第十一話 昼のお誘い
「航生、彰人! 一緒にお昼食べよう!」
「ん、そりゃ別にいいが……またえらい唐突なことだな。航生、お前の方はどうだ……って、聞くまでもないか」
「俺の方はもちろんノープロブレムだぜ!」
午前中の授業も一通り終わった昼休みの真っ最中。
そんな折にいつも通り航生と向かい合いながら昼食を取っていた彰人達にはつらつとした声色で呼びかけてきたのは優奈であり、相も変わらず高いテンションを維持しながらここまでやってきているのは無尽蔵のエネルギーを蓄えているとしか思えない。
まぁそこは置いておくとしても、彼女からこのようなことを言われるのは珍しくもある。
何しろ優奈はいつもであれば彰人達ではなくもっと別の女子たちと昼食を取っていたという覚えがあるので、今日もそちらに向かっているのだろうと勝手に捉えていたのだが…その予想がものの見事に外れたらしい。
まぁいつもとは言っても三日に一回は航生と二人きりで昼食の時間を過ごしている時もあるし、何なら彼女一人でゆっくりとした時間を楽しんでいる光景も時折見かけるので毎度毎度そのように過ごしているというわけでもないのだが、そこを考慮するとしても三人で食べるというのは中々に珍妙な提案だ。
これが航生を誘ってということであれば、あぁいつものことかと思って流しも出来るのだが誘い相手の中に彰人も含まれている時点で恋人との時間を過ごしたいという目的ではないようだし、何を狙っているのかと思わず身構えてしまったのは大体不可抗力だ。
…しかし、優奈のことなのでこれが大した考えもない突発的な思いつきでしかないという線も捨てきれないのが厄介なところだ。
日常生活からも分かるように、時と場合によっては猪突猛進気味な傾向が見られる彼女のことなので、そういった類の可能性が完全に排除しきることが出来ないのだ。
「…ちょっと、今私が変なこと考えてるんじゃないかとか考えてたでしょ!」
「当たり前だろうが。今までお前の言動にどれだけ振り回されてきたと思ってるんだ。それを考えれば当然の対応だ」
「私への対応酷くない? 航生ー……彰人が冷たいよー」
「おぉよしよし。おい彰人。あんまり俺の彼女を悲しませるなよ?」
「何で俺が悪者みたいになってるんだ……理不尽すぎるだろ」
経験上、こういった場面で優奈を調子に乗らせておくと後々ろくなことが起こらないというのは既に身を持って知ってしまっているので、原則として彰人は彼女を調子に乗らせないためにもバッサリとした対応を取ることが多い。
…それでもめげずにトラブルを背負い込んでくるのが優奈という少女でもあるのでその辺りはほとんど諦めてはいるが、それでもこうしておくのとしておかないのとでは今後舞い込んでくるであろう面倒ごとの規模にも雲泥の差が出てくる。
これでもそれなりに付き合いはあるのだ。そのくらいのことは分かり切っている。
だからこそ容赦なく疑いの目を向けていたのだが……どういうわけか悲しんだように航生に抱き着く優奈とそんなカップルに窘められる彰人という、何故かこちらが悪い側に見られるような構図に塗り替えられていた。
「…ったく。とりあえず一緒に昼飯を食うのは構わないから用件だけ言ってみろ。…あ、一応言っておくが間宮関連以外で頼む」
「ちょっと!? 最初から本題を切り捨てないでよ!」
「そんなことだろうとは思ったよ……お前、最近間宮に絡みすぎだろ」
ひとまず昼食を共にすることは問題ない。そこに関しては特に反対する理由も無いからだ。
問題があるとするならばそこに織り交ぜられるであろう優奈の要望であるため、念のためにと朱音に関連した事柄以外のことであれば聞いてやると告げてみれば……まさに予想的中。期待を裏切らない展開そのものだった。
…大体言ってくることがあるとすればその辺りだろうと予想していたので口にしただけだったのだが、そこを一向に外すことが無いからこそ優奈の思考の読みやすさには若干呆れてしまう。
「どうせ俺に間宮を誘ってくれとか、そんな話だったんだろ? …それだけならまだ良いけど、ここ数日で間宮を起こすのを頼んでくる大半がお前からだから流石に疲れんだよ」
「別にいーじゃんそのくらい! 私だって朱音ちゃんと話したいんですー!」
「ですー…って、お前な。少しは遠慮ってもんを覚えろ」
航生から離れる素振りは見せずにそのままの体勢でありながら、拗ねたように頬を膨らませて抗議をしてくる優奈だったがその手には乗らない。
彰人が言っていることは全て事実であり、この数日間……ともすれば朱音との接点が発覚した段階から彼女を起こすための仲介を求めてきたのは優奈がダントツで多かったのだ。
その用事はある時には軽く喋るだけだったり、移動教室の際に一緒に行こうと誘いを持ち掛けるためだったりと様々だったがそれでも何かワンアクションがあるたびにこちらにも声を掛けてくるのだから正直なところ勘弁してほしいものだった。
…それとこれは話題には関係ないことだが、現在の彰人は朱音のことを名前で呼ばずに苗字で呼んでいる。
つい先ほどまでは彼女に要求されて名前呼びすることを了承していたのだが……これに関しては本人と話し合って決めたことでもある。
あくまで彰人が朱音のことを名前で呼ぶのは極力二人でいる時だけとしておき、それ以外の場では今まで通り名字で呼ぶ。
こう提言した時には彼女に不思議そうな表情を浮かべられながら首を傾げられてしまったものだが、こうでもしておかなければ彰人自身の身も危なくなってくるので仕方のない処置でもあったのだ。
何せそれまでは何てこともない距離感で接していた二人がいきなり互いを名前で呼び合うことになったりすれば、周囲からいらぬ憶測を立てられる可能性は高い。ましてや相手が朱音ともなれば猶更だ。
なのでこの件に関しては向こうにも何とか納得してもらい、現状のように公の場では変わらぬ距離感を保つように努めるようになった。
…まぁそう提案した際に朱音は少し不機嫌そうに目を細めていたのだが、そちらに関しては気のせいだとでも思っておこう。
でなければこちらがストレスでやられてしまうことになる。
「だからさー、彰人はちょっと声を掛けてくれるだけで良いから…お願い! たまには朱音ちゃんとお昼食べてみたいの!」
「……仕方ないな。今回だけだからな」
「おお! 流石彰人! あんたは出来るやつだと信じてたよ!」
「調子の良いこと言いやがって…おい航生。お前の彼女の我儘なところは改善しといてくれよな」
「…そこに関しては俺も諦めたところだからな。可愛いものに対する優奈の執念はどうにもできん」
「遠い目してんじゃねぇよ…」
しかしそうこうしている間にも話は進んでいき、最終的には彰人が折れて優奈の要望を受け入れる形で展開は進んでいっている。
…もう少し粘れば優奈の方が折れたかもしれないが、話題の中心として朱音が関わっているともなれば彼女の方から諦めることなど到底考えられなかったので、この面倒な話をより早く収束させるためにはこうした方が効率的だろうと判断したが故の決着だった。
こうなってしまえばどうしようもない。
暴走モードに入りかけている優奈に対しては何を言ったところでまともに聞くことはしないだろうし、そもそもこうなった時点で彰人の敗北が決まっていたようなものなのだから。
しかし、単純にこちらだけが折れるというのも少し癪なので唯一この状態の優奈にも言い聞かせられるであろう航生にそれとなく注意しておくように仄めかしておけば……無性に遠くを見つめながら背中に哀愁を漂わせている友の姿がそこにはあった。
…こいつもこいつなりに、優奈の彼氏として向こうの暴走に巻き込まれた経験が過去にはあったのだろう。
その経験則からもたらされる諦めの境地には何とも言えない悲しさがあったが……それを論じたところで意味なきことである。
ちなみにその後、渋々ではあったものの朱音を起こした彰人が昼食を一緒に食べないかと誘ってみれば随分とあっさりした様子で「いいよー。じゃあ私がそっち行くねー」と受け入れてもらえた。
その反応に最も大きな喜びを見せたのが優奈であったことは…言うまでもないことか。
何なら彰人よりも朱音と話している時間が長いかもしれない優奈。
元々可愛いもの好きという性格のはずだったけれど、これだとただの朱音好きにしか見えなくなってしまうという不思議。
…まぁ大して変わらないからいっか。仲良きことは美しきかなですしね。




