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第十四話 不可避の追及


「…お客、来ませんね。この時間だと仕方ないですけど」

「まぁこの時間帯はまだ人通りが少ないしねー。もう少し時間が経ったら忙しくなって来るから、その時は彰人の出番だよ」

「お手柔らかにお願いしますよ……俺も過労で倒れるとかはまだ経験したくないので」

「はははっ! 流石の私もそこまでの無茶をさせることは………ないよ?」

「その間は何ですか? 無性に不安になるんですけど…」


 問題なく制服から店指定のエプロンへと着替え終わった彰人は、普段の業務通りにカウンターに立って掃除なんかをしながら未だにやってくる気配のない客からの注文を待っている最中だった。

 ここ、佳奈の経営している喫茶店である『トゥリス』はモダンな雰囲気をコンセプトとした飲食店でもあり、提供しているメニューはコーヒーなんかの定番のものからホットケーキやアイス等の軽食。さらには重めの主食まであったりするという中々に幅広い種類を取り揃えている場所だ。


 そして店内もそれらのメニューのインパクトに負けず劣らず素晴らしいものであり、その様相はあちこちに佳奈直々のこだわりが敷き詰められている。

 カウンター席やテーブル席には佳奈が自ら選び抜いたというシックな調度品によって統一されたお洒落さを漂わせており、来店した者を心地よい休息の一時へと誘ってくれることだろう。


 さらにはそこに加えるようにしてとんでもない美人さを兼ね備えた店長が待っている店……うむ、働いている彰人が言うのも何だがこれは間違いなく人気が出ること必至だろう。

 実際この時間帯だからこそまだ来店客は一人もいないものの、佳奈が言う通りこれが夜に近づいていけば徐々に客足も増してくるのでそこからが本番と言ったところだ。


「ところで店長………」

「こら、前にも言ったけど私のことは『佳奈さん』と呼ぶように。店長なんて仰々しいのは好きじゃないんだよ」

「…佳奈さん。前々から言ってますけど他にも従業員雇わないんですか? 俺一人ってのは流石に無理があるでしょう」

「あーその話? だいじょぶだいじょぶ! これでも昼時なんかは結構上手く捌けてるし、本当に人手が足りない時には彰人の力を借りれば十分だからね。だから今は特に考えてないよ」

「……そうですか。相変わらず人間離れした体力してますね」


 うっかり染みついた癖で佳奈のことを店長呼びしてしまいそうになったが、それは当人がお気に召していないのですぐに訂正する。

 しかしそんな中で彰人が提案したのはこの店の現状に関わることであり、こちらとしてはかなり深刻な問題ではないのかと考えているのだが……向こうにしてみればさして取り立てるほどのことでもないらしい。


 これは彰人が把握できている範囲の話にはなるが、この店で現在働いている者は店長である佳奈とアルバイトをしている彰人を除いて他にはいない。

 明らかに人手が足りていないとしか思えない状態。それに彰人とて連日バイトに来られるわけではないので彼が来ない日に関しては佳奈一人でこの店を回しているということになってしまう。


 なので彰人は前々から他にも従業員を増やした方がいいのではないかと提言し続けていたのだが……本人曰く、その必要も大してないらしい。

 あくまで佳奈本人の口から聞いただけなので信憑性があるかどうかは不明瞭だが、何と彰人がいない際には調理から接客、店内の清掃や空いた時間には食材の仕込みまでこなしているというハードすら飛び越えたスケジュールで動き続けているとのことだ。


 …正直、それを聞いた時には尊敬を超えて引いたのをよく覚えている。

 何せただでさえ彰人がいる時でも忙しいピーク時には手が回らなくなることもあるというのに、それを単身でかつ余裕でこなせると言うのだから……もはや佳奈が自分たちと同じ人間であるのかを疑いかけたくらいだ。


 しかし普段の仕事ぶりを見ていればこの人が人間離れした力を持っていることなど明白なので、今更ツッコむような真似はしない。

 …人間というのはとても悲しいことに慣れる生き物なので、この意味不明な生態をしている店主にも時間が経った今となってはは当たり前に受け入れてしまっている自分が恐ろしく思えてくる。


「にしても暇だねぇ……ちょっと彰人。あんた何か面白い話とか持ってないの?」

「とんでもない無茶ぶりを振ってくるのは止めてくれません? …ないですよ、そんな都合のいい話は」

「えー? 本当に? 彰人も花の高校生なんだから、色恋の話とか一つか二つくらいはあるでしょうに」

「そっちのジャンルだと余計に話せることなんて無いんですけど……」


 それまではカウンターで静かに調理道具を洗っていた佳奈だったが、それが一段落してしまうと途端に退屈になってしまったのか彰人に向かって面白い話題がないかと話を振ってきた。

 …暇なときに面白いものを求めてしまう心理というのは理解できないわけでもないので何かを言うつもりはないが、前にも似たような状況に航生となったのでそんなところまで似なくてもいいだろうと思わなくもない。


「だってさぁ……彰人ってそういう話題が無いかって聞いてもいっつも無いとしか言わないし、お姉さんとしては心配なのよ。だからほら! 何でもいいから相談してみなさい! 例えば女子とノリで付き合っちゃったとかさ」

「あるわけないでしょ、そんなもん。そもそも俺、付き合うとしてもしっかり段階を踏んでいきたいタイプですから」

「くっ……! この時ばかりは彰人の真面目さがにくい…っ!」

「何言ってんですか……」


 すると話題の提供が無いことに痺れでも切らしたのか、今度は人の恋愛観にまで口を出し始めた佳奈だったがそんなことを言われても困るだけである。

 悔し気に顔を歪めている佳奈には申し訳ないが、彰人の考えとしてはそもそもの前提として特定の誰かと付き合うことになるのであれば中途半端な感情で想いを伝えることなどあり得ないと思っている。


 自分でも高校生らしくはないという自覚はあるが、この考え方ばかりは変えられるものではない。


 自分でも曖昧な想いのまま、それも適当な過程で結果だけを追い求めてしまえばいつか必ずどこかで綻びは生じてしまう。

 そう思っているからこそ、半端なところでパートナーを作るなど到底してはならないことだと彰人は捉えているのだ。

 …まぁそんなことを言っておきながら、まず相手がいないので意味もない自論だと言われてしまえばそれまでのことでもあるのだが。


「じゃあさー……せめてクラスの女子との話題くらいはあるでしょ…そのくらいでいいからお姉さんに高校生の青春というものを提供してー…」

「…何でそんなにこっちの恋愛事情に執着してるんですか。別に佳奈さんが気にすることでもないでしょうに」

「そんなの決まってるでしょ! 高校生の恋愛……青春を傍から聞いて存分に揶揄ってやるためよ!」

「あ、やっぱりこの話キャンセルでお願いします」

「ちょっと待って!? 今のは流石に調子乗っただけだから!?」


 …大体そんなことだろうとは思っていたが、やはり佳奈の狙いとしては単に彰人の高校生活を聞いて話題のネタにでもしてやろうという意図だったらしい。

 おおよその見当はついていたので別に驚きも無かったが……いい大人が一体何を考えているのやら。


「……はぁ。といっても俺も女子と会話なんてほとんどしませんよ? 何せクラスでも地味なもんですから」

「別にそんなの気にしてないわよ。彰人なりに関わりを持ってるってことなら気にも留めないし」

「そう言われましてもね……まぁ最近なら一人関わりが増えた女子がいないわけでも無いですが……」

「おぉ! やっぱり良いネタ持ってるんじゃない! さぁ、お姉さんに包み隠さずその内容を話してみなさい!」

「……やっぱやめときます。話したところで悪い未来が待ち受けてる予感しかしないので」

「ここまで期待させておいてそれは無いでしょ!? …ほらほら、照れてないでこっちにも甘い日常ってもんを……」


 クラスの女子との関わりと聞いて真っ先に頭に浮かんできたのはやはり、ここ最近で話すようになった朱音のことだ。

 彼女であれば佳奈に話すにしても向こうの興味関心を満たすのには事欠かないだろうし、あれだけの魅力に溢れた少女であればむしろ大歓迎だろうが……()()()()()、この人に朱音に関する情報を渡してはいけない。


 渡したが最後、佳奈は確実に彼女に対して強い好奇心を抱くことだろう。

 その後に待ち受けている未来を想定してみれば……ここで話してしまうのは最悪の一手に近いことだと容易に結末が読めてしまうからこそ余計なことは伝えないという選択肢を取った。


「ちょっとちょっと。私相手に隠し事なんて言い度胸するようになったじゃないの、彰人? その程度の抵抗で秘密を隠し通せると思ったら大間違いなんだからね!」

「だから隠そうとしてるわけじゃ……あぁほら、お客さん来たみたいですよ。流石にそろそろしっかりしてください」

「ん? あ、本当だ。仕方ない……詳しい話はまた後で聞くことにしましょ」


 だがその程度のことで諦めるような相手ではない。

 諦めるどころかこちらが隠そうとすればするほどに燃え上がり、秘密を暴くことに躍起になるような人間が佳奈でもあるので、どうしたものかと一瞬逡巡したが……そこで店の窓からふと外を見てみれば、どうやらここに入ってこようとしている人たちがいたようだ。


 ちょうど顔が見えないので服装から判断するしかないものの、見た感じでは高校生の二人組が放課後の休息場所にやってきたという感じだろう。


 これを佳奈にも報告してやれば、流石に客が目の前にいる状態ではおかしな態度を取るわけにもいかないと思い直してくれたのか残念そうにしながらも引っ付いていた状況から解放してくれた。

 …引き際に不穏な一言が聞こえてきてしまったような気もするが、とにかく今は現状が何とかなったことを素直に喜んでおこう。


 それよりも今は仕事に専念する時だ。佳奈との他愛もない雑談はその後にでも回しておけばいい。

 そのように思考を切り替えていけば、ちょうどそのタイミングで店の扉が開かれ来店を告げる鈴の音が店内に響き渡った。


「いらっしゃいませ! お席はお好きな場所へ………って、は?」

「やっほー! 彰人、遊びに来たよー!」

「…お、お邪魔します?」


 …が、その直度に現れた人物の姿を見て彰人は思わず思考停止をしてしまった。


 こちらの困惑など意にも介さない様子で活発な雰囲気を纏う少女と、それに付き添うように不安そうにしながらもひょこっと顔を覗かせた見た目麗しい少女の二人組。

 彰人もよく知るその顔……優奈と朱音が静けさに満ちた店内へと声を響かせていたのだった。



もはや予測出来ていた展開。


佳奈と鉢合わせることになった朱音だが……この後どうなることやら。

正直嫌な予感しかしない。

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