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第百四十話 見つけた答え


 何とか朱音を見つけられた彰人であったが、彼女から言われてしまったので微妙な距離感を維持しつつ腰を落ち着けた。

 …このわずかな距離で何が変わるのかとも思うがそこは言ったところで朱音が譲るとも思えないので、必要な間なんだろう。


「…でもよく私のことを見つけられたね。誰にもどこかに行くなんて言ってなかったのに…」

「そこはまぁ…探し回った結果だな。あとは他から聞いた情報も合わせて見つけたって感じだけどさ」


 そこは置いておくとして、今は朱音との雑談である。

 彼女が驚かされたのはどうやって自分を見つけられたのかという点らしいが、そこに関しては地道な捜索という他ない。


 元々彰人にしても朱音の居場所など知る由もなく、まさに情報はゼロからのスタートだったのだから自分でもよく見つけ出せたものだと思う。

 ある種、これも執念の賜物といったところか。


「そうだったんだ…」

「あぁ。あっ、それと思い出したんだが…朱音。バレーやってた時に頭にボールぶつけたんだって?」

「ふぇっ!? …ど、どこでそのことを…」

「…周りのやつが話してるのを聞いたんだよ。大丈夫だったのか?」


 ただその一方で、彰人も彼女に聞いておきたいことが一つある。

 それは先ほど聞き耳を立てていた中で知れた噂の一つであり…朱音がバレーで頭をぶつけた云々、といったあれだ。


 見た感じ痛がっている様子もなく、頭や顔にもそれらしき怪我の痕は見られないので問題ないとは思うが念のため、本人からも確認しておきたかった。

 …朱音の方は己の羞恥心でも刺激されたのか彰人に指摘された途端に顔を赤くしていたが、そこについて気遣う余裕もないので一旦スルーしておく。


「…別に、頭は痛くもないから大丈夫だよ。傷とかもないし…」

「そうか…なら良いんだけどさ。何か朱音が怪我でもしたんじゃないかって心配だったから」

「……そ、そうなんだ」


 嘘を言った感じはない。無理をしているだとかそういうわけでもなく、これは事実なのだろう。

 だったら安心だ。これで傷が残りでもしていたら無理やりにでも保健室に連れて行っていたが、問題ないならそれに越したこともない。


「と、ところで…! …彰人君の方は試合やってるんじゃなかったの? こんなところにいたらサボりになっちゃうんじゃ…」

「…そのことな。特に問題ないんだ。なんていうか…速攻で試合が終わったからさ」

「え?」


 怪我がないと分かれば一安心。そう思って朱音との雑談に花を咲かせていたのだが…次に突かれた話題は何とも情けないというか、彰人の参加していた種目に関連したものとなってしまった。

 …これは、はたして言ってしまってもいいのだろうか。しかしここで言わないというのも不自然が過ぎる………。


 悩んだ末、彰人は己の羞恥を上塗りするような真似になると分かってはいたが伝えることにした。


「俺たちのクラスの対戦相手が異様に強くてな…何とか対抗はしようとしたんだけど、それも出来ずにボロ負けしたんだよ…」

「…ふ、ふふふっ……」

「……笑うなよ。これでも必死にやってきたんだからな」


 だが案の定、というか当然のリアクションとして朱音は小さく笑い声を上げていた。

 …そういう反応もされることは予想していたが、実際に目の前でやられると意外にも気まずいのだということを彰人は静かに実感させられた気分である。


「ご、ごめんね……でもちょっと面白くて…ふふっ」

「まぁ朱音に見られなかったのが唯一の救いではあるか…あんな格好悪いところを見られたっていうよりはマシだしな」


 未だに笑いが収まらないところを見るに、相当ツボにはまったのだろう。

 これまでに見たこともないほどに良い反応をする朱音の反応を見ていると、見方によってはここまで彼女を笑わせられた結果に収まって良かったのかもしれない、なんて考えまで浮かんできそうだった。


 …それもこれも彼女に直接試合の場面を見られていないからという理由あってこそのものだが、そこはいいだろう。

 大して活躍も出来ず、さらに追い打ちをかけるように速攻で自分が参加していた試合が敗北で終わった場面など今更見られたいものでもない。


 なのでそこを見られなかったことだけは助かったかと、そう思っていれば…向こうはほんの少し惜しむような、そんな表情を見せていた。


「…私としては、彰人君が頑張ってるところは見たかったなって思うよ?」

「……いやいや、勘弁してくれ。見どころなんて一つもないダサい有様だったんだぞ?」

「だとしても、だよ。…私からすれば、彰人君が頑張ってるってだけですっごく格好いいなって思うもん」

「……っ!」


 そしてそこから先に放たれた一言には…筆舌にしがたい威力が秘められていた。

 …まるで都合のいい解釈で逃げることなど許さないとでも言わんばかりに、真っ直ぐに伝えられた言葉はこちらの心臓を容易く揺さぶってくる。


 それほどの感情が込められた発言であった。


「…ねぇ、彰人君」

「……何だ?」


 だから、その言葉によって感情を揺さぶられていた彰人には…次の朱音の言葉を予想することなど出来やしない。

 …あるいは、余裕があったとしても予測など始めから出来ることでもなかったのかもしれない。


「一つだけ聞きたいことがあって…いいかな?」

「聞きたいこと…? いいけど、何を聞きたいって言うんだ?」


 場の雰囲気も相まってか、いつものように半開きの瞳にも心なしか…真剣な感情が加えられているように思えてしまう。

 …どうしてそのような目を向けてくるのだろうか。その疑問は明かされることなく、彼女は言葉を続けてくる。


「…今も言った通り、私から見たら彰人君はどんな時でもすごく格好いいと思ってるんだ。だから、ね…彰人君から見て、()の私はどう見えてる?」

「……朱音が、どう見えるか?」


 ——そうやって彼女が尋ねてきたのは、質問の意図が掴みづらい類の問いかけ。


 今の彼女のことを、彰人から見てどのような印象や感情を抱くのか。

 尋ねてきたこととしてはそれだけのはずなのに…何故、そんなこちらの返答を待ち遠しく思うような顔を浮かべるのだろうか。


 …彼女がこの応答に何を期待しているのか、というのは分からない。

 ただ何となく……このやり取りが朱音にとって、そして自分にとっても曖昧な言葉で濁していいものではないことは察することが出来てしまった。


「そう、だな……何て言ったらいいか少し迷うけど、俺から見た朱音っていうのは…」

「……う、うん」


 …そこまで言って、彰人は思わず言葉を詰まらせてしまう。

 言いかけておいて何だが、()の彰人にとって間宮朱音という少女は…どういう相手なのだろうと考える思考がブレーキをかけてしまったのだ。


 ——かつては単なる同じクラスというだけの間柄。そこから仲の良い友人へと発展し、紆余曲折を経て自分のことを支えてくれる相手となってくれた少女の存在。

 そして今となっては…人生でも初めてとも言える、心から好意を抱いた相手。


 ここに至るまでに濃厚すぎる過程があったがゆえに、そこに伴って数多の関係性と繋がりを変遷してきた彼らの日々は一言でまとめるにはあまりにも困難である。

 ただ、その日々があったからこそ…今こうして、彼女の隣に座れてもいるというのも事実。


 それを踏まえるならば、今の彰人から見た朱音を表す言葉は………きっと、これしかない。


「…()()()()()()()()()()()、かな。多分、それが一番しっくりくると思う」

「……寄りかかる?」

「ああ」


 おそらく、朱音が求めていた回答とはまた違うのだろう。

 向こうが期待していた答えを予想するならそれは可愛いだとか、相性の良い相手だとかそういったニュアンスのものだったのだろう。


 それらを思うのならきっとそこに近しい返事をするのが最適解だったはずだ。

 …だとしても、今だけはそんな最適解なんて論理的思考ではなく…感情に身を任せた答えが一番良いものだと直感した。だからそのように言葉を返した。


 返された朱音は予想外のものが来たからかキョトンとしたような表情を浮かべていたが、まぁそれは正常な反応と言えよう。


「情けない話だし、自分勝手なことだと思われるかもしれないけどな。でも今までの俺は朱音から支えてもらってばっかりだ。…だから、朱音にも支えてもらうばかりじゃなくて俺に寄りかかってほしいって思うんだよ」

「………いいの? 自分で言うのもなんだけど…私、結構重いと思うよ?」

「朱音なら気にしないって。むしろドンドン来てくれって思うくらいだからな」

「…そっか。そうなんだね」


 今に至るまでに朱音は己の弱みとも言える部分を見せたことが少なく、対して彰人はあまりにも多くのものを掬い取ってもらった。

 そこに関する礼…なんて言うつもりはない。


 朱音は過去に彰人へしてくれたことを彼に対する貸しだなんて思ってはいないだろうし、返礼として何かをしようとしても受け取るだなんてことはまずしないはずだ。

 ゆえに、彰人が朱音の隣に立つためにできることを考えた結果出した結論は彼女が余計な気遣いなしに彼を頼ってくれる状況を作ること。


 朱音が自分を遠慮なしに寄りかかりたいと思えるほどに、彼女の中で自分を頼れる相手として認識してもらうことだった。


 そう言えば朱音も納得するところがあったのか…静かに階段から立ち上がると一段一段段差を降り進めていく。


「…まぁ、俺が言えることとしてはこのくらいかな。…こんなんで良かったのか?」

「うん。今聞きたいことは聞けたし…ちゃんと彰人君が私のことを見てくれてるんだなって分かったから安心したよ。教えてくれてありがとうね」

「…なら良かったけどさ」


 ただ、今述べてきたことが正解だったのかどうかは朱音側の判断によって決まることなので不明瞭だ。

 もしかしたら丸っきり的外れなことを言ってしまったかもしれないと内心で不安にも思えてきてしまうが…どうやら機嫌を損ねるような事態にはならなかったらしい。


「…私ね、彰人君が寄りかかってほしいって言ってくれて嬉しかったんだ。あ、しっかり私のことも考えてくれてるんだって知れたから」

「……朱音? 何を言って…」


 …しかしそうした安堵の一方で、独り言のようにも思える言葉を連ね始めた朱音の言動には疑問符が浮かび上がってきてしまう。

 自分の心の内を独白でもするかのように口にされた言葉は…それでも明確に誰かへと伝えているわけでもない。


 強いて挙げるならば、まるで自分自身に語り掛けるようにして紡がれていく言葉は不思議と彰人の耳にも沁み込むかのように届いてくる。


「…だからね。私もちゃんと()()が出せると思う。彰人君、本当にありがとう」

「っ! 朱音、それって…」

「…じゃあまた後でね! 私、先に行ってるから…!」


 …要領を得ない言葉の最後に紡がれた一言と共に向けられた表情は、こちらの方が蕩けさせられるのではないかと錯覚してしまいそうなほど甘い感情が込められているように思えた。

 勇気を出す。その言葉が意味するものを彰人が察するよりも前に…朱音も唐突に気恥ずかしくなったのか、足早にこの場所を去って行ってしまった。


 …意味が分からない状況に置かれたことと、濃密すぎる甘さを煮詰めたかのような朱音のはにかみを向けられた彰人の心臓は何故か痛いほどに高鳴っている。


「…朱音、勇気を出せるって……そういうことなのか?」


 まだ今は、何が何やらさっぱりなこの現状。

 しかしそれでも…この先に彰人を待ち構えている大きな何かがあるような予感だけは、彼の熱くなった頬と共に傍に控えていた。




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