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第百十二話 詰め寄りと入浴


「ふぅ……結構気持ちいいな。気温もちょうどいいから熱すぎることもないし…」

「だなー…これは確かに癖になりそうな気持よさだ…!」


 辺り一面に温もりを携えた湯気が立ち上り、それに伴ってそこかしこから水音が跳ねるような音が聞こえてくるこの状況。

 つい数分前までは部屋でのんびりとしていた彰人達も今は場所が打って変わって大浴場へと移動しており、現在はその一角でもある露天風呂に身を浸からせていた。


 柵に囲まれた石畳の中で確かな熱気を感じさせてくる湯は、季節的にも外気に晒された肌が冷えすぎることもないので最適な心地よさを体感させてくれる。

 真隣に腰掛けながら大きく背をそらしている航生も同様に声を上げているので、おそらくここにいる男子の多くがそう思っていることだろう。


 …まぁ一部の者からは「…ここからなら女子風呂とか見えるのか?」だったり「分からん…だが! 試す価値はある!」という馬鹿な声がちらほらと聞こえてくるので、何かよからぬことでも考えているのだろう。

 ちなみに男湯と女湯はこの旅館の構造上、間に柵とはまた別の壁によって仕切られているので確実に覗けるなんてことはない。


 期待するだけ無駄な希望を胸に抱いてしまう姿には呆れと同時に男子高校生の馬鹿な本能を思わせてくるが、とりあえず今女子風呂を除こうとした輩は後で教師に報告しておこうと彰人はひっそりと心の予定にメモしておいた。

 …いくら出来ないこととはいえ実行しようとした時点で下心があることは確定なのだから、そこを放置しておくほど彼は聖人ではない。


 そしてこれはまた別の話だが、先ほどまで行動を共にしていた健二や大悟はここにはいない。

 健二は屋外にいると風邪を引きそうだとのことで中にある風呂で休んでおり、大悟に関してはここに備え付けられていた水風呂に入ってくるとのことですっ飛んでいってしまった。


 …聞いた話だと自分の限界を見極めたいなどと口にしていたようだが、彼が倒れることがないことを願うばかりだ。


「…そういえば彰人さ、さっき間宮さんと話してたんだって? またいちゃつくのが随分と早いよなぁ…別行動になってからまだ一時間も経ってない時だってのに」

「…待て、何でお前がそれを知ってんだ」

「そこにいたやつから話聞いたんだよ。周りが近づけないくらいにあっつい空気をまき散らしてたから、あの周辺だけ近寄れなかったって愚痴も一緒にな」

「なんだそりゃ……別に大してこともしてないって」


 と、そこで航生からふと何かを思い出したかのように話題を振られたが、その内容は彼が知るはずもない朱音との一幕に関することだったので思わず面食らってしまう。

 事情を聞いていけばあの場にいた誰かから伝言式に知ったとのことだったが…まさかそんな伝手から知れ渡るなど考えもしていなかった。


 一応周囲にも配慮していたつもりだったのだが、やはり朱音と話をしているとどうしてもその注意が散漫になってしまうのは悪い癖か。

 …だとしても、熱い空気云々というのは納得したわけでもないが。


「単に朱音が眠そうにしてるところで会ったから、飲み物を分けたりしてただけだよ。本当にそれだけのことだ」

「それだけのことが、周りにしちゃかなりの被害を及ぼしてるんだがな……ほら見てみろよ、今の話に賛同してるやつらの顔を」

「は…? 顔って何が……うおっ!?」


 しかし周りがどのように受け取ったのだとしても、当人からすれば大したことはしていない。

 したことと言えばせいぜいがコーヒーを分けてやったことと朱音の話を聞いていたこと。たった二つだけだ。


 …だが、あえて言ってみよう。

 周りがどのように受け止めていたのだとしても、彰人にとっては些細なこと。

 それは逆に言えば……彰人からしてみれば問題ないと思っている行動でも、周囲にとっては甚大な被害をもたらされていることと同義でもある。


 その証拠に今航生から示された点……同じく露天風呂にいた男子の面々がげんなりとした顔つきで、また同時に底知れない()()を思わせる表情で彰人たちのことを見つめていた。

 思わずぎょっとさせられる光景に彰人も後ずさりしそうになったが、それよりも早く…男子からの追撃が放たれることになる。


「…ちくしょおっ!! 黙って聞いてれば間宮さんとのいちゃつきを自慢してきやがって! 俺ら独り身の男子に対する当てつけか!? 当てつけなのか!?」

「黒峰てめぇっ!? クラスのアイドルを独り占めにしやがって…せめて一発殴らせろ!! いや殴る!」

「ちょ、ちょっと待て!? 何でお前らそんなに殺気立ってるんだよ!?」

「うるせぇ!! 言い訳なんか聞きたくねぇよ!」


 …一度爆発してしまえば決壊したダムを止めることなど出来やしないように、これまでの行いで蓄積され続けてきたクラスの男子の総意というものが彰人に降りかかってきた。

 言葉の一つ一つに全身全霊の思いが込められていることがよく分かる発言は……逃げ場も無い露天風呂に響き渡っていた。


「…くそぉっ……俺らなんて…俺らなんてな……! 間宮さんと話すどころか顔を合わせることすら稀なんだぞ…!」

「それなのに、黒峰だけあの人を独占しやがって……許すまじ!」


 …彼らの言いたいことは要約すれば、朱音をほぼ独占している彰人に対する醜い嫉妬である。

 今に至るまでにも本人たちが意図していなかったのだとしても、形としては彼らに見せつけるような状態になっていたことで積もりに積もった不満がここにきて溢れ出てきたのだ。


 …おそらくは自分たちでもこんなことをしても意味はないと理解はしているのだろうが、理解していたのだとしてもこういうのはやめられるものではない。

 何しろ、日頃からクラスの美少女と親し気に話している男が自分たちの眼前で彼女とのやり取りを(無意識に)自慢してきたのだから、こうなるのも致し方なしというものだ。


「いや…! 航生、少しは助けてくれ!」

「はっはっは! …嫌だね! そこで少しは揉まれてこい! 良いストレス発散になるだろ」

「見捨てるなよ!?」


 こうなっては彰人一人ではどうにもならないので、傍にいた航生にも助けを求めれば心底楽しそうにしながら断られた。

 …顔を見れば分かる。あの表情は彰人が苦境に立たされていることを傍観して笑ってやろうとでも考えているに違いない。


 こういう時に限って頼りにならない共に恨みの言葉をぶつけてやろうと詰め寄られながら口を開こうとするが……何と、彼らの怒りの矛先は彰人一人に留まっていなかったらしい。


「…あと、お前も黒峰と同罪だ! 青羽! …いつもいつも教室で野村さんと仲良さげにしやがって…場合によってはそっちの方が性質が悪いわ!!」

「え、俺も巻き込まれんのかよ!?」

「当然だ! …二人して、クラスの美少女を独占しておいて……この恨み、ここで晴らす!!」


 とある男子の声によって航生に対する恨みの数々も明かされたが…こちらに関しては彰人も納得である。

 彼も言っていたので再び口にする必要もないだろうが、確かに航生と優奈は時と場合を弁えずにくっついていることが非常に多い。


 それこそ、教室内外問わずに愛を囁き合うことすら日常茶飯事というレベルでだ。

 …現在進行形で追い詰められている彰人もそこに関しては意見が一致しているので、是非とも周囲の状況を顧みるという一点は叩き込んでやって欲しいところだ。


 …だが、こちらがピンチであるということに変わりはない。

 航生の方にも被害が分散されたので少しマシにはなったものの、依然として前方も後方も退路が塞がれてしまっては逃げるに逃げられない。


 このままではクラスメイトからの恨みの数々をぶつけられることになってしまう……そう思った瞬間。

 近くで怒涛の展開が巻き起こされていく現状を見ていたらしい男子の一人がぽつりとこぼした一言によって、場の空気は一変する。


「…というかさ、別に間宮さんとか野村さんにばかり固執する必要はないんじゃない? うちのクラスにだって可愛い子は他にたくさんいるし…ぶっちゃけ、高根の花を狙うよりも身近な女子と仲良くなった方がいいと思うんだけど」

「「「「「「ッ!?」」」」」」


 露天風呂の片隅にてゆったりと湯に浸かっていた男子がそれとなく語った言葉を聞いた瞬間、そこにいた男子一同がまるで雷にでも打たれたかと思うほどに衝撃的な表情を浮かべる。

 もはや叶わぬ相手を追いかけるくらいならば、わずかにでも可能性がある相手との距離を縮めた方が良い。


 これ以上ないほどにごもっともな意見は彼らの胸にも強く響いたようで…何故か清々しい顔になりながら言葉を発していた。


「そうだな……確かに、その通りかもしれん」

「ああ…! 俺たちにはまだ、他の女子たちがいるんだ!」

「そうとなれば話は早い…善は急げだ! お前ら! 今日の夜にでも女子の部屋に遊びに行って仲を縮めるぞ!」

「「おう!!」」


 …どうやら窮地は切り抜けたらしい。

 憑き物でも剥がれたかのように瞳を透き通らせ、何気ない言葉に心を動かされたらしい彼らはこんなことをしていられないとでも言うように湯から立ち上がり、慌てて脱衣所へと向かっていった。


「……助かった、のか?」

「…らしいな。いや、ただ何というか……」


 この場に取り残された数少ない顔ぶれでもある彰人と航生は、急変しすぎた状況に頭をフル回転させながらも…どことなく、魚の小骨が喉に刺さったかのような違和感を拭いきれなかった。


「…なぁ航生。あいつらって女子の部屋に遊びに行くとか言ってたよな?」

「…言ってたな、間違いなく」

「だけどさ……俺たち男子って、女子の部屋に行くのは禁止されてたよな?」

「……されてたな」


 よくよく考えれば当然……というか、考えるまでもなく事前に明言されていたので覚えていて当然なのだが、彰人達男子は女子が過ごす部屋の階に向かうことは禁止されていた。

 それは万が一にも間違いが起こってはならないという意識のもとに定められたルールだろうということで特に疑問に思うことも無く納得していたのだが…彼らの行く末を思うと、その時の記憶が一気に蘇ってきてしまう。


「多分、女子の部屋付近にも先生が見張りをしてるだろうし……してなかったとしても、あれだけの大人数で向かえばすぐにバレるよな。そうなったら……どうなると思う?」

「……さぁな、俺には分からないな」

「………そうか」


 …前もって聞かされていた教師による見回りはもうじき行われるはずだが、彼らの頭にその事実は残されているのだろうか。

 この後に宿に響き渡ることになりそうな悲鳴を思うと…彰人も航生も、少し現実逃避がしたくなったのは必然だったに違いない。


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