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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第四章

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第百二十二話 新しい日々


 彰人が航生のことを(仕方なく)黙らせた後、苦しそうにうめく友人のことは無視して彼は自分の机に向かう途中で心地よさそうに眠る朱音へと声を掛ける。


「朱音、おはよう……って俺が言うのも変な感じだけどな」

「んむぅ……あ~…彰人君……おはよぉ…」


 朝に交わす挨拶と、たった今眠りから覚めたことに対する挨拶の二重重ねにはなってしまったがそれでも彼女は普通に起きてくる。

 まだ意識がはっきりとしていないので返答の言葉こそふにゃふにゃであるが、このくらいは日常茶飯事だ。


 周囲もその程度のことは既に把握済みであるし、それに呆れるどころか微笑ましいものを見つめるかのような目を向けている者も多い。

 一部の視線には朱音の寝顔に見惚れるような感情を込めている者もいるが…もうこれに関しては不可抗力のようなもの。


 クラスの中でも屈指の端麗さを誇る朱音の、美少女のあどけない寝顔がすぐ近くにあるともなれば彰人だって近しい反応はするだろう。

 事実、常日頃から目にしてきているからこそ今では落ち着いて対応もできているものの、これが当たり前でなかったら…どのようなリアクションを取るかなど想像するまでもない。


「今日も早起きしたのか? 最近ずっとだけど…身体の方を壊したりするなよ? もしそうなったら心配なんてどころじゃないからな」

「分かってるから大丈夫だよー……でも、最近は早起きしようと思ってないのに起きちゃうからねぇ…その反動が出て……今もちょっと眠いんだ…」

「…なら今のうちにゆっくり休んでおいてくれ。これから授業なんだし、体力も回復させておくといいさ」

「…そうするー…」


 そんなことを考えつつ朱音との会話を重ねていけば、どこまでいっても強まった眠気に翻弄されているらしい朱音の瞼がどんどんと下がっていっているのが目に見えて確認できてしまう。

 最早その点でさえも……愛らしい様だとして認識してしまっているのは、こちらの惚れた弱みだと言えるのだろうか。


 まぁそこはどちらにしても大きな差など無い。

 朱音の一挙手一投足に対して、思わず目線を引かれてしまうのは……もう彰人自身避けようもない感情の揺らぎなのだから。


 そうこうしている内に朱音も再度机に突っ伏して睡眠体勢に入り気持ちよさそうな寝息を立て始めたので、彼も自分の机に鞄を置いて授業の準備をすることとした。

 …もう少しでホームルームも始まってしまうし、彼女がゆっくりと眠りに浸れる時間は少ないだろうがそれまでは余計な干渉をせずにそっとしておくのが正解だろう。



 なお、そんな彼らのやり取りを見ていたクラスメイトからは二人の空気感に甘さを煮詰めた風景を見たような表情を浮かべるものと……羨望の眼差しを向ける者という両極端な姿が確認できたが、そこに彰人と朱音が気が付くことは無い。


 良くも悪くもお互いのことしか見えていない二人のことだ。

 その点を考えれば、これだけの影響を周辺にまき散らしていくのも……仕方ないと言えば仕方ないのだ。


 …多分、おそらく。



    ◆



「朱音ちゃん……さっきの授業難しすぎなかった? 私、全然理解が出来なかったんだけど…」

「……んん? あ、優奈…ふわぁ……! …さっきの授業って何だったっけ?」

「…そうだよね、朱音ちゃん、ずっと寝てたもんね。本当に純粋な疑問なんだけど…どうやったら授業聞かずにそこまで成績良くなるのかな…?」


 時は進み放課後。

 長く感じた授業が終わってから彰人も教科書の類を片付けていたが、そんな教室の一角では相も変わらず存在感を放つ朱音と…そんな彼女の親友だと自他ともに認める女子生徒、優奈が少し項垂れつつ話しかけていた。


 朱音も朱音で、それまで閉じていた瞼を擦りながらだったので反応に一瞬遅れがあったが優奈がそこを気にすることは無い。

 それよりも彼女の場合、気になる点としては…今述べていたように、どうして朱音が授業の間眠り続けていても高い成績を維持できるのかという一点に絞られている。


「どうしたんだ、優奈はそんなしょぼくれた顔して。朱音と話すのはいいが、迷惑かけるなよな」

「あっ、彰人。…別に迷惑なんてかけてませんー! ただ…さっきの授業が難しかったって話してただけだもん!」

「さっきの授業……あれってそんなに難しかったか? 結構基礎的な内容だったはずだけど…」


 その光景を眺めていた彰人も会話内容が気になったため、ある程度机上を片付け終わったら彼女たちのいる場所へと向かって話に参加してみた。

 すると彼女らの愚痴……というよりほとんど優奈の疑問であったが、どうやら授業内容に不満があったらしい。


 先ほどこのクラスでやっていた数学の授業であり、彰人の印象としてはさほど難しい内容に取り組んでいたというイメージも無かったのだが、向こうからすれば違ったらしい。

 …正直な意見を口にした途端、何が優奈の琴線に触れてしまったのか表情が一気に険しいものへと変わってしまったが。


「…それは彰人が頭いいからでしょ! 朱音ちゃんも授業中ずっと寝てたはずなのにいつもテストは点数良いし……うぅ! 何でこんな差があるのさ!」

「そんなこと言われてもな…俺は普段から授業の復習してるから理解出来てるだけだし、朱音に関しても家では真面目に予習をしっかりしてるだけだ。なぁ、朱音?」

「うん……大体はそんな感じだね。特別なことはしてないし…」


 …がしかし、そのように悔しがるような動作を見せられても返す言葉など一種類しかない。

 そもそもの前提からして優奈は朱音を天性の素質か何かで学力を底上げしているように口にしているが、別に彼女だって何の努力も無しに優秀な成績を取っているわけではない。


 むしろ努力という面ではそこらの生徒を遥かに超えるくらいの予習をこなしているということを、彰人は知っている。

 前に一度だけ見せてもらった朱音の自室……そこにあった勉強机の痕跡からは彼女の計り知れない努力の証が垣間見えたため、決して一朝一夕で身に付いた能力ではないのだ。


 そんな正論を言ったところで相手が納得できるかどうかは、また別問題なのだろうが。


「…成績優秀組が二人揃って私を虐めてくる。酷い……」

「酷くない。つーかお前も自分で復習をしっかりすればいいだけの話だろ」

「それが普通の私たちにとっては限りなく難しいんだよ! …こっちは彰人みたいに勉強が好きなんていう変態じゃないんだから!」

「変態言うな! …だったら分からないところは分かるやつに聞くなりして解決しろ。そこを放っておくと後から後悔するのは自分なんだからな」

「おっ、彰人あったまいい! じゃあ朱音ちゃん! 早速今日の放課後なんだけどね……少し教えてほしいところがあるから帰りに喫茶店寄って行かない? この前いいお店を発見したんだ!」

「喫茶店かぁ……うん、いいよ。この後は予定もないはずだから…」


 案の定こちらの言い分など聞くこともなかった優奈の癇癪に彰人も溜め息をつきながら答えを返していったが…どうやら向こうの納得いく回答は出せたらしい。

 分からないところは誰かに聞くという、勉強法としてはかなり基礎的なものであるがそれを聞いた優奈はというと早速実行せんと朱音を放課後の勉強会に誘っていた。


 彼女もその誘いには一瞬悩むような素振りを見せたものの、最終的には快諾していたのでこの後は女子会も兼ねた勉強会へと移っていくのだろう。


「本当!? ありがとう! …あ、そうだ。せっかくだし彰人も来る? 朱音ちゃんと一緒に勉強できるチャンスだよ~。来たかったら素直に言ってくれていいんだよ~?」

「…何言ってるんだか、女子二人の時間に混ざるほど俺も野暮じゃないっての。俺が来たら楽しめないだろ」


 …しかしその一方で、何故かやたらと腹の立つにやけ顔を浮かべた優奈から彰人にまで誘いの手が伸ばされてきた。

 もう意図など考えるまでもなく分かることだが、おそらくは彼女なりに余計な気を回そうとでもしてきたのだろう。


 前々から彰人と朱音の関係性についてはあれこれと仲を縮めようと画策してきたこいつのことだ。

 今回もその一環だろうことは容易に想像できるが、だとしてもその手を取るかどうかはまた別の話。


 優奈にも言った通り、せっかくの女子会にわざわざ入り混じって場の雰囲気を乱すほど彼は無神経ではない。

 そういった理由から断りを入れた、のだが……ふと視界を異なる箇所に移した時。

 この場にいたもう一人の人物でもある朱音の方を見てみると、どうしてか彼女は心底不思議そうな感情を露わにしてこちらを見つめてきている。


「…? 私は彰人君がいても全然いいよ? 彰人君と一緒にいれたら楽しいと思うし…私も嬉しいなって思うから…」

「…っ! …朱音、そう言ってくれるのは嬉しいんだが、今日はそうじゃないんだ。とにかく俺は行かないから、二人で楽しんできてくれ」

「……そっか。ならそうさせてもらうね?」


 さりげなく伝えられた一言…何気なく告げられた言葉。

 朱音としてはきっと、それは偽りもない本心だったのだろうし隠す意味もない本音だったからこそ口にしてきたのだろうが…今の彼にとってその言葉は致命的である。


 仲の良い女子から、それも意中の相手からこのようなことを言われて何も感じない男子など存在しない。

 それは彰人も当てはまる原則であり、あまりにも高い威力を秘めた発言を受けて一気に彼の情緒は掻き乱された。


「……むっふっふ。いやー、お二人はやっぱり仲がいいね! 良いことだと思うよ!」

「…優奈てめぇ。後で覚えてろよ」

「何のことかなー。私は単に仲が良くて良いねって言っただけだもんね! さっ、朱音ちゃんもそろそろ行こっか! 色々と話したいことが増えてきちゃったし…!」


 そしてそんな光景を目の当たりにして黙っているほど、ここにいるもう一人の人間はお淑やかではない。

 こちらの予想通りと言うべきか、朱音の言葉を聞いた優奈は何かを察したかのように意味深な笑みを浮かべ…とても嬉しそうに満面の笑みになりながら彰人の肩をバシバシと叩いてきた。


 湧き出るようなテンションの高さが、何に起因しているのかは…あまり追及したいところではない。

 聞いたが最後、碌でもない返事がくるだけだと分かっているために。



 そんなやり取りがありつつ優奈は朱音を引っ張っていき教室を出ていった。

 …あの様子では勉強のみならず、先ほど言っていた喫茶店とやらで根掘り葉掘り様々なことを聞き出そうとするに違いない。


 捉えようによっては憂鬱な未来…されど、こうなってしまえば避けることも出来ないので彰人も半ば諦めながら、自身も荷物を持って一時帰宅することとした。


 朱音の言葉一つ一つに揺り動かされる己の感情に呆れつつも、以前の何倍も増して魅力的に映るようになった彼女との日常。

 数分前と比較してどうしてか疲れが溜まったような気もする身体を無理やり動かしながら、帰路を歩いていくのだった。


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