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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第四章

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第百三十話 割り込む提案


 予想外の展開によって彰人と雄大の顔合わせが実現したわけだが、出会い頭のインパクトさえ除けば概ねは順調な流れを見せたと言える。

 当初こそ彰人たちの出会い方に話題は集中していたが話題が次第に移り始めてからは雄大の方から主に学校関連の話を振られるようになり、自然と話は盛り上がりを見せた。


 ちなみに聞かれた話の主軸としてはそのほとんどが普段朱音とどんなことをしているのかとか、その程度のものだ。

 正直もっと踏み込んだことにも触れられると思っていたので拍子抜けのようにも感じられたが…それならば何の問題もない。


 それからはいつもの日常生活に近いことを朱音の生活態度も交えながら語っていった。

 …話の中で彰人が朱音のことを起こせるということを伝えたら非常に驚かれたが、やっぱり身内でもそれができるのは例外中の例外らしい。


 聞いた話だと家族であっても鳴海は朱音を起こせるが雄大の呼びかけでは起きないらしいので、確かにそう聞くと凄いことのようにも思えてくる。

 具体的な法則性や起こせる相手に共通点も見つからないのでかつてから変化はなく朱音の睡眠体質には謎が多いままだが、本人が気にしていないので深掘りも必要ないか。


「そういった感じ…ですかね。もう少し話そうと思えば話せますが…」

「……いいや、今話してくれたものでも十分すぎるよ。ありがとう」

「…分かりました」


 こちらから話せることは粗方話し終えてしまったのでかなり早い段階で用件が済んでしまったが、彰人の話を聞いていた雄大は……落ち着いた声色であっても、複雑雑多とした感情を滲ませながらこちらへと感謝を伝えてきた。

 …向こうが思っていることは、何となく分かる。


 自分の娘が…それも幼いころから成長を見守り続けてきた子供が自らの知らない間にこれだけの成長を見せ、嬉しくあるはずの成長は……けれど、心のどこかでは自分たちから少しずつ離れて行っているようでもあって。

 親離れというには少し違うが、親の手を離れて自分の力で朱音が足を動かし始めているのだということを、雄大も実感しているのだろう。


 それゆえに、表には出さないが感無量の感情が彼の胸中では溢れている。


「…彰人君、今日は私の誘いを受けてくれて感謝してもしきれない。そちらの都合もあっただろうに…」

「いえ、元々予定なんてありませんでしたし気にしないでください。むしろこうして話せてこっちも嬉しかったですから」

「……そうかい。だったら良かった」


 おそらく雄大が期待していた事柄を伝えることは出来たのだろう。

 ここに至るまでの過程を思えば相当に早い終幕ではあるものの……もとより今日ここにやってきたのは彼と顔合わせをすることであったし、それが済んでしまえばそろそろ帰宅、といったところか。


「あら、彰人さんもう帰っちゃうの? せっかくお夕飯の準備してたのに…うちで食べていってもいいのよ?」

「ありがたいですけど…そこまで居座ってたら帰りがかなり遅くなりますし、ご迷惑になりますから。今日はここでお暇させてもらいますよ」

「…迷惑なんて思ってないのに。遠慮なんてされたら悲しくなっちゃうわよ?」

「遠慮とかでもないので…」


 会話の流れから彰人が帰ろうとしている空気は何となく察知されたのか、それまでは静かに見守っていた鳴海からまるで解散を惜しむ子供のような発言で引き止められかける。

 …この人、実際の年齢こそ知らないが一児の母という割には子供っぽい言動が似合いすぎではないだろうか。


 悲しむというワードが出ると同時に両手を目元にやり、涙を流すかのような動きを見せているが…その瞳の奥では揶揄いの感情が垣間見えるので、多分本気で止めているという感じでもないんだろう。

 言ってしまえばこれは彼女なりのコミュニケーションの一環であり、発言も半分冗談半分本気といった感じだ。


 ……いや、鳴海の目のさらに奥に光っている眼光からは微かに感じ取れる本気さが見えてくるので、もしかしたら完全な本気だった可能性もなくはない。


「…もう帰っちゃうの、彰人君? まだ一時間くらいしか経ってないのに…」

「そうだな…そうするよ。あまり居座るのも褒められたことじゃないし、そろそろ帰らせてもらうよ」

「そっかぁ……なら、私も彰人君と一緒に行くよ。帰り道も分かってるし、それに付き添うくらいはいいでしょ?」

「ん、そうか? …じゃあその言葉に甘えるかな」


 そうして次に彰人に呼びかけを行うのは、鳴海と同じく静かに横で見守ってくれていた朱音だ。

 彼女も彼女で、この時間ずっとわずかな居眠りもすることなく起き続けていたのでそろそろ眠くなり始める頃合いではないかとも思うが……どうもその兆候はなさそうだ。


 いくら朱音の眠気がたまりやすいとは言っても、今日のような特殊な日であればまた睡眠欲は晴れやすいのかもしれない。


 しかしそこに意識を持っていかれかけたがいつの間にか話の流れとして朱音が彰人の帰路に付き添うこととなっていたが、それに関しては断りもできなかった。

 まぁお互いの家もそこまで離れているわけでもなく、彼女も彼女で彰人の家には幾度か訪れているので…帰り方についても熟知していると言える。


 唯一の懸念点としては彰人が自宅に到着した後、朱音を一人で帰したりして何か問題が発生しないだろうかという点になるが、そこは気にしても意味がないので今は放置しておく。

 もし何かありそうならその時点で無理やりにでもここへと帰せばいいし、何だったら最悪でも彰人が送ってからまた戻ればいい。


 …こちらが帰宅する話だったのに、なぜか彰人が朱音を送る話になってしまったのは方向転換もいいところに思えるが。


「決まりだね。じゃあお母さん、私も彰人君と一緒に行ってくるから…」

「——いや、朱音。ここは私に彰人君を送らせてくれないか?」

「…え?」

「雄大さん? 珍しいわね…まさかあなたが送るって言いだすなんて…」

「ああ。せっかくここまで来てくれたんだし、車を出していった方が早いかと思ってね。朱音には申し訳ないが…どうだい?」


 ただ…そこで彰人と共に外に出ようとした朱音に待ったをかける人物がいる。

 それはつい先ほどまで朗らかな雰囲気を出しながら雄大その人であり、娘の言葉に割り込むようにしてしまったことを謝りながら提案してきていた。


「俺としては、どちらでもありがたいですけど……朱音、どうする?」

「…むうぅ……せっかくの機会をお父さんに取られるのは悔しいし、すっごくもやもやするけど…今日はやめておくよ。…でも、また今度埋め合わせはするからね?」

「…了解だよ。また今度でな」


 しかしそうなると問題になるのは朱音のリアクションであり、タイミングで言えば先に名乗りを上げていたのはこちらなのでどうするか否かの裁量権は彼女にある。

 なので今日のところはどうするかと尋ねてみれば、とても、とても不満そうな表情こそ浮かべていたが……何とかその不満にも折り合いはつけられたらしい。


 また後々に埋め合わせをすることが条件として加えられこそしたが、そのくらいなら彰人にとっても大したことではないので了承以外の返事はない。

 あえて言うのであれば、損をするどころかまるで嫉妬でもするかのように口をつぐんだ朱音のレアな姿が見られて少し役得なくらいだった……なんてことを言えばさらに機嫌を損ねてしまうので、流石にこれは彰人の胸の内に秘めておこう。


「なら私は車を出してくるから、彰人君も準備だけしてもらってていいかい? 用意が出来たら呼ぶから」

「はい、分かりました」


 それに対してむくれた朱音のケアをしつつ、彰人も雄大に言われた通り帰宅の用意を整えていく。

 休日の来訪という、本来ならゆっくりできた時間を使わせてしまったことを鳴海にもそれとなく詫びながら…彼は声がかかるまで手荷物をまとめていた。



 …しかし、どうして雄大が自分を送ろうなんてことを言いだしたのかまでは…いくら考えても答えは浮かんでこなかった。


自分の父親にまで嫉妬しちゃう朱音さん、可愛い。

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