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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第四章

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第百三十六話 足踏みする覚悟


 朝から航生の愚痴を聞かされ、それも予想外の方向で復活していった友の姿をありありと見せつけられた彰人も気が付けば時間はあっという間に過ぎ去っていき…気づけば放課後である。

 早朝から騒がしい空気の渦中にあったことは航生と優奈の二人組と絡んでいる時点でほとんど避けられない自然災害のようなものでもあるため、そこに関してはもう諦めている。


 ただ、今の彼ら——彰人と航生は二人きりで()()()()()を訪れていた。


「やっぱここのポテトって定期的に食べたくなるよな。この庶民的な塩気……他だと中々再現出来ないし」

「同感だ。こういうジャンクフードって無性に思い出す瞬間があるしな」


 今現在の二人がやってきていたのは学校近くにあるハンバーガーを主軸としたジャンクフードを提供している全国チェーン店であり、時間帯も相まってかなりの人でごった返している。

 その客層は彰人たちと同じく学生だったり休憩中のビジネスマンだったり、あるいは家族連れだったりと様々だ。


 …流石は全国展開もしている有名店。この辺りの知名度は抜きんでている。


 今日はそんな場所に二人でやってきているわけだが、別に特別な事情があったわけでもない。

 朝に航生が口にしていたことでもあるが…早朝から項垂れながら気分を沈ませてしまっていた友との約束で放課後はどこかに寄って行こうという話になっていたので、位置関係的にもちょうどいいここに来ただけだ。


 それにこの選択は間違っていなかったらしく、証拠として先ほどからポテトを摘まんでいる航生もやたらと上機嫌に回復しているので良かったのだろう。きっと。


「にしても、よ…ここいらで一つ聞いておきたいんだが、彰人」

「…何だよ改まって」


 …が、そこで表面上は機嫌を回復させたと思われていた航生も少し間を開ければ彰人に向かって神妙な面持ちを向けてくる。

 いつものようなお気楽さは全く感じさせない、真剣な空気そのもの。


 普段見慣れている能天気さは微かにしか感じ取れない航生の纏う空気に、さしもの彰人も一瞬言葉に詰まってしまうが…それと同時に向こうから話は続けられる。


「決まってるだろ? 当然()()()とのことだよ。この球技大会で何かするつもりとかないのか?」

「…そのことか。正直…迷ってる」


 …友の口から語られた中にあった言葉が指し示すものなど、追及するまでもなく分かる。

 場所が場所なので航生もぼやかしてきたのだろうが、あの人というのは…十中八九朱音のことだろう。


 そこを問われたこと自体に対して派手なリアクションはない。

 この状況を整えられた時点でほぼ確実に突っ込まれるだろうと予想していたし、既に彼女への想いも知られているのだ。


 だからこの問いも、こちらの想定通りと言えば想定通りのものになる。


「あいつのことは間違いなく好きだし、もうそのことに迷うことはない。それにいつかちゃんと告白するってことも決めたしな」

「へぇ…まさかそこまで覚悟を決めてたとは思ってなかったな。でもそれならなおさら、今度の球技大会は良いチャンスなんじゃないか?」


 …航生の指摘は最もだ。

 現時点で彰人も朱音のことは異性として好意を持っていると断言できるし、もうそこは疑うこともない。


 この前の一件でいつまでも現状維持ができるという保証がないという事実を思い知らされてからは想いを告げる覚悟だって固めたし、それを加味すれば今度行われる球技大会はうってつけの機会というのも間違いはないのだ。


 …ただそれでも、まだこちらは二の足を踏んでしまっている理由がわずかに残されてしまっている。


「…それは分かってるし、理解もしてる。ただな…情けない話だけど、やっぱり怖くもあるんだよ」

「………」


 進めるべき足を進められず足踏みをしてしまっている理由は、何てことは無い。

 たった一つ、同じ状況であれば誰もが抱くだろう感情……彼女との関係性を変えうることへの恐怖心ゆえのものなのだ。


「俺は朱音のことが好きだけど、あいつだって同じとは限らない。…いや、可能性からすればそうなってる方が低いだろ。その時に告白を断られたら…もう今みたいには話すこともできなくなるはずだ。それを思うと…足がすくんじまう」

「…そうか」

「笑ってくれていいぞ、航生。…自分でもヘタレだってことは自覚してる」


 おそらく第三者に聞かれれば、そんなことを考えても意味がない。そういったリスクも込みで想いを伝えるべきだと言われるところなんだろう。

 何かを得るためには危険を承知の上で行動するなんて当たり前のことであり、それらのリスクは嫌だが最良の結果だけが欲しいなんて言うのは…子供の我儘である。


 ゆえに彰人も自分がこんな情けないことで悩んでいるのだと航生に伝えれば、予想に反した反応が返ってきた。


「別に笑わねぇって。せっかく親友が覚悟を決めて悩んでるっていうんだ。そこを笑ったりしたら友達失格だろ」

「……ありがとな」

「いいってことよ! それに…お前もそんなこと言ってるけど、今のままじゃ駄目だってことは分かってるんだろ?」

「あぁ…それは分かってる」


 咎めるでもなく、嘲笑するでもなく。

 こちらに返されてきたのは友を思う親友としての言葉。


 無理に焦らせるわけでもなく、ただただこちらが固めた覚悟に対して寄り添ってくるようにしてくれる姿勢は…今の彰人にもありがたいものだった。


「だったらそれで十分だろ。ここで俺が四の五の言っても変に拗れるだけだろうし、そっから先は彰人が自分で頑張るところだからな」

「…だな。今はこんなんだけど、近いうちに答えは出すよ」

「おう、まぁ頑張れや!」


 そうして言葉を返していけば、航生からも激励代わりだと言わんばかりに肩をバシバシと叩かれる。

 勢いの強さに小さく痛みも走っているが…それ以上に、これが航生なりの応援なのだということは言わずとも伝わってくる。


 …こういうところがあるから、こいつの友人というのはやめられないのだ。


「けどそうか…いよいよ彰人もそこまで来てくれるのか…これで念願のダブルデートができるな!」

「…何を感慨ぶってるのかは知らないが、気が早すぎるだろ。まだ告白するかどうか悩んでるところだって言ったばかりなんだが…」

「いいじゃねぇか! こういうのは期待しておいて損も無し! それに…俺がどれだけ長い間、お前に彼女ができることを望んでたと思ってんだ!」

「…知るか、そんなこと」


 …だが、そんな会話の直後に告げられてきた言葉に関しては彰人も思わず冷たい視線を送ってしまった。

 先ほどまで良い言葉をくれていただけに、ここにきて常日頃から吐いているものと大差ない自身の欲望を隠そうともしていない発言の数々は…一気に先刻の感謝が薄れていきかねないものである。


 事実、今の彰人の内心からは数秒前まであったはずのありがたみが急速に薄れていくのを実感していた。


「いやー、楽しみだな! 優奈も間宮さんとは一緒にデートに行きたいってよく言ってたし、彰人の告白が上手くいったらどこか遊びに行こうぜ!」

「……色々と台無しだからな、お前。本当に」

「気にすんなよ! 細かいこと言ってても始まらないだろ?」

「航生は突っ走りすぎなんだよ! …全く」


 …最後の最後に普段と変わらない雰囲気へと戻っていってしまった友の姿は色々な意味で残念なものだったが、そのおかげで助かったこともなくはない。

 それは緊張感に欠けた航生とのやり取りによって、彰人もいつの間にかさっきまで抱えていたはずの重苦しい空気が霧散していたことだ。


 狙ってやったのかどうかは置いておくにしても、良い意味でも悪い意味でも空気を読まない友の動向は…時にこうして彼を助けてくれることもある。

 それを分かっているから、不満を口にすることこそあれど本質的には航生のことを嫌えないのだろう。


 文句を言葉にする傍ら、彰人は一気に盛り上がりを増していった店内でそのようなことを考えていた。



 …やはり、少しだけ空気を読んでほしかったと思ったことも確かだが。


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