目的としているような物が思い当たらないのだ。
これでも朱音も一緒に楽しめるような場所が無いかと目は光らせていたのでそれらしきポイントを見落としたとも考えられず、そういった事情もあって余計に彼女の目的が不明になってしまった。
…とりあえず、一旦は彼女のナビに従って付き添ってみよう。
ここでいくら考えたところで答えが出るとも思えないし、未だ謎に包まれたままの目的地へと朱音に連れて行ってもらった方が確実だ。
そうと決まれば行動は早い。
変わらず頭の中では疑問が渦巻いたままだが、彼女の要望であればそこまで妙な所にも行くことは無いだろうと信頼しているため迷うことなく進んでいく朱音の後をついていく。
そんな彰人と朱音が立ち止まったのは──進み始めてから数分も経っていない時。
本当に朱音が言った通り、大した時間もかからない内に到着した目的地では…この辺りを見ていたはずの彰人でさえ見落としていた、一つの光景があった。
それは………。
「……これって、あれだよな?」
「そうだよ。私が見たかったのはこれ…クリスマスツリーだったんだ。内緒にしちゃってごめんね?」
…朱音に連れられてやってきた彰人の目の前に現れた光景。
それは、今日ここを訪れた瞬間から大々的に設置されていた見上げるほどの巨大なクリスマスツリー。
この季節に合わせた催し物として飾られていたモミの木にありとあらゆる装飾がなされたそれはどうあろうと視界に入ってくるだろう。
当然何度となくこの道を通ってきた彰人もこの存在は認識していたが…その時と今とでは明確に違うことがある。
その違いというのは、様々な飾りが取り付けられたクリスマスツリーがライトアップ…言い換えればイルミネーションによって幻想的な光を放っており、ただ飾られていた時とは別物と思えてしまうくらいに印象的な雰囲気を醸し出しているのだ。
「実は彰人君に誘われた時から、この近くでクリスマスツリーのイルミネーションがやるってお知らせを見かけてね? その時から都合が合えば見たいなって思ってたんだ」
「そうだったのか……でも、それなら俺に教えてくれても良かったんじゃないか? 隠すことでも無いだろうに」
流石の彰人もこれには驚かされた。
彼とて一度のみならず何度も通ってきた道に立っていたクリスマスツリーは覚えているし、だからこそまさかここを目当てにしていたなど夢にも思っていなかったのだ。
ただそれも今となっては…朱音がこれを見に行きたいと言い出した理由も分かる気がする。
何しろ数時間前に見かけていたツリーと今の風景の先にあるイルミネーションが織り交ぜられたツリーは見た際に受ける印象が全く異なるのだから、実感する感動の度合いも桁が違うというものだ。
これほどまでに美しい景色が見られるというのなら、朱音が来たがった心情も理解できる……が、それはそれとしてもここに関する情報の断片くらいは教えてほしかったとも思ってしまう。
「ふふっ、せっかくだし彰人君には驚いてほしかったから言わなかったんだ。実際驚いたでしょ?」
「…そりゃまぁな。色々な意味で衝撃的ではあったよ」
「ならサプライズ大成功だね。…でも、彰人君と一緒にこれを見れて良かったよ」
されどそこまでも含めて全て朱音の思惑だったようで、若干悪戯めいた微笑みを浮かべて彼女からサプライズを敢行されていたのだと知らされる。
…全くしてやられてしまった。
場所から狙いまで何もかも察せなかったことを思えば彼女の掌の上で踊らされていたわけだ。
それとこれは話が変わってしまうが、自分の狙いが上手くいったと言いながら楽し気に微笑んでいる朱音の姿は何とも可愛らしい。
心なしかテンションまでも含めていつもと比べて一段階上機嫌になっているように思えるので、よっぽどここまでの流れが順調だったことが嬉しかったようだ。
「…私もね、ツリーのイルミネーションがどれくらい綺麗なのかなって想像してたんだ。だけどこうやって見てみると、そんな想像よりずっと綺麗だったよ」
「…確かに、な。朱音の良い思い出に出来たなら良かったよ」
「……む、違うよ?」
「ん?」
すると今度はその嬉しそうな空気から態度を一変させて彼女も眼前のツリーに向き直し、感動をその胸に刻むように一心に見つめ続けている。
ただそれでも、彰人の言葉を聞いた朱音は少しムッとした顔を浮かべたかと思うとこんな言葉を彼に向けてきた。
「今目の前にあるツリーが綺麗なのはもちろんだけど、一番良い思い出になったのは…こうやってクリスマスイブを彰人君と一緒に過ごせたことだから。そこは勘違いしないでね?」
「…っ! …そっか、そうだったな。悪い、認識を間違えるところだったよ」
「うん、そこをしっかり覚えてくれてたらいいよ。…だから、ついでにもう少しだけこうしててもいい?」
「……あぁ、もちろん」
朱音にとって今日の思い出を締めるクリスマスツリーは確かに印象に残るくらいには強いインパクトを与えられたものの、あくまでそこがメインというわけではない。
彼女からすれば、この一日の中で最も嬉しかったことは…彰人と過ごせたこと。
その一言に尽きるのだと、何よりも恋人冥利に尽きる言葉を与えてくれた。
朱音にそんなことまで言われてしまえば彰人も胸を張るしかない。
誰よりも愛しきパートナーの、自分と共にいたことこそが何よりも思い出になったという言葉。
そして……その直後にぶつけられた、彼の腕に朱音が抱き着くような素振り。
何もかもが愛おしくて仕方がない彼女と見るツリーは、今までに見てきたどんな風景よりも綺麗だと…彰人も実感していた。




