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第百五十七話 猫好きの性


「うーむ……どうするかな…」


 沙羅との通話が終わり、元旦にて家族と過ごす時間が決まった直後。

 温もりが満ちてきたリビングのソファに腰掛けながら、彰人は先ほどまでの朗らかな表情とは打って変わって気難し気な顔をしていた。


 この場に彼以外の誰もいない状況だからか自然と独り言までこぼしている始末。

 どうしてそのような顔を浮かべているのか、その理由は…現在彼が眺めている携帯の画面に起因している。


「…クリスマスイブ、朱音と出かけたいが…駄目だ。候補が多すぎて絞り切れない…」


 …そう。言葉にしてみれば何てことは無い。

 今もなお彰人がスクロールしている携帯の画面にはやたらポップな字体でまとめられた『クリスマスにおススメ! デートスポット!』なんてサイトが表示されており、先ほどから彼がうんうんと唸りながら見ていたのもこれである。


 もう言わずとも分かることだとは思うが、クリスマスイブに朱音と出かけられる場所がないかと探していたところで悩みに直面しているだけだ。

 というのも…色々と目的地を探していて候補を見つけたは良いのだが、その候補というのが見ている間にどんどんと増えてしまったのだ。


 …現時点で選び抜こうとした候補地だけでも十を超えているので、流石にあれもこれもとは言っても欲張りすぎたのは自覚している。


「でもなぁ…付き合ってからは初めてのデートになるし、せっかくなら良いものにしたいよな…」


 だが彼がこうも気合いを入れて選び抜いているのにも理由はあり、これが彼らにとっては恋人となってから初となるデートだからだ。

 一応この前の遊園地デートも該当すると言えばそうかもしれないが、あれに関しては告白のためのデートという括りだったので若干外れてもいる。


 そういった理由もあるので、明確に付き合ってから出かけるというのは次の機会が初めてだとも言える。

 なれば当然、少々気合いを入れたとしても良い思い出にしたいと考えるのは当たり前のこと。


 日程にしても定期試験を終えた後となるとクリスマスイブという重大イベントとも重なってくるので、そこらの事情も加味されて万全を尽くしたいと考えていた。

 …まぁ、気合いを入れすぎて候補地を絞り切れていないというのが現状なので進捗は微妙だが。


「…情報が集まりすぎて訳が分からなくなってきたな。一回全部振り出しに戻して考え直すか」


 ここまで考えがまとまらなくなってしまえば自分では整理できていると思っていても余計に無駄に時間が過ぎ去っていくだけだ。

 そうなるくらいならいっそのこと今まで考えていた案は全て白紙に戻し、また一から考え直した方が早いこともある。


 時には遠回りをした方が近道なんてこともあるだろうし、このまま同じ状況を続けていても活路があるとは思えないのでそうしてみよう。


「とはいっても…どうしたものかね。これだけ探してもピンとくるものは見つからないし…」


 一度頭をすっきりさせた状態でプランを練り直すこととした彰人だったが、そうはいっても同じサイトを繰り返し見たところで都合よくベストなアイデアが降ってくるわけもない。

 リセットしたことで多少考えも冷静にはなれたが、逆に言えば状況を好転させられた要素はそれくらいである。


「……ふぅむ、これは…ちょっと場所が遠いな。朱音に歩いてばかりで無理はさせたくないし却下。こっちは………うん?」


 それでも何か無いだろうかと僅かな希望に縋り、諦めることなく根気強くページをスクロールしていく。

 先ほどまでと変わりない情報群が次々と視界に入っていく中、ふとその拍子に…彰人の意識に一つの店舗の情報が入ってきた。


「…()()()()? この近くにこんな場所あったのか」


 どんどんと画面を指で操作していた彰人の目に留まったもの。

 それはポップな雰囲気のサイトにあってどこかのほほんとした柔らかさを思わせる紹介文で掲載されており、その印象の差で思わず目を惹かれたのだろう。


 そんな店の詳細は…どうやらここからそう遠くもない場所にある猫カフェということらしく、近々クリスマス限定のメニューを提供し始めるとのことで宣伝されていた。

 おそらくその情報もあってこのサイトに載せられていたのだろうが…案外、これは良いかもしれない。


 クリスマスのデート先としてはもっと良い地も探せばあるにはあるだろうが、彰人にとってはどこに行くかよりも朱音に楽しんでもらいたいという気持ちの方が強い。

 そして、そんな彼女が喜んでくれそうなものと言えば———。


「朱音って確か…猫好きだったよな。前の遊園地でも結構はしゃいでたし…」


 ——他でもない、ここにも数多くいる猫である。


 前々からその片鱗を覗かせてはいたが、朱音はきっと……というかほぼ確実に猫という動物が好きだ。

 この前赴いた遊園地でも猫を模したキャラクターと触れ合って幸福の絶頂といったオーラを醸し出していたし、それより前にしても自室には猫のぬいぐるみなんかが置かれていたりもした。


 これらの要素を考慮すれば彼女が猫を好んでいるというのは容易に想像できるし、仮に本物の猫たちと触れ合える環境に行けば…楽しんでもらえるのではないだろうか。


「…悪くない、かもな。ここも予約制らしいけど…まぁ今からならイブにも予定は空いてそうだな。……よしっ! なら一回聞いてみるか」


 当人に聞かなければ判断は曖昧なままであるが、一考の余地はある。

 考えれば考えるほどここに行くのがベストなのではないかと思えてきてしまい、こうなったら実際に尋ねてみようということで朱音へと連絡をすることとした。


 何気に朱音と電話でやり取りをするというのも珍しい。

 いつもは直接話すかメッセージでのコミュニケーションしかしていないので、何とも不思議な気分だなんてことを思いつつも彼女の連絡先へと通話を持ち掛ければ…ありがたいことにすぐに反応が来た。


『…もしもし、彰人君? 電話なんて珍しいね』

「あぁ朱音。いきなり悪いな」

『ううん、もう優奈とも別れて帰ったところだから全然大丈夫だよ。…でも、何か用事でもあったのかな?』


 電話の向こう側からでも透き通るような声色を感じさせてくるのは、彰人にとって愛しい相手でもある朱音だ。

 どうやらあちらも優奈と二人きりでの寄り道は既に終わっていたらしく、のんびりとした雰囲気から自室にでもいるのだろうことが分かる。


 そういうことなら安心だ。

 流石に女子同士で楽しんでいるところに水を差すような真似をしてしまうのは不本意だったので、彼女一人ならゆっくり用件を伝えられる。


「用事…と言えばそうだな。どっちかというと持ち掛けに近いけど」

『…? そっか、それでどうしたの?』

「いやな、実はなんだが…今日クリスマスに航生達とパーティするって話があっただろ? で、その中でも少し話題に上がったけど…イブの日のこと。良かったら一緒に出掛けないか?」


 こういうのは口にするのを躊躇っていては長引いた分だけ言い出しづらくなるというのは分かり切っているので、単刀直入に用件を切り出した。

 つい数時間前に決まったクリスマスの集まり。

 そこで微かに触れた話題でもある、朱音と二人で過ごすか否かということについて…真っ先に触れていった。


 正直言った後で急すぎたかもしれないなんてことを思いもしたが…次の瞬間には、その懸念も杞憂にすぎなかったと思い知らされる。


『——うん、もちろんいいよ。私もちょうど彰人君とお出かけしたいなって思ってたから…実はこっちから誘ってみようかなって思ってたんだ』

「そうだったのか…危うく朱音の方に言わせるところだったな。早めに言っておいて良かったよ」


 落ち着きを思わせる声でありながら、どことなく弾んだ気分を滲ませて受け入れの返事をしてくれた朱音。

 もしかすれば先に何らかの用事でも入れていて、断られるか…とも思っていたがそんなこともなくて一安心である。


『ふふっ、でも彰人君から言ってくれて嬉しかったよ? これでクリスマスイブは一緒に過ごせるってことだもんね。今から楽しみだよ』

「…だったら誘った側としても嬉しい限りだよ」

『うん。でも…どこにお出かけするの? もう決まってる?』


 声を聴いているだけでもその言葉に嘘がないことは一目瞭然だ。

 短くない付き合いを経てきた彰人であれば…朱音が心の底からこの誘いを楽しみにしてくれているのは手に取るように伝わってくる。


 だとすれば、こちらとしてもその期待に応えられるように全力を尽くしておきたいところだ。


「一応考えてはいるよ。朱音さえ良ければ何だが、この近くにある猫カフェに行ってみないかって——」

『…ね、猫カフェ!? 行ってみたい!』

「——うおっ!? …そ、そうか。まさかそこまで良いリアクションをされるとは…」

『あっ……ご、ごめんね? ついテンションが上がっちゃって…』


 朱音の立場からすれば当然気になるだろう自分たちの目的地。

 こちらにしても当日まで隠すほどサプライズに富んだ内容でもないため、先に明かしてしまえば…想定以上に弾んだような返事が彰人の耳を襲った。


 彼女にしては珍しく、内心の興奮を抑えきれないといった様子で飛ばされてきた声は…教えられた目的地への隠し切れない期待感が垣間見える。


『そ、その…実は前から猫カフェには興味があったんだけど、一人だと中々行く勇気がなくて…』

「あ、そういうことだったんだな。俺も朱音が猫を好きなんじゃないかって思って提案してみたんだけど…それなら言ってみて良かったよ」

『…すっごく嬉しいし楽しみだよ。今からワクワクしちゃって眠れなさそう…!』

「…朱音がそう言うとは相当なものだな。でも当日に眠くて楽しめないなんて悲しいから、ちゃんと睡眠はとってくれ」

『そのくらいは分かってるもん。じゃあ…当日はいつ頃にお店に行こうか?』

「そうだな。予約する時間から考えると——」


 朱音から聞いた話をまとめれば、何と以前に彼女も猫カフェに赴こうと考えていたことがあったらしい。

 ただ、彼女一人で向かうには多少ハードルが高かったようで…その時は断念したらしい。


 なので今回の彰人の誘いはまさしく渡りに船であり、快く快諾してくれた。

 もとより猫好きの片鱗を見せていた朱音のことだ。


 その内に秘めた期待感も半端なものでは無いようで、聞こえてくる声からもとめどなく溢れてきそうな期待感は感じ取れる。

 その後、会話の内容がより具体的な待ち合わせ場所や集合時間へと移っていったが…そこでも節々から感じられる愛しき恋人の態度に、彰人も思わず口を綻ばせるのであった。


さぁ、二人のデートが決まりました。


どんなことが待ち受けているのやら…まぁイチャつくのは確定でしょうけどね。

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