第百三十八話 早々とした終了
いよいよ球技大会も始まり、少しグラウンドを見渡してみればあちこちで様々な種目が実施されている。
それに伴って参加している生徒はもちろんのこと、応援に駆けつけているのだろう者の声援もあって中々の熱気を感じられる。
そうした集団の中にある彰人も実感できるほどに高まった熱量につられ、自分のクラスの応援に駆け付ける……なんてことはしていなかった。
(凄い盛り上がりようだな…まぁその気持ちも分かるけど)
今の彼がいるのはグラウンドの片隅。そこの塀に腰掛けながらやや冷めた思考で遠巻きに球技に取り組む生徒たちを眺めている。
…別に彰人も、この行事を嫌っているわけではない。
どちらかと言えばインドア派であるとはいっても運動を完全に切り捨てているわけではないし、日頃からちょっとした運動程度なら自分からこなすくらいには彼も身体を動かしている。
では何故今この時に限って集団の輪から外れた場所にいるのかというと…単純に向こうの熱気についていけなくなったからだ。
…いくら運動が嫌いではないとしてもあれだけの熱量を発揮できるほどに彰人はこの球技大会にのめり込んでいるわけではないし、あくまで彼が好むのは程々の運動。
前にも考えたようにだからと言って自分の参加種目をサボるといったことこそしないが、あれだけの盛り上がりについていけるほど抜群のやる気があるわけでもない。
ゆえにこうして人の波から少し離れた場所にて自分の出番を待ち続けている、というわけだ。
(もうすぐで俺の試合も始まる時間か…そろそろ向かっておくところかね)
時折近くにある時計を確認しながら出番にだけは遅れないようにと目を向けているが、待ち続けた甲斐もあってもうじき試合開始予定時刻となる。
あの人の混みようもあれば到着するのにも多少時間がかかるだろうし、もうそろそろ向かっておくべきだろうかと考えたところで…不意に近くに人影が近づいてきていた。
「……やっ、黒峰。こんなところにいたんだ」
「ん? …あぁ渡辺か。よく見つけられたな」
「こっちも色々と歩き回ってたからね。でも見つけられたのは偶然だよ」
不意打ち気味に話しかけられたので少し面食らってしまったが、近づいてきていた人物の顔を見上げてみれば何てこともない。
声を掛けてきたのは以前の宿泊研修で知り合った渡辺健二であり、向こうも彰人がここにいることに驚いたようだった。
「でも黒峰、そろそろドッジボール始まるんじゃなかったっけ? もうすぐ出番じゃない?」
「そうだな。だからそろそろ移動しようと思ってて……うん? 俺、渡辺にドッジボール参加だって言ってたっけ?」
そうすれば健二の方から彰人の参加種目でもあるドッジボールの開始時刻が迫っていることを指摘されたが、別に心配もいらない。
特に開始時間を忘れていたわけでもないし、そのためにちょうど今から移動しようとしていたところなので立ち上がりつつそう説明し……ふとその言葉に引っかかりを覚えた。
彰人は自分の選択した球技はそこまで広めた覚えもなく、伝えていたのもせいぜいが航生や優奈、あとは朱音くらいのものだった。
なので自然な流れで彰人がドッジボールをやることについて言及していた健二の言葉に奇妙な違和感を覚えたのだが…そう言及すると、あちらはあっけらかんとした様子でその理由を教えてくれた。
「あぁいや、僕は別に黒峰から聞いたわけじゃないよ。ただ…実は僕もドッジボールを選んでたから、チームの人は何となく覚えてたんだよね。そこに黒峰もいたからってだけだよ」
「あー…なるほどな。それなら納得した」
特段返ってきた答えは特殊なことでも何でもない。
ただ単に健二の選んだ球技種目もドッジボールだったので彰人と被り、そこに並べられていたチームメイトの一人として印象に残っていたようだ。
「だから黒峰が一緒でちょっと安心したよ。…ぶっちゃけ僕って全然運動とかできなくて、活躍も出来ないだろうから知り合いが一人いるだけでも安心感が違うよ…」
「…心の支えになれたなら何よりだよ」
「うん、ありがとう。本当に…」
しかし健二も彰人と同じチームに配属されたことに色々思うことはあったようで最終的に何故か感謝をされてしまったが、まぁそれは良い。
彰人にしても知り合いが一人いるのといないのとでは試合に臨む心持ちがまるで変わってくるし、没入感だって段違いだ。
偶然の再会ではあったものの、ここで会ったならちょうど良くもある。
「じゃあ、まぁ…渡辺も一緒に行くか? どうせ試合場所は同じなんだし」
「そうするよ。せっかくここで会えたしね」
これから始まる種目も被っているというのならわざわざ別行動で行く理由もなく、彰人と健二はせっかくなので珍しい組み合わせで持ち場に移動することにした。
その道中で大した中身もない雑談なんかもしながら歩いていけば、あっという間に白線で形成されたドッジボールのコートにまで辿り着く。
時間になれば集合の合図もかけられたのでそれに従ってコート内に集合していき、彼らの試合本番となるのであった。
◆
「…負けた。早い決着だったな…」
「……仕方ないって。あれは相手が強すぎたよ…」
…彰人と健二も参戦していたドッジボールの試合が始まってから数分が経過した頃。
時間に換算すれば大した時も経っていないというのに…彼らは意気消沈とした様子でコートの外を歩いていた。
言うまでもなく二人がそうしているのは、試合が早々に決着したからである。
結果に関しては…言及するまでもないだろう。
「まさか一試合目から運動部が固まってくるとはな…あれ、勝てると思うか?」
「…無理じゃないかな。多分最初から優勝候補のチームと当たったね」
「だよな…」
彼らの敗北した要因はひとえに相手が悪すぎた。その一言に尽きる。
そもそも試合が開始された段階でおかしいとは思っていたのだが、まさか…向こうのメンバーの八割以上が運動部員で固められているとは思わなかった。
それに対するこちらの戦力は、運動部員も多少いたものの…向こうとは比べるべくもない力量差だ。
結局、大した反撃をすることもできずにあっさりと彼らの球技大会は幕を閉じた。
「…ま、いつまでも後ろ髪引かれてても仕方ない。切り替えていこう」
「…そうだね。考えようによっては残りの時間は休めるってことだし…そう考えれば悪くもないかな」
だが、こういうのは落ち込んでいたって結果が変わるわけでもない。
既に決まってしまった試合結果はどれだけ気分を沈めても変化などしないし、だったらさっさと気分を切り替えて次に意識を向けていた方が何倍もいい。
健二も言っていたように、捉えようによってはこれ以降自由な時間を手に入れたのだから喜ばしさすらある。
「この後は…黒峰はどうする? 僕は大悟のバスケが体育館であるからそっちに行くけど」
「ん、そうだな…俺もせっかくだし、体育館に行ってみるよ」
しかしそうなると問題になるのが次の動きだ。
試合が終わって自由になったのは良いが、その自由な時間をどう使うかまでは決めていなかったので…少し悩んでしまう。
ただそこで告げられた健二の動向。
どうやら彼は体育館に次の用事があるとのことなので、そちらに向かうと伝えられたがそこで思い出した。
この球技大会が始まる直前。優奈から聞いた話だと少し前から顔を見ていない朱音は確か体育館に行っているとのことだった。
もう幾ばくか時間も経っているし移動してしまっているかもしれないが、様子を見に行くという意味合いでも向かってみるのは悪い選択肢ではないだろう。
「了解だよ。ならそこまでは一緒に行くって感じだね」
「そうなるな。まぁあと少しだけ付き添わせてもらうさ」
あまり長く付きまとっていては健二にも迷惑になるかもしれないので、彼との同行はおそらく体育館までになるだろう。
そんなことを考えながら彰人たちはこことは異なるもう一つの舞台、体育館へと足を進めていった。
外からも分かるほどに歓声が響いているあの空間で、何が見られるのかはまだ不明だ。
彰人の試合、これにて終了。
ただこれは別に二人が特筆して弱いというわけではなく、本当に相手が抜きんでて強かったというだけです。
…なお余談ですが、ドッジボールはこの時戦ったクラスのチームが優勝しました。