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第百六十一話 甘さに満ちた合流


 ──多くの人で溢れかえる雑踏の中。


 ここはここいらの地域でもそれなりに大きな駅の近辺であり、それもあって人の波はいつもよりも遥かに多く見える。

 そこに加えて今は学生が冬休みに突入したばかりという事情もあるので、余計にそのピークがかさ増しされている状態なのだろう。


 見ればそこいらに小学生くらいと思われる子供を連れた家族がどこかへ出かけて行ったり、クリスマスイブというシーズンも相まってカップルで歩いていく男女の姿は散見している。

 そして……そんな中に、彰人の姿はあった。


(人が多いな…まさかここまでとは思ってなかったから駅を待ち合わせ場所にしたけど、少し失敗だったか)


 駅から少し出た先の一角にある大き目の柱にもたれかかりながら、彰人は今日ここで待ち合わせている朱音がやってくるか到着した旨を知らせる連絡が来るのを待っている。

 ただ…そうした最中にあって彼の思考を埋めている大半は後悔に近い感情だ。


 何故ならば、今彼の目前にある景色。

 先ほどから歩いてきた場所ゆえに何となく察してはいたものの、時期的な事情も噛み合ってしまったことで普段よりも遥かにその数を増している人の波を目撃しているためである。


 …正直、連休が開始したばかりの人の動きというものを舐めていた。


 これほどまでに混み合うなんて予想だにしていなかったために、昨日は軽い考えで駅を待ち合わせ場所にしようなどと決めてしまったが…この分では彼女がたどり着けるかどうかも怪しい。

 運動神経においては無類の弱さを誇る朱音のことである。


 場合によっては駅まで辿り着いても人混み酔いをしてしまうかもしれないし、そうでなくともただでさえ注目を集めやすい彼女ともなれば…不穏な目に遭っていないかと不安になってきてしまう。

 こうなったら自分が彼女の家までしっかり迎えに行けば良かったとも思うが、そう考えたところで今からでは後の祭り。


 後悔するくらいなら先にそうしておけというだけの話なので、既にここまで来てしまった彰人に出来ることなどせいぜいが朱音が無事に辿り着くことを祈る程度のものである。

 ……内心、次に出掛ける時はしっかりと赴く場所だけではなく集合場所に関してもリサーチを進めておこうと彰人はこっそりと誓った。


 今回は少しスタート地点の選び方を失敗してしまったものの、このままで良いなどとは全く考えていないためこういう時は次への反省に活かすべきだ。

 案外意識の切り替えがすぐに可能な彰人の長所はこういうところであり、余計な意地を張らずに反省と改善点の見直しをしようとする姿勢は褒めて然るべきだろう。


(それにしても…こうも人で溢れてるんじゃ、朱音を見つけるのにも苦労しそうだ。見逃すつもりは毛頭無いけど、それだって絶対じゃないし…)


 だがしかし、それはそれとしてもこの現状ではまた別の不安が湧き上がってきてしまう。

 おそらく朱音であってもここに辿り着くことは出来ると…思いたいが、たとえ到着したとしても合流するまでに再び時間がかかる可能性も捨てきれない。


 こう言うとあれなのだが、朱音は周囲と比較すると少し身長も低めの部類にあるため…近くを通りかかったとしても見過ごす線が無きにしも非ずなのである。

 そうならないようにさっきから目は光らせているものの、それだって確実ではない。


 まだ向こうからの連絡は来ていないので、そこも含めて彼女の現在位置が把握できず胸の内の不安感が高まってしまうといった感じだ。



 ──しかしながら、そんな彰人の懸念は結論から言えば全て杞憂に過ぎない。


 何故かと問われれば、今も尚不安そうに周囲をキョロキョロと見渡す彰人の傍に少しずつ距離を縮めていく…()()の姿が見られたからだ。


(ん…? あぁ、何だ。俺が余計な心配しなくても良かったみたいだな)


 ふと彰人が意識を向けた先。

 そこではどうしてか…多くの人で溢れかえった雑踏の中であっても一際騒然とした空気感が漂っており、人々の目は()()()()に集中している。


 そこにいるのは、否応にも周囲の目を独占してしまうほどの容姿と緩やかな雰囲気に満ちた少女。

 彰人にとって誰よりも愛しきパートナーの姿が、一歩一歩近づくたびに浮かべられた笑みを深め…やっと互いに話せる距離まで歩み寄った時。


「──彰人君、お待たせ。…待たせちゃったかな?」

「いや、全然待ってないから大丈夫だ。それよりも無事に来れたみたいで安心したよ。…朱音」

「それはもちろんだよ。だって今日はせっかくのデートなんだから…遅刻するわけにはいかないもんね」


 彼女もまた、実に一日ぶりに彰人と対面したことで無意識にその表情は綻んだようだ。

 隠し切れないほどに幸せなオーラを全身から醸し出しながら現れた美少女…朱音は、傍から見ても眼前の相手が()()なのだという事実を辺りへと叩きつけている。


 …ともすれば、それは朱音なりの牽制だったのかもしれない。


 自分の相手は彼だけだと、それ以外の者が割り込む余地など無いと暗に示すための…独占欲とも言い換えられる。

 無論、そうすることを彰人が止めることは無い。


 自らの恋人が自分だけを特別だと遠回しだろうと明言してくれる動向。

 それを喜びこそすれど、わざわざ止める道理などないのだから。


 どちらにせよ、今の彼は朱音と問題なく合流出来たことに安堵するのと同時に…その様相に見惚れることとなる。


「…っ! …朱音、その服よく似合ってるな。動きやすそうでもあるし、雰囲気が朱音の可愛さとも合わさって滅茶苦茶良いと思うぞ」

「ふふっ、そうかな? まぁ今日は猫カフェに行くってことだったから、お洒落も大事だけど少しは動きやすい服が良いかなって思って選んだんだけど…」


 合流出来たという事実に彰人も一息吐こうとするが、それよりも前に目に飛び込んでくるのは彼女の服装である。

 …つい視界に入った瞬間は言葉を忘れて見惚れてしまいそうになったが、実際そうなるくらいには今日の朱音が身に纏うファッションもこれ以上ないほどに似合っている。


 というのも、今の朱音は…上は白のシンプルなニットセーターと下は黒のセミワイドパンツというかなりシンプルな着こなしをしており、それ以外には上着として黄色のダウンコートを羽織っている程度。

 しかし、そういった組み合わせだからこそ朱音の清純さが前面に押し出されている。


 控えめに言って最高。言葉を濁さずに伝えてしまえば至上の可愛らしさである。


「…良く似合ってて可愛いよ。本当にそれ以上の言葉が見つからなくて申し訳ないけどな」

「……ううん、大丈夫だよ。だって、そうやって彰人君の顔を見てるだけでも…今日の私に見惚れてくれたんだなって分かるからね」

「全部お見通しか…その通りだけどさ」

「それはもう。…これでも彼女なんだから、大好きな人のことくらいは分かるもん」


 されど、その愛らしさを伝えきるには残念ながら彰人に備わっていた語彙力だけでは到底足りない。

 愛しい彼女の魅力を余すことなく伝えられない未熟さが情けなくも思えてくるが…朱音にしてみれば、それだけでも十分だったのだろう。


 口元に指を当てながら微笑む彼女の姿を見れば、彰人の本心など…全てお見通しだというのは容易く伝わってくるのだから。


「…っと、そろそろ行かないとギリギリだな。じゃあ朱音……行こうか」

「うん。…すっごく楽しみだなぁ」


 しかしながら、現在の時刻を何気なく確認してみれば彼らが予約をしていた時間がもう少しで迫ってくるといった頃合いである。

 切羽詰まるほどではないが、あまりのんびりしていると遅れてしまうためもうじき向かっておかなければならない。


 なので、ここは彰人も迷うことなく…己の手を朱音へと差し出す。

 それだけで意図は伝わったのか、彼女も心底嬉しそうな笑みを浮かべると彼の手を取り、少し冷たさがある体温を感じながらも彼らは手を繋いだまま歩いていった。


 放たれる空気は二人だけの甘さを放ち、他者が割り込む隙など微塵もあるはずがない。

 ゆえにこそ、彰人と朱音は隣に立つパートナーのことを愛しく思いながら…本日の目的地へと歩みを進めるのであった。


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