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常に微睡む彼女は今日も甘えてる  作者: 進道 拓真
第一章

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第十話 苦手なこと、得意なこと


「ところでさ、間宮……じゃなかった。朱音はさっきまでバレーやってたんだよな。結構運動とか出来たりするのか?」

「うん? 私の運動神経に関することかぁ……」


 朱音を名前呼びすることになってから数分が経ち、未だに慣れていないので時々名字で呼びかけそうになってしまうがそれを何とかすんでのところで堪えて朱音と口にしていた。

 …内心では一回呼ぶごとにかなりの割合で羞恥が湧き上がってきてしまっているのだが、まぁそれも回数を重ねれば自然と呼べるようになっていくことだろう。…慣れるよな?


 そこはかとなく浮き出てくる不安こそあるものの、それに関しては今すぐどうこうなるものでもないので後回しにするしかないだろう。

 そう考えて意識を切り替えれば、己の真横に身を縮めながら座っている朱音へと話題を振っていった。


 会話の中で少々気になったのは、これまで何となく聞いたことはなかった朱音本人に関することでもある。

 今までは特に理由もなく、そこまで深入りしなくてもいいだろうという考えから彼女本人に関わってくる事項には耳を傾けてこなかったが……今となってはもはや彰人と朱音は無関係などとはとてもではないが言えない間柄となってしまっている。


 そこでふと思い返してみて気が付いたことだが、彰人はよくよく考えてみれば朱音という少女に対して知っていることがほとんどないのだ。

 もちろんクラスメイトでもある以上最低限の情報こそ知識として持ってはいるが、逆に言えばそれ以上のことは大したことを知っていない。


 例えば彼女が常日頃から眠気に襲われていて四六時中睡眠を貪っている、程度のことであればこれまでにも幾度となく目にしてきたので知ってはいるがそれ以外のこととなると途端に言えることは途切れてしまう。

 これはマズい。仮にも朱音と関わっておきながら彼女のことを何も知りませんでした、なんて言った暁には他でもない本人にも失望されかねないし、そうなったら今度は自分がどのような目に遭うかと想像するだけでも身震いしてきてしまいそうだ。


 そんな考えもあったので、これも良い機会だと捉えてさりげない会話を装って彼女自身に関することを尋ねてみた

 …が、それに対する朱音のリアクションはあまり良いものでもなさそうだった。


「…質問に質問で返しちゃうみたいになるから申し訳ないんだけどさ、彰人君の目から見て私は運動が出来るような女子に見える?」

「…いや、全く見えないな」

「でしょ? なら答えはその通りってわけだよ」


 …まずは何気ないところから聞いてみようと思って質問してみた運動神経に関する話題だったのだが、これは少し失敗だったかもしれない。

 彼女の方もほとんど自虐まじりといった様子で口にしていたことではあったが……そもそもの前提として、朱音は日常の大半の時間を睡眠に費やしているような人物なのだ。


 授業中も、休み時間も。朝のホームルームから放課後に至るまでほぼ全てと言ってしまっていいくらいに眠ることに神経を集中させているような朱音が運動神経抜群な人間に見えるかと聞かれてしまえば……その答えは首を横に振らざるを得ない。

 万に一つの可能性として、予想を大きく裏切ってもしかしたらスポーツも抜群にこなせるのだろうか、なんて想像も浮かんできたが実際のところはそんな空想は現実にならなかったらしい。


「こう見えても……というか見た目通りかもしれないけど、私って運動が全くできないんだよね。普段から寝てばっかりだから当然なのかもしれないけど」

「そう言われたらこっちとしては何も言えなくなっちまうんだが……それはそれでどうなんだ?」

「別に私としては気にしてないから何も問題ないよ。そこまで運動が出来るようになりたいなんて思ってもないしね。…あぁでも、その分勉強に関しては結構得意なんだよ? これでも入学したばかりの時にやったテストとかはほとんど満点だったから」

「マジかよ!? …それ、かなり凄いことだろ」

「そうかな? 自分だとそこまで凄いっていう実感もないけど、彰人君がそう言うならそうなのかな」


 しかしそんな微妙な雰囲気の中、次に放たれた一言は彰人を驚愕させるに十分すぎる威力を抱えていた。

 朱音が言うテストというのは彰人も経験したものだったので当然覚えているが、自分たちの学力を把握しておくという名目で実施された実力確認試験のようなものだ。


 あくまで成績には反映されるようなものではなく、目的としては己の現時点での力量を測っておくものとのことだったので、大半の生徒はそれほど真剣に取り組んでいた空気も無かったが……当人曰く、朱音はあの試験でかなりの点数を獲得していたらしい。


「俺の記憶が正しければあのテストってかなり難しかった気がするんだが……それで満点を取ったって言うのか…」

「まぁ最後の方はちょっと苦戦しちゃったけどね。それでも大体は合ってたはずだから全教科最低でも九十点は超えてたはずだよ」

「はぁ……こんな身近に天才が潜んでたとはな…」


 話を聞く限り、どうやら朱音が勉学という面において無類の実力を有しているのは紛れもない事実のようだ。

 まだ確たる証拠がないので断定こそできないが、この反応ならきっと嘘はついていないだろうし朱音の性格的にもこんなところで彰人を騙すことなど無いだろう。


 …それにしても、普段は寝てばかりの朱音が成績優秀というのは意外すぎたので今が授業時間真っただ中であるということすら忘れて大きな声を出してしまったが人は見た目によらないということなのだろうか。

 生活態度なんかを見ていればむしろ勉強が出来ないという方がイメージとしては近いような気がするが……いや、うん。あまり第一印象で人のことを決めつけてはいけないな。


 朱音は勉強が出来る。彰人が覚えておくべきことはそれだけでいい。


「そんな私のことよりもさ、彰人君の方は勉強とかはどうなの? 見立てではかなり優秀って感じがしてるけど…」

「いやいや、流石に俺の方は朱音ほど出来てるわけじゃないって。良くも悪くも普通だよ」


 すると話の方向性が勉強という話しやすいものに傾いてきたからか、今度は朱音の側から彰人に向かって質問をしてきた。

 …しかし、せっかく聞いてくれたところで悪いのだが彰人の学力は抜きんでて秀でているわけでも悪目立ちするほど低いわけでも無い。


 良く言えば安定しており、飾らずに言うのであれば大したことが出来るほどではない。

 勉強も出来て損をするということは無いという意識から常日頃の勉強を怠ったことは無いので一般的な生徒に比べれば出来る方だという自負はあるが……それも平均的なレベルと比較した場合の話だ。


 それこそ、朱音のような規格外の優秀さを持つ者と並べられれば話にもならないだろう。


「そうなの? なんかちょっと意外だったかもなぁ…」

「意外でも何でもないって。そりゃあ成績を無闇に落とすことは無いように努力はしてるけどな。結局はそのくらいのもんだ」

「…それも十分偉いと思うけどね」

「その言葉は嬉しいけどさ、学生の本分は勉強なんだからそこを疎かにするわけにもいかないだろ。俺はそれを怠慢にならないようにしてるだけだよ」


 これに関しては彰人は本心から誇るようなことでも何でもないと思っている。

 そもそも前提として自分たちがやるべきこととも言える最優先事項は勉学であるはずなのだから、それを怠った上で遊びほうけるなど言語道断だと考えているくらいだ。


 もちろんやるべきことを終えた上ですることならば口出しをすることはないが、それすらもこなしていない内に他のことに手を伸ばすのは如何なものかとどうしても頭に浮かんできてしまうのだ。

 こういった考え方をする者の方が少数派であることもしっかりと自覚はしているが……こればかりは染みついてしまった価値観でもあるので、きっとそう簡単に変えられるものでもないだろう。


「…なんかさ、彰人君の考え方って格好いいよね。芯がしっかりしてるというか…自分の考えが周りに流されてないって感じがするもん」

「ん、そうか? そんなこと言われたのは初めてだな…」

「そういうのって大事だと思うよ。高校生ともなるとどうあっても他の人の意見に目が向かいがちになっちゃうから、彰人君みたいな人と話してると新鮮な感じがしてくるね」

「……一応朱音も同じ高校生なんだからな?」

「ふふっ。そういえばそうだったね………ふわぁ。ごめんね、ちょっとあくびが出ちゃった」


 何気なくこぼされた朱音の格好いいという発言。

 朱音はどうやら彰人の考え方を聞いてこちらの行動が周りに左右されない、自らの価値基準に従った選択肢を取れる芯の強い人間であると解釈してくれたようだが……それは少し勘違いをしてしまっている。


 別に彰人は周りにいちいち左右されないというわけではなく、単純に周囲の意見を聞くほどに他者に対して興味を持っていないというだけのことだ。

 何か自分に直接被害が及んだり、連絡事項を伝えるために関わらなければならないという例外を除けば彰人の方からそれまで関わったことも無かった同級生に近づいていくことは無い。


 真相としては本当にそれだけのことだったのだが……まぁ、朱音に格好いいと言われるのは気分も悪くないし、無理に誤解を解いておく必要もないだろう。



 その後も二人は授業が終わるギリギリまで落ち着きこそあれどどこか楽し気な雰囲気を滲ませた談笑を続けていき、あと少しで戻らなければならない時間と気づいて焦りながら各々の集合場所へと戻っていくのだが、それはまた別の話だ。



ちなみに、朱音が運動をした時のいくつかの例がこちら。


バレー→ボールをトスする際に狙いを見誤って頭に直撃させる

持久走→頻繁に転ぶ

テニス→ラケットを空振りさせまくる

キャッチボール→そもそも力が足りず、相手までボールが届かない


運動時のみドジっ子みたいな動きしてますが、それが逆に可愛いと周囲からは名物のマスコット的な扱いで人気を博している。

まぁ当人も運動が出来なかったところで大して気にも留めていないので、問題もないそうな。

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