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第百四十四話 デート開始


(…忘れ物はないし、家を出る前にも準備はしっかりしてきた。だから心配することは無い…はずだ)


 朱音から内に秘められていた想いを聞き、そこで返事をしようとして…彼女自身から止められた後のこと。

 結局あの場では告白の返事は保留とされ、そのまま二人の関係は停滞したままかとも思われたが…決してそんなことは無い。


 むしろあの場でのやり取りは今日この日のための前置きであり、朱音が整えてくれた舞台でもあるのだ。


 そんな彰人が現在いるのはいくつかの電車を乗り継いでやってきたかなりの広さを誇るテーマパークであり、休日ということも相まって相当な人が来場していく姿が確認できる。

 入場開始時刻は既に過ぎているので待ち時間なんかはないが、それでもこの場の人気さを暗に示す来場者の多さは流石のものである。


 …そして、このテーマパークこそが彼女へと想いを伝えるための場となる。


 今日を迎えるにあたって夜は緊張のあまり中々寝付けない、なんて事態が発生したりもしたが…そこは大して関係もないので割愛する。

 重要なのはこの日が正念場となるという一点であり、それ以外は些事なのだ。


 実際、まだやってくる気配を見せない朱音を待つ彰人も今日ばかりはだらしない格好では来れないと服装にも気を遣い、上は白のシャツに茶色のカーディガンを羽織り、その上から防寒対策として上着を身にまとっている。

 下もシンプルな黒のパンツでまとめており、シンプルな装いではあるが…まぁこんなものだろう。


 あまり過剰に着飾りすぎても動きにくくなるだけだろうし、このテーマパークで歩き回るという流れを考えれば動きやすさもある程度は確保した装いがベストとなる。

 その上でコーディネートを組み合わせるとなれば、このあたりが限度として落ち着くのだ。


(朱音ももう少しで来るって連絡は来てたけど…というかこれって冷静に考えなくても、デート…だよな? 昨日は色々あって思い至らなかったが…)


 しかし、こうして入口付近で一人立ち尽くしていると…多くの余計なことをどうしても考えてしまう。

 そうした思考の渦にあって彰人の頭に浮かぶのは、己が今置かれている現状…客観的に見ても男女で繰り広げるデートのようにしか捉えられない状況だった。


 先日は怒涛の流れと急展開の連続ということもあって頭がそこまで追い付かなかったが、わずかなりとも冷静さを取り戻しつつある今ならばそこにも思い至る。

 今までとは明確に異なる、朱音とのデートという言葉の響きには少なからず心が揺さぶられるものがあった。


 …ここまで来てデートという単語にすら反応を示すというのは情けなくも思えるが、そこは許してほしい。

 何分(なにぶん)女子と二人きりでこんなところに来るのも初めてなのだ。

 過剰なリアクションをするのは必然である。


(いや、落ち着こう。勝負を掛けようって時に考えを乱してたら上手くいくものも失敗するだけだ。…それにせっかくここまで来れたんだ。まずは朱音と楽しむことを最優先、だな)


 ただ、それらの考えも冷静に努めようとする彰人の考えによって静まりを見せる。

 確かに今日は多くの山場が待ち構えており、それに伴って考えなければならないことも多い。


 彰人にとっても、そして朱音にとっても重要な一日になるだろうことは容易に予想できるが…まず第一に念頭に置いておかなければならないのは、二人で目いっぱい楽しむことだ。

 考えることが多すぎて頭がパンクしそうにもなるが、それだけは忘れてはならない。


 …たとえ今日の終わりにあるものが大きな転換点なのだとしても、それだけを重視して過程を軽視しすぎれば良い思い出にはならなくなる。

 誘われた経緯がどうあれ、やってきた場所は非日常的な楽しさを満喫するための施設なのだから…そこを無視してどうするというのか。


(もうすぐだよな…時間的にも言われてた頃だし、そろそろ来てもおかしくはな———)


「——彰人君、お待たせ」


 …と、そこまで考えたところで彰人に声を掛ける者が一人。

 人の多さゆえに喧騒に満ちたこの場であっても、スッと耳に届いてくる可憐さを思わせるこの声色は…聞き間違えようもない。


「…来たか。別にそこまで待ってないから大じょ……っ!?」

「…? どうしたの、彰人君?」


 声を掛けてきた人物のいる方に首を向ければ、そこには予想通り朱音の姿があった。

 普段通りマイペースな空気を十全に滲ませつつ、心なしか声色に今日の予定への期待感を滲ませるかのようにして聞こえてくる彼女の姿を目にし……その瞬間、彰人は驚愕に頭を支配された。


 …彼がいきなり驚きに満ちたリアクションをしたのは何てこともない。

 ただ、朱音の格好を目にしただけ。言葉にまとめてしまえばそれだけのことだ。


 たったそれだけのことだというのに…彰人の思考は驚愕に満たされたのだ。

 その理由はひとえに、彼女の服装が……彼の想像など優に上回って()()()()()()()()からだ。


 …今、彰人の目の前に立っている朱音が身にまとった装いは少しサイズが緩めの白のコートに全身を包んでおり、そこからわずかに覗くベージュを基調としたチェック柄のロングスカートというシンプルなものだ。

 付け加えるなら首元には上着と同じ色合いのマフラーを巻いており、もこもことした感触が非常に可愛らしい。


 端的に言ってしまえば…朱音の可愛さが全面に押し出されたファッション。

 彼女の魅力をこれでもかと詰め込んだかのような様相を目の当たりにし、誠に申し訳ないが…思わず見惚れてしまった。


 寒さ対策をばっちりとしているからか、いつもよりも厚みを増しているように思える朱音の姿。

 …正直に言って、これ以上ないほどに愛らしく……似合っていると断言が出来る。


「彰人君、彰人君ってば。ボーっとして…何かあったの?」

「…あ、あぁ悪い」


 ただ、そんな反応ばかり示していては彼女も不審がってしまう。

 素直に本心を伝えれば見惚れていただけだということであっても、傍から見れば朱音を前にして呆然としていたという間抜け極まりない様なのだからそれも当たり前だ。


 だからその誤解を解くためにも、そして今の朱音の格好を褒めるためにも…彰人は意識を切り替える。


「何かがあったってわけじゃないんだけどさ。ただ…朱音の服装がよく似合ってるなって思ったんだ。だから少し見惚れてた」

「……ふふ、そうなんだ?」


 多少ストレートな物言いになってしまったが、まぁこれくらいは構わないだろう。

 以前なら言わなかったような言葉だが、今となっては…彼女の想いも自分の想いも知れた直後のことなのだ。


 真正面から誉め言葉を投げかけても極端に嫌がられるようなことはないだろうという確信があったからこそ、このような歯が浮くような台詞を口にしたのだ。

 そしてその効果は覿面だったようで、彼の言葉を聞いた朱音はというと……最初はキョトンとした表情を浮かべていたが、次第に意味を理解していったのだろう。


 余程嬉しく感じられたのか、満面の笑みといって差し支えない喜びを全身から漂わせる彼女のオーラはこちらからでも感じ取れるくらいに強いものだ。


「だったらこの服を選んできて良かったかな。彰人君に褒めてもらえたなら…嬉しくなっちゃうね」

「見た目からしても温かそうだし、可愛いと思うぞ? 流石朱音って感じだな。何を着ても似合うのは美人の特権ってことか」

「うふふ。そんなに褒めても何も出ないよ?」


 今更隠す必要も取り繕う必要もなくなったことで、彰人の朱音に送る誉め言葉の弾幕は以前よりも遥かにパワーアップしている。

 それこそ、己の本心を口にすることで発生しかねない羞恥心よりも今は彼女への愛しさが上回っているくらいだ。


 …この距離感でまだ明確に付き合っているわけでもないなんて言ったところで到底信じてももらえなさそうであるが、当人たちによってはこれが素の距離感ゆえに仕方がない。

 忠告をしたところで改善するつもりすらないのだ。周りは大人しく見守る以外の選択肢を持てない。


「本音で言ってることだからな。別にご機嫌取りってわけでもないし…本当によく似合ってるよ」

「…ありがとうね。でもそんなに褒められ続けたら時間が無くなっちゃうよ。嬉しいけど…そろそろ行こう?」

「っと、そうだな。なら入場券を買って……」

「じゃあ……はい」

「…ん? 手なんて出して、どうしたんだ?」


 しかし彼らもこんなことばかりに意識を集中させているわけにもいかず、朱音から指摘されたが今日も時間は有限なのだ。

 ここまで来て楽しむための時間を十分に確保できない、なんてことになってしまえば目も当てられないので…早いところ施設の中に入った方がよいだろう。


 そう考えて彰人がチケット売り場へ進もうとした……直前。

 向き合っていた朱音が自分の掌を差し出すようにして彰人に向けてきたので、その行動に疑問を覚えた。

 …が、その答えは至極単純だ。


「せっかくだからね。…少し手を繋いでいってもいいかな? そっちの方が私は嬉しいな」

「……朱音の頼みとあらば。これでいいか?」

「うん。ありがとう」


 彼女が暗に示してきた要求は彼と手を繋ぎたいという、とてもシンプルで…とても可愛らしいもの。

 こちらとしてもそれくらいなら断る理由すらないため、差し出された小さな手を握り込むようにして繋げば冷えた手を通じて彼女の体温が伝わってくる。


 背丈にも見合った小さな掌を握ればそれで向こうも満足してくれたのか、あちらもしっかりと握り返し…ようやく二人は歩き始めた。

 …外出開始時点で甘さに満ちた彼らの空気感は何者も立ち入れるものではなく、二人以外の誰かが割り込む余地を許さない。


 互いが互いを信頼しているからこそ形成された甘い世界は…周囲の冷えた空気にも少しずつ伝播しているかのようだった。


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