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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第四章

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第百三十一話 嘘無しの言葉


 ——辺りには大きな騒音もなく、車体越しに聞こえてくる微かな外の風が響いてくるのみ。


 彰人が朱音の家を訪れ、一通りの用事も済んだために帰ろうとした……後。


(…さっきからずっと何も話してないよな。これ…はたしていいのか?)


 現在の彼は親しい友人の朱音、その父親である雄大が運転する車に同乗させてもらいながら時折自宅までのルートを示し、送ってもらっている真っ最中。

 …なのだが、そんな車内も今ばかりは多少気まずい雰囲気で満たされているように思えてならない。


 というのも乗車してから今に至るまでずっと、さっきまでは穏やかに会話を重ねていた雄大が一切話さなくなってしまったのだ。

 無論、それは目の前の運転に集中しているからだとかそういった理由だって考えられる。


 しかしそれでも、曲がりなりにも想い人の親と二人でいるというのに何も会話がないというのは如何なものなのだろうか。

 別に無理に話す必要があるかと問われれば決してそんなこともないし、向こうが運転に集中しているのであればそれを邪魔するようなことになりかねないが………。


(…でもやっぱり、何も話さないっていうのはもったいないか。だけどこっちから話しかけて、迷惑とでも思われたらな…)


 話しかけるべきか現状維持を保つべきか。

 前に比べて色々と吹っ切れた彰人であっても、流石にこの状況は様々な要素が特殊すぎるためその思い切りの良さも発揮させられない。


 一歩間違えて雄大の調子を崩したらと思うと…中々に一歩も踏み出すことが困難になってしまっている。


「——彰人君、一つ聞いてもいいかな?」

「え? …あ、はい! 何ですか?」


 そんな堂々巡りの思考にはまりかけていたからこそ、何の事前予告もなく放たれてきた言葉への対応が数瞬遅れる。

 それだけはないだろうと思っていた雄大からの問いかけに……気の抜けた反射的な返事一つと、何が起こったのかを理解しての明確な返答二つ。


 何やら聞きたいことがあるという雄大の発言は自分の方から声を掛けるべきだろうかと悩んでいた彰人の油断した瞬間に叩き込まれたこともあって焦ったが、何とか持ち直した。

 …どことなく、訪ねてきた声の質に何かの()()でも固めたかのような硬さがあったことは気にかかったが、そこは指摘する前に向こうから質問は続けられる。


 ——そうして、思いもしていない角度から問いは投げられる。



「君は……朱音のことを好いているのかい?」



 …その瞬間のことを、彰人は自分でどのように表現したらよいのか分からなかった。


 朱音のことを好意的に想っているのか否か。

 明確に区分こそしていないものの、それは単なる友人としてではなく異性に対して抱くものなのかどうかについて聞いていることは明らかだ。


 …どうして唐突にそんなことを尋ねてきたのかとか、何でそんな確信めいた態度を取れているかとか、返したい言葉は山のようにある。

 まさか自分が抱いている感情に見当がついているのかと、質問に対して質問で返すという一種の失礼をかましそうにもなった。


 この短時間で勘付かれるはずもないと思っていただけにこちらが受けた衝撃の度合いは凄まじく、当然彰人の頭を占める思考の大半は困惑と疑問だ。

 だからこそ、彼はその感情をそのまま口に出そうとして……直前に踏みとどまる。


 …違う、そうではない。

 ここで口にするべき言葉は、そんな簡単に吐けるような否定や疑問であってはいけない。


 何故かは自分自身でも不明だが……半ば直感的に彰人はそう思った。

 ゆえにここで言うべきことはきっと、これで合っている。


「——はい。俺は、朱音のことが好きです」


 …言い淀みはしない。口にすることを躊躇うこともしない。

 だってそれをしてしまえば…自分はこの感情に対して()をつき続けることになる。


 そんなのは嫌だった。たとえ代えがたい羞恥を味わうことになるのだとしても、彼女の実の父にこの感情を知られてしまうのだとしても、嘘だけは言いたくない。

 そう思ったから、一切の迷いもなく肯首で返事をする。


「…そうか。もしかしたらとは思っていたが…まさか即答されるとはね。思っていたよりずっとはっきりした返事を聞けてしまったよ」

「…いつから気づいていたんですか? 自分で言うのも何ですけど、それらしい動きはしていなかったと思うんですが…」


 ただ、そのように言葉を返された雄大はというと……どこか驚かされたように目を丸くした後、静かで穏やかな声色で苦笑を浮かべていた。

 …しかし、分からない。


 彰人が自分で言ったように彼はさっきまでの間宮宅でのやり取りでも、それよりも前の会話でも……朱音への想いを察せられるような挙動を見せた覚えはないのだ。

 周囲から見た時にもあくまで以前までの態度に近い素振りにしか見えぬように意識して動いているし、それが崩れたような時があったとも思えない。


 ただその疑問に対する答えは、至極単純で…彰人には分からないもの。


「私も確信があったわけではないけどね。強いて言うなら…親としての勘といったところさ」

「勘……ですか?」

「ああ。彰人君が朱音と話しているのを見たときに、もしやと思ったので確認をしてみたんだが……結果は大当たりだったわけだ」


 親ならではの直感。向こうから伝えられたのはそんなものだ。

 まだ人の親でも何でもない彰人には分かるものでもなかったが…そう言われてしまえば、そうなのだろうくらいの認識である。


「…怒らないんですか? こんなことを言って」

「どうして私が怒るのさ。叱りつけるような理由がないし…それに、うちの子と接している姿を見て、むしろ君なら安心できると思わされたよ」


 既に言葉にしてしまった後なので今更ではあるが、当人の親に対してあのようなことを宣言して機嫌を損ねてしまわないだろうかと不安になる。

 幸いにもそのようなことは無いようで、それどころか上機嫌になったかのように優しい笑顔を浮かべた雄大の顔には…微かな寂しさも見て取れてしまったが。


「朱音と話してる時も、些細なタイミングでうちの子を気遣ってくれているのは見ていれば分かった。どこまでもあの子を主軸にして考えてくれているんだっていうこともね」

「お恥ずかしながら…」

「恥ずかしがることでもないさ、立派なことだよ。…ただね、大人のお節介として言うなら…自分の想いを伝えるかどうかははっきりしておいた方が良い」

「………」


 雄大から淡々と語られていくのは彰人自身でさえもさして意識していなかった行動の数々。

 …確かに思い返してみれば自分でも意図していない間に朱音のことを気遣うようにして動いていたような気もするし、その時の挙動は誤魔化しようもない。


 無意識レベルで行っていた動作を見抜かれていたことには何とも言えない気恥ずかしさが湧き上がってくるが、まぁそこはいいだろう。


 それよりも彰人の胸に深く刺さってきたのは……次の言葉の方なのだから。


「想いを伝えて関係を先に進めるにせよ、現状維持を選ぶにせよだ。自分の意思をはっきりとさせないとどうしても二の足を踏んでしまう…それは、望んでいないんだろう?」

「…はい」

「ならば尚更、これから先のことはしっかり決めておいた方が良い。まぁこんなものは大人の大きなお世話とでも思ってくれてもいいけどね」

「いえ……そう言ってもらえてありがたいです」


 今後の関係を思って朱音と前に進むために動くのか、それとも身を引くために引き返す道を選ぶのか。

 少なくともその二択を曖昧なままとしておけば、先にあるのはそのどちらでもなく停滞するだけの道だ。


 …聞く者からすれば手厳しい指摘のようにも思えるが、彰人にしてみればここでそう言ってもらえるのはありがたかった。

 おかげで、今自分がやるべきことを…見直すこともできた。


 …ここから先で、自分がどうしたいのかを見つめなおせた。



 その後は彰人と雄大も静けさに満ちた空間ではなく、程々に会話を重ねながら揺れる車内で帰路を走っていった。


 ——予想外の出会いから得たもの。そこから考えさせられるものを彼の思考に残し、ふとした頃には彼の自宅へと辿り着いていた。


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